ドローンの機体構造設計技術「4D GRAVITY」を中心にした機体開発を行うエアロネクストが6月10日、神奈川県横須賀市で日本初となるオンデマンドドローン配送サービス実証実験を行い、報道関係者に公開した。この実証実験は新型コロナウイルス感染症の対応をはじめ、病院の外に出て昼食をとることが難しい医療従事者のために、オンラインで注文を受けて、ドローンを使ってできたての牛丼弁当を届けるというもので、エアロネクストによると調理して間もない食事をドローンが届けるという点で日本で初めてだという。

“荷物を積んで移動すること”に特化したエアロネクストの物流専用ドローン

 実証実験は三浦半島の西岸にある神奈川県横須賀市立市民病院を拠点にして実施された。同病院の医師や看護師が出前館のスマートフォンアプリを使って吉野家の牛丼弁当を注文すると、約3km北の横須賀市の立石公園近くに停車している吉野家のデリバリーバンのタブレットに注文情報が届き、スタッフが調理を開始。出前館のデリバリースタッフが牛丼弁当の入ったパッケージをピックアップして、ドローンが待機する立石公園の離陸場所に配達を行う。

 そしてエアロネクストのスタッフが牛丼弁当を受けとり、ドローンに搭載して離陸。ドローンは三浦半島西岸の海岸線を南下し、横須賀市立市民病院の屋上に着陸して牛丼弁当の入ったパッケージを着地させる。そのパッケージをエアロネクストのスタッフが、屋上で待機する同病院の医師や看護師に届けるというものだ。

エアロネクストとACSLが共同で開発を行っている物流専用ドローン。エアロネクスト社の物流専用ドローンとして第五世代にあたる機体で、今回の実証実験で初めて公に披露された。

 今回、牛丼弁当を空輸するのはエアロネクストとドローンメーカーのACSLが共同で開発した物流用ドローンの試作機。全長約140cm、全幅約170cm、全高約45cmのヘキサコプターで、エアロネクストが独自に開発した機体構造設計技術「4D GRAVITY」を採用している。同技術は飛行中の機体が傾いてもペイロードを含む機体の重心を理想的な位置に保つことができるため、各ローターに対する負荷の差を抑え、飛行速度や飛行距離の向上など飛行効率を高めることができる。また、ペイロードをおおむね水平に保つことができるため、今回の牛丼弁当のように荷物が傾くことで商品の品質が低下するといったことを防ぐ効果もある。

機体下面に装備されたパッケージを搭載するマウント。機体の進行方向に対して上下にピッチングする一軸ジンバルのような構造で、機体が速度に応じて前傾するのに対して、荷物の水平を保つようになっている。
機体の中心に大きく開いた開口部に牛丼弁当のパッケージを搭載し、その上でフェアリングをかぶせて固定する。ペイロードが機体の重心に近いだけでなく、重量物であるバッテリーを斜めに搭載するなど、重心に対する細心の配慮が見受けられる。
ドローンの遠隔運航管理はACCESS社のスタッフが横須賀市立市民病院の屋上で行った。

 また、機体の上部を覆うフェアリングはコブ状に前方上方に付き出したような独特のデザイン。これは約10m/sという巡航速度で機体が前傾した際に、効率よく空気を受け流す形状となっている。また、今回の牛丼弁当を収納するパッケージのほとんどがこのフェアリングでカバーされるため、ペイロードも含めた機体全体の空気抵抗を減らす効果もあるという。

「一般的なドローンは一所にとどまって仕事をするものだが、物流用途では一方向に移動することが前提で効率のよさが欠かせない。一般的なドローンはカメラやセンサーといったペイロードを下にぶら下げるため、こうした高速移動では機体が不安定になりやすい。エアロネクストの4D GRAVITY技術を用いれば、揚力と重心の位置を細かく制御することで機体の飛行性能を格段に上げることができる」(田路氏)という。

実証実験の概要と新開発の物流用ドローンについて説明する田路圭輔エアロネクスト代表取締役CEO。

ドローンによる配送技術の検証から、前後の工程も含めた検証段階に

 今回の実証実験では、立石公園を離陸したドローンはACCESS社の遠隔運航管理システムによって、相模湾の上空約4.5kmを海抜高度約50mで飛行。海岸線から約700m内陸にある横須賀市立市民病院には、川幅約20mの松越川の上空と神奈川県立海洋科学高校の上空を経て同病院に着陸した。ドローンは約5.2kmのルートを約10分でフライトし、この日2回行われたミッションを無事終えた。

横須賀市の立石公園近くに停車した吉野家の牛丼移動販売車「オレンジドリーム号」。出前館のタブレットに注文が入ると同時に調理を行う。
出前館のスタッフは吉野家の移動販売車で牛丼弁当を受け取り、200mほど離れた離陸場所に待機する運航スタッフに手渡した。
今回の実証実験のために用意された牛丼弁当配送用パッケージ。吉野家の牛丼弁当4個がちょうど入る段ボール製で、断熱材などで保温されるようになっている。
横須賀市立市民病院の屋上に着陸するエアロネクストの物流専用ドローン。

 実証実験後に牛丼弁当を提供した吉野家の河村泰貴代表取締役社長は、「実際に運ばれた容器を開けてみたがちゃんと牛丼は温かく、ドローンで運んでも品質が保たれていた。また、今日はいい天気であったが、実験としては雨が降ったほうが良かったかもしれない。というのも、天気が悪い方がデリバリーの需要が高く、次はあえてそういった時にドローンで運ぶ実験をするのも有意義」と話した。

 また、出前館の藤井英雄代表取締役社長CEOは、「我々のようなフードデリバリーは、自転車やバイク、クルマを使った配送員、加盟店、ユーザー、という3つが揃わないとビジネスにならない。そのため、現在のサービスエリアは人口世帯カバー率で50%強までとなっている。しかしこのドローンのような配送システムがあり、また、施設と協力して一カ所にまとめて届けることができれば、現在、世帯数が少なくサービスエリアとなっていない地域にもお届けできるようになる。今後、ドローン配送の定期便という形なら世帯数200~300といった地域でやってみたい」と説明する。

 今回、デリバリーの対象となった横須賀市立市民病院の北村俊治管理者は「当病院は新型コロナの中等症患者を受け入れる重点医療機関であり、院内の食堂は営業時間を短縮している。その一方で、周辺に昼食を取れるような場所が少なく、食事の時間が不定期な医師や看護師といった医療従事者の外出の時間もままならず、温かいランチが取りにくい状況の中で、今回のような取り組みは食事を届けていただくというだけでなく、将来的にはオンライン診療・服薬指導と組み合わせた医薬品の配送や、医療物資の配送といった用途にも期待できる」と述べた。また、実際にドローンが届けた牛丼弁当を食べた医師や看護師は「お店で食べるのと同じで美味しい」「アプリで注文するだけで届くのが便利」「いろいろなメニューが食べられるのがいい」と評した。

ドローンが運んだ牛丼弁当は横須賀市立市民病院の医療スタッフに届けられた。

 エアロネクストの田路氏は「新しい物流専用ドローンの性能が予測通りのところに来ていることが確認できた。実はドローンで荷物を配送するという技術の検証は、我々も含めてすでにできているといってもいい。これから大事なのはその前工程、後工程といった部分であり、今日の実証実験であれば吉野家さんや出前館さんとの組み合わせが欠かせない。その意味で、ドローン配送のオペレーションを見ていただいて、配送したものを食べていただいて、ドローンでも配送品質を保てるということを感じてもらったという点で有意義だった」と締めくくった。

左からエアロネクストの田路圭輔氏、吉野家の河村泰貴代氏、出前館の藤井英雄氏、ACCESSの夏海龍司氏、横須賀市立市民病院の北村俊治氏。
牛丼弁当を搭載し横須賀市の立石公園を離陸する物流専用ドローン。
ドローンは海上から川に沿って飛行し横須賀市立市民病院に着陸。荷物を降ろすと一度離陸し、スタッフが荷物を移動させると、再び着陸してミッションを完了させた。