東シナ海に浮かぶ長崎県の離島である五島列島で、5月から固定翼ドローンによる医療用医薬品の配送が始まっている。長崎県五島市の福江島から、五島列島のほぼ中央に位置する同市奈留島まで、海上約20kmのルートを、米Zipline International(ジップライン)社の固定翼ドローンが飛行。奈留島の配送場所に荷物の医療用医薬品をパラシュートで落とし、再び同じルートを飛行して福江島まで帰ってくるというものだ。

五島列島におけるそらいいなの飛行経路の計画。7月上旬時点で奈留島と中通島(新上五島町)の有川地区に対する飛行ルートは開設している。(画像:そらいいなウェブサイトより)

 2014年に創業した米ジップラインは、2016年からアフリカのルワンダで固定翼ドローンによる輸血用血液製剤の輸送を行っている。日本に比べて交通網が未発達な同国において、従来の2時間かかっていた輸送時間を15分程度に短縮するといった形で目覚ましい成果を挙げており、現在はルワンダで2つ、ガーナに6つの配送拠点を擁し、すでに累積35万回超の配送実績を誇る。2021年からは母国アメリカでもウォルマートと提携し商品の配送を始めたほか、2022年6月からはナイジェリアでも配送事業をスタートし、ケニア、コートジボワールでも拠点を開設予定としている。輸送品は、血液製剤のほか、医薬品、医療用資材、新型コロナウイルスの検体、ワクチンについて実績がある。

 日本では大手総合商社の豊田通商が2018年にジップラインに対して出資し、2021年には、戦略業務提携を締結。同年4月に100%関連会社として「そらいいな」を設立し、日本におけるドローン物流の市場調査と検討をスタートさせた。そらいいなはジップライン社からドローンの機体と技術の供与を受けて、ドローンサービスを実施する会社で、ジップライン社としては米国以外で機体や技術を供与する初めての例となっている。そして2022年4月21日にジップライン製固定翼ドローンの発着拠点が五島市福江島の福江港に竣工。同日に竣工式を行うとともに、5月末からは奈留島に向けて医療用医薬品の配送飛行を開始した。

固定翼ドローンならではの“ホールディングパターン”を持つ飛行ルート

ジップラインの固定翼ドローン。福江港にある拠点のカタパルトから射出される。

 ジップライン社のドローンは翼長約3.3mの固定翼型で、1.75kgのペイロード(搭載重量)を備えている。自律航行によって半径約80kmの範囲に荷物を搬送し、拠点に帰ってくることが可能だ。スペックでは風速14m/sでも安定飛行が可能としており、50mm/hの雨でも飛行できるとするなど、耐環境性能に優れているのが特徴だという。そらいいなではこのジップライン社の固定翼ドローンを12機導入。五島市の福江港に電気カタパルトによる離陸装置とアレスティングフックによる着陸装置を備えた離発着拠点を構えている。

 ドローンのオペレーションは携帯電話ネットワークを使用。主に海上となる飛行ルートは事前に携帯電話サービスの電波の調査を行っており、また、機体にはバックアップも含めて2枚のSIMカードを搭載。さらに、携帯電話サービスの電波が途切れても通信ができるように、衛星経由の通信も用意しているという。

 運航のオペレーションはそらいいなのスタッフが担当。親会社である豊田通商から出向しているスタッフが、アフリカのルワンダにあるジップライン社の研修拠点で設備の運用、発射、メンテナンスといったオペレーションの教育を受けてきている。実際のオペレーションでは、拠点でスタッフがテレメトリー情報をもとにドローンの飛行を遠隔で監視する、航空法上の“補助者なし目視外飛行”、いわゆる“レベル3”による飛行となる。2020年頃から航空当局と協議を重ね、複数機の同時運航も行っている。

 飛行は事前にそらいいなのホームページで、飛行ルートと時間などを告知。同時に飛行経路に関わる海運や漁協といった事業者には、1週間前までに通知を行い、定期航路の上空を通過する場合は、船が通過する時間帯を外すほか、飛行経路の真下には立ち入らないように求めている。

そらいいなのホームページに掲載されている、飛行情報のPDF。飛行ルートの途中に円を描くような軌跡がホールディングパターン。(画像:そらいいなウェブサイトより)

 飛行経路のほとんどが海上となるジップラインの固定翼ドローンのルートだが、回転翼やVTOL(垂直離着陸)型のようにその場に停止する=ホバリングすることができないため、飛行ルートの途中や離陸地点、配送地点の前後にはホールディング(空中待機)パターンが設けられているのが特徴だ。

 機体に搭載される医療用医薬品は、エアクッションに包まれたうえで、専用の箱に収めて機体に搭載。飛行中は機体の胴体に収納されており、風雨の影響を受けることがない。配送場所付近に到着すると、ドローンはホールディングパターンを飛行しながら所定の高さまで高度を下げ、配送場所上空でハッチを開けて荷物を投下。同時に荷物に付いたパラシュートが開き、配送場所の敷地に落ちて医療機関関係者に届けるという形となっている。

パラシュートで投下される医療用医薬品。(画像提供:そらいいな)

二次離島をクルマで回る医薬品卸事業者の配送をドローンが代替する

 すでに日本では2016年頃から全国各地でドローンを使った物流分野の取り組みが数多く行われている。その多くに共通しているのが、過疎や高齢化、買い物難民といった離島や山間地における特有の課題解決という目的だ。そのために、買い物を代行する形の食料や日用品の配送、処方箋医薬品の配送をドローンが担う、という取り組みが多い。一方、そらいいなが五島市で取り組むドローンによる配送の荷物は医療用医薬品である。

 この医療用医薬品は、医薬品卸事業者が病院などの医療機関や薬局に対して毎日のように配送を行っている医薬品のことである。一般的に医薬品卸事業者は、自社のスタッフがクルマなどを使って医療機関や薬局を巡回して注文の医薬品を届けている。しかし長崎県の五島エリアでは、五島市の福江島にしかこうした医薬品卸事業者の倉庫がなく、船を使って五島エリアの二次離島に渡って配送するほか、運送会社や海運会社に委託する形で配送するしかないのが現状だ。

 そのため、医薬品の発注の締め切りが船の時間に左右されたり、配送便数が限られることに加え、船便に委託された医薬品は港まで医療機関や薬局の関係者が受け取りに来る必要があったりするなど、本土にはない課題がある。また、風などの影響で船便が欠航したりして配送が滞るばかりでなく、緊急的な注文に対応できないといったこともあるという。そもそも、人口が少ない二次離島に対しての配送は、荷物の配送密度が低いという課題も抱えている。

 そらいいなによると、ジップラインの固定翼ドローンを使うことで、船便が出せないような波が高い中でも荷物を届けることができるほか、高速で飛行するドローンにより配送時間が大幅に短くなるため、緊急を要する医薬品に対するニーズにも応えられるとしている。また、1.75kgというペイロードの制限があるが、五島エリアで輸送される医療用医薬品の85〜90%がジップラインの機体が搭載する箱に収まるという。

 もちろん、陸路ではまとめて運ぶ方が効率がいいのは間違いないが、人口の少ない二次離島では大量に輸送できても長期に在庫することになってしまい、むしろ少量を小口で運ぶことが求められており、そういう意味でもドローンによる輸送が向いているとそらいいなでは説明する。また、ジップラインのシステムでは1つの経路に連続して2機、3機と複数機を同時に飛行させることもできるため、複数機による輸送でペイロードを稼ぐことも可能だという。

単に既存物流を代替するのではなく、ドローンならではの新しい価値を

 そらいいなでは4月から試験飛行を開始し、5月末からは福江島〜奈留島間で商業飛行を開始している。また、6月からは五島列島の最も北東にある中通島までの航路で試験飛行をスタート。福江島から新上五島町の有川港まで片道約70kmのルートを約50分で結ぶ、レベル3飛行としては国内最長の距離となるルートで試験飛行を繰り返している。7月21日現在、飛行回数は149回、飛行距離は5,600kmを超え、今後、準備が整い次第、新上五島町の3地区の医療機関に対して、医療用医薬品の配送を開始するとしている。

6月から試験飛行が行われている、福江島~中通島(新上五島町)有川港間のルート。飛行距離は片道で約70kmにも及ぶ。(画像:そらいいなウェブサイトより)

 同社では今後も五島列島でジップラインの固定翼ドローンを使った医療用医薬品配送の取り組みを推進するとしており、久賀島、椛島、嵯峨ノ島、黄島、赤島といった、五島の二次離島に対しての配送にも意欲を見せる。また、今後はドローンを使った配送事業として、コストの面でも検証を行うことが大事だとしており、現在の段階では既存物流に対してどうしても割高となってしまうコストを、既存物流ではできなかった速達性や緊急性、高頻度での分割配送、手元流動性の維持といった、ドローンを使うことで新たに生まれる価値に対しての配送料金といったものも見定めていきたいとしている。

そらいいなのドローン配送の様子(動画:そらいいなのYouTubeより)