ANAホールディングスなどが参画する五島スマートアイランド推進実証調査協議会は2020年11月5日、「アバターロボットで医師が患者とコミュニケーションを取るオンライン診療」と「ドローンによる処方薬の配送」を組み合わせた遠隔医療の実証実験を、国土交通省スマートアイランド推進実証調査業務の一環として実施し、遠隔医療で処方された薬をレベル3においてドローン配送することに日本で初めて成功した。

 同協議会は五島市と、長崎大学大学院医歯薬学総合研究科、ANAホールディングス、NTTドコモ九州支社で構成されている。実証実験の協力事業者としては、アバターロボット「newme(ニューミー)」事業を手がけるavatarin、機体提供および運航サポートとして自律制御システム研究所(以下ACSL)が参加した。また今回は、風況データの活用を目的とした実証でメトロウェザーとNTTコミュニケーションズが初参加した点でも注目だ。

離島における遠隔医療の重要性

 日本はいわずと知れた島国であるが、平成29年10月に国土交通省が発表の資料によると6,852の島嶼(とうしょ)により構成され、本州、北海道、四国、九州、沖縄本島を除く6,847島が離島である。有人離島は418島あり、このうち国土の保全等において重要な役割を有する一方で産業基盤や生活環境の整備において他の地域と比較し格差が生じているという背景から「離島振興法」により離島振興対策実施地域に含まれる有人離島は258島である。

(出所:平成29年10月に国土交通省が発表の資料

 全国的に少子高齢化が進む中でも離島地域は、人口増減率が全国0.2%増に対して9%減と群を抜いた高さだ。高齢化率も、全国平均より10ポイント以上高い。そのような中、約4割の離島では医師が不在で、巡回診療の取り組みは微増傾向だが、平成27年の段階では週1回の巡回診療の実施率は約4割しかなかった。ICTの活用も進められつつあるというが、通信環境未整備という別の課題も浮き彫りとなっている。

(出所:平成29年10月に国土交通省が発表の資料

 今回、遠隔医療の実証実験が行われた嵯峨島は、長崎県五島市の二次離島。人口は約100名で、医師は島内に常駐していない。医師が週1回の巡回診療を行なっている。それ以外で医師の診察を希望する島民は、福江島との毎日3〜4便往復する定期船と、港から病院まではバスに乗って受診している。同じく五島市にある黄島では、電話によるオンライン診療が始まっており、お年寄りが多い島民からも好評だという。

「オンライン診療×ドローン配送」

 このような背景を考えると、今回の実証実験は大変意義深い。患者はまず、嵯峨島にある診療所でアバターロボットを活用し、福江島の三井楽診療所内の医師のオンライン診療を受診した。次に、同じアバターロボットで桜町調剤薬局内の調剤師と対面して、処方薬の遠隔服薬指導を受ける。そして、実際に処方された薬が、福江島から嵯峨島にドローン配送されて患者が受け取るという、“ワンストップ遠隔医療”を体現したのだ。ドローンの処方薬配送について医師は、「船の時間を気にせず行動できる」と利便性を指摘した。

オンライン診療および遠隔服薬指導には、島内の診療所に常駐する看護師が付き添った
ドローンは福江島から嵯峨島まで目視外飛行で処方薬を届けた。これは日本初の試み
ドローンが運んだ処方薬は看護師が受け取って患者に渡し、中身を一緒に確認していた

 なお国土交通省「2020年代の総合物流施策大綱に関する検討会」では地方創生の要としても物流の生産性向上が多面的に議論されており、過疎地域におけるドローン物流も2022年のレベル4解禁に向けた動きが加速している。五島市もこの地域に含まれており、2019年にもANAホールディングス、NTTドコモ、ACSLのチームがドローン配送の実証実験を繰り返し行なってきた。

(出所:「2020年代の総合物流施策大綱に関する検討会」資料)

 今回の実証では、ANAホールディングス、NTTドコモ、ACSLの成熟した運航技術が見られたほか、LTE通信の安定性、ANA傘下のavatarinが提供した遠隔コミュニケーションツールであるアバターロボット「newme」の実用性もしっかりと示された。avatarinは、今年4月にANAのドローンチームも属するデジタル・デザイン・ラボからスピンアウトしたばかりの企業。遠隔医療という昨今需要の高い領域において両ソリューションの連携を体現できたことはコロナ禍で苦境に立つ同社にとっても1つのターニングポイントになるのではないだろうか。

社会実装に向けた課題

 ドローン配送を組み合わせた実証実験が終了した後も、「newme」を活用したオンライン診療は2021年2月まで継続予定だ。定期受診が必要な患者にとっては、毎週水曜日の午後2時から4時という限られた時間以外でも自由に診察を予約して、馴染みの医師の診察を受けられるという点で有用だろう。

 しかし、同実証実験で地域の医療従事者への合意形成に尽力し、僻地診療所におけるICT活用の実態にも詳しい長崎大学大学院医歯薬学総合研究科の前田隆浩教授に、本誌ドローンジャーナルが後日独自取材を行ったところ、「日常的にICTを活用している僻地診療所はまだまだ少ないのが現状。ICT導入は2割程度にとどまるという調査データもある。今回のケースでは嵯峨島に看護師さんが常駐しており、最新のICT機器の使い方などもしっかり覚えて患者さんをサポートするなど現地の協力があったことが大きい」とコメントがあった。

 オンライン診療しかり、ドローン配送しかり、技術は成熟したようだ。今後は、遠隔でのオンライン診療や服薬指導を日常的に許可するための法整備(*)や、現地の医療従事者および患者がストレスなく使いこなせるためのサポート、現地への技術移管および運用体制の構築も必要だ。地方自治体での財源確保、持続可能なビジネスモデルの構築という課題も残る。けれども、この状況をさらに一歩前に進めるためには、ドローン物流という“僻地”で立ち上がりつつある新産業を福祉的にだけではなく日本の豊かさを未来につなぐものとして位置づけ、多様なプレイヤーが集まって盛り上げていくことが求められているのではないだろうか。

軽トラックの荷台に積載されている機器が、メトロウェザーが開発したドップラーライダー。ドップラー・ライダーは大気中にレーザー光を発射し、エアロゾル(塵や微粒子)からの反射光を受信することによって風速や風向を観測することができる大気計測装置。メトロウェザーが開発した機器は従来の空港等で利用されているものより10分の1まで低価格化、小型化を実現。環境にもよるが1台で半径16kmまで風況データを取得可能。

 今回の実証実験には、風況データを可視化する取り組みを行うメトロウェザーとNTTコミュニケーションズが初参画した。メトロウェザーはドップラー・ライダーの大幅な小型化と低価格化を実現した京大発ベンチャーで、今後は5G基地局など新たなインフラ建設時に合わせてドップラー・ライダーを設置することで、空中の風況データをドローンの安全運航に活かす狙い。次回以降の取り組みにも注目だ。

(*)今回の実証は、厚生労働省「新型コロナウイルス感染症の拡大に際しての電話や情報通信機器を用いた診療等の時限的・ 特例的な取り扱いについて(令和2年4月10日事務連絡)」による特例措置として、初診からのオンライン診療等が限定的に実施可能となっている。