農薬メーカーのバイエルクロップサイエンスは10月4日、東京都内で「ソリューション型農業の現状と今後の展開に関する記者発表会」を開いた。同社は2018年11月に中国のドローンメーカーXAGと日本における独占業務提携を発表。日本法人であるXAIRCRAFT JAPANを通じて、日本においてXAG製ドローンによる農薬散布の技術と空中散布用農薬の開発を進めるとしていた。今回の発表会ではこの1年間の振り返りと今後の展開を紹介すると同時に、XAGの新型農薬散布ドローン「P30」のお披露目も行われた。

デジタルソリューションで日本の農家を支援していく

バイエルクロップサイエンスのハーラルト・プリンツ代表取締役社長。

 発表会の冒頭、この1年のバイエルクロップサイエンスの取り組みを振り返ったプリンツ氏は、「この1年、全国各地で飛行デモや散布試験を行い、日本に特化した栽培条件や作物に対応する散布技術を確立していけると感じた。特に中山間地に多い柑橘作物の栽培では、生産者の方々が山の上に水を運ぶことに苦労していることを知った。今後、バイエルとXAGの技術を使ってドローンによる精密散布を進化させると、水の使用量を現在の10分の1まで減らすことができ、労力や時間の削減できる」と説明。

 さらにこのことは農薬についても同じで、単位面積で使用する化学薬品の投下量を削減できるといい、「今後、さらにドローン散布に使える農薬を拡大すると同時に、実践的な散布ができるような取り組みを行い、将来的には精密散布を補完するデジタルソリューションを導入する」と語った。

バイエルクロップサイエンスの仁木理人執行役員/日本・韓国カスタマーマーケティング本部長

 続いて仁木氏がバイエルクロップサイエンスの取り組みを具体的に紹介した。農家人口の減少や高齢化といった日本の農業の課題を挙げ、10ha以上の農地をかかえる日本の4%の農家が全国の農地の半分を耕作しているという現状を説明。今後はますますひとつの農家が多くの田や畑を耕すようになるため、これをいかにマネージするかが課題だという。こうした課題に対してバイエルでは今後、「農薬の開発だけでなくテーラーメイドのソリューションを提供していきたい」(仁木氏)といい、2020年の秋には同社のさまざまな技術を用いて営農をサポートするデジタル技術の展開スケジュールを公表するとしている。

2018年秋にXAGと業務提携したバイエル。2020年秋にはデジタルコンテンツに対する取り組みを発表するとしている。

 昨秋のXAGとの業務提携では、「ドローンビジネスプロジェクト」「ドローン農薬散布技術の協同開発」「デジタル農業の協同開発及びデータの相互補完」を掲げたバイエル。このうち1つめのドローンビジネスプロジェクトでは、すでに15のビジネスパートナーと契約を結び、ドローンの販売、ライセンスの提供、現場での農薬散布を始めており、今後パートナーを約30社に拡大していくという。また2つめの農薬と散布技術の開発では、ドローン散布に対応した農薬31品目を提供し、8作物に対応しているといい、今後数年かけてさらに12品目、8作物を登録していく予定としている。

バイエルとXAGの業務提携による取り組み。日本では現在、全国のパートナー15社を通じてXAG製ドローンの販売、教習、メンテナンスを行っている。
水稲、小麦、大麦、大豆、とうもろこし、ばれいしょ、玉ねぎ、柑橘の8作物に対応した31品目のドローン散布が可能な農薬を提供している。今後、あずき、いんげんまめ、キャベツ、はくさい、レタス、リーフレタス、非結球レタス、てんさいの8作物に対応する予定だ。
バイエルとXAGの業務提携以降、てんさいやしょうがといった新しい作物への散布技術の研究が行われている。

 さらに3つめのデジタル農業というテーマについては、現段階では具体的な取り組みについての説明はないが、今後、「作物の生育、ストレスや病害虫、雑草をモニターしながら、農家が対応を判断するためのデジタルツールを開発していきたい」(仁木氏)としている。

将来的にバイエルが提供するとしているデジタルソリューション。一年を通じてデータの収集と分析を行い、農家の判断を助けるツールとしている。

ジェットノズルから粒剤や種子が吹き出す「JetSeed」粒剤散布装置

 こうしたバイエルの農業ソリューションの要となっているのが、XAGの農薬散布ドローンだ。今回の発表会にはゲストとしてXAGの共同創業者であるジャスティン・ゴン副社長が招かれ、同社の紹介と日本市場向けとしては初公開となる農薬散布ドローン「P30」を披露した。

XAGのジャスティン・ゴン共同創業者兼副社長。

 2007年に創業したXAGは広州に本社を構え、研究開発拠点にはドローン用として世界最大の風洞実験施設も保有。約6年前から農業にフォーカスしたXAGのドローンは、2019年9月末時点で2100万haの農地で散布などの実績を上げている。XAGのビジネスは現在、中国のみならず世界38か国に広がっていて、特に近年は東南アジア、ラテンアメリカ、アフリカに注力しているという。

XAGが日本市場向けに新たに販売を開始した農薬散布ドローン「P30」。

 XAGでは今回の発表会に合わせて、新しい農薬散布ドローン「P30」を公開した。XAGの日本法人であるXAIRCRAFT JAPANでは、2018年から同じく農薬散布モデル「P20」を販売してきたが、「P30」はXAGが本国では2019年シーズン向けに新たに開発した上位モデルだ。P20と同じく自動航行・散布を前提にした農薬散布用ドローンで、1回の飛行で2haの広さを散布できる性能を持っている。

各コンポーネントはモジュール化されており、容易に交換が可能。
独自のフライトコントローラーにはIMUを3個搭載して冗長化している。
飛行データは逐次クラウドにアップロードされ、飛行履歴や作業履歴をグラフィカルに管理できる。
2系統のRTKシステムを搭載。RTK測位ステーションは今後バイエルとともに日本各地に設置していくとしている。
ステレオカメラと4方向のミリ波レーダーを搭載し、自動航行中は障害物を検知すると最適な航路で回避することができる。

 4ローターのP30はIP67規格の防水性能を備えており、作業後は水洗いが可能。各部はコンポーネント化されていて、機体の分解整備やパーツの交換が容易にできる設計となっている。またRTKを搭載しており、RTKベースステーションと組み合わせて使用することで、センチメートルレベルの精密なフライトが可能だ。さらに、クラウドサービスと連携してAIがドローンの故障を予測し、より安全な飛行を実現するという。

 散布装置は液剤と粒剤の両方が使用でき、いずれもカセットスタイルで簡単に換装が可能だ。薬剤は「アトマイザー」と呼ばれる独特な散布ノズルを各ローター直下に備え、直径100μm以下という微細な液滴で噴射することが可能。またこの液滴サイズは任意に調整することができ、作物や農薬、散布環境に合わせて最適な噴霧を行うことができる。

XAGが「アトマイザー」と呼ぶ散布ノズル。回転するノズルから任意の液滴サイズで薬剤を吐出することができる。
スマート液剤タンクは自動薬剤補充装置との組み合わせにより、飛行ごとに最適な薬剤の量を計測して補給することが可能。
P30では毎分5.6リットルの散布が可能で、最大12m/sで飛行できる。

 P30は液剤散布装置に代えて粒剤散布装置の使用も可能だ。XAGの粒剤散布装置は「JetSeed」と呼ばれ、一般的な粒剤散布装置が回転する円盤から遠心力で粒剤を拡散させるのに対して、4つのファンで作り出した気流で粒剤をノズルから吹き出すように散布させるのが特徴だ。「ダイソンのドライヤーが4つ空に飛んでいるようなイメージ」(ゴン氏)というこの粒剤散布装置は、単位面積当たり何個の粒剤や種子を散布するかをコントロールすることができる。

ダクテッドファンで発生させた気流に乗せて粒剤を散布する粒剤散布装置「JetSeed」。粒剤や種子を傷めることなく散布することが可能だという。
4つのノズルから勢いよく粒剤を吹き出す「JetSeed」。

 P30のフライトは専用のコントローラーとスマートフォンを組み合わせ、基本的にはアプリ内で生成したルートに基づいて自動航行で散布を行う。主に水稲の圃場に向いた往復モードのほか、樹木1本ごとに螺旋もしくは旋回の飛行パターンで散布を行う果樹モード、さらに地図上に任意のルートを作成して飛行するフリーモードを備えているほか、最大5機での同時飛行も可能だ。

果樹モードではあらかじめ空中写真測量で得た地形データを基に、果樹1本ごとに上空で旋回しながら散布を行うことが可能。

 このようにXAGの機体は果樹や露地栽培の作物に対する作業も視野に入れているのも特徴のひとつ。「2018年度から和歌山や愛媛で柑橘類に対する散布方法の検証を積み重ねてきており、来年度に向けては水稲だけでなく柑橘を栽培する農家への販売も力を入れていきたい」(住田靖浩XAIRCRAFT JAPAN代表取締役)という。