取材できる場所なら全国どこでも津々浦々、ユニークで面白いドローンを探し求めて幾千里、「突撃! 全国高専・大学ドローン漫遊記」の第三回目の始まりです。ちょっと間が空いてしまい、大変すみません。今回、取材先としてチョイスさせていただいたのは、米子高専 電気電子部門の田中博美教授と学生さんたちのユニークな研究成果です。本研究の面白さは、ドローンを鳥獣対策に利用しようという点です。これまでの鳥獣対策は、音や光、手動による追尾といった威嚇が一般的でしたが、本研究の優れた点は、AI画像認識技術による自動追尾技術や、カラスを撃退するための水鉄砲を備えていること、それらの機能を自作ドローンによって安価に実現させたこと、さらにはビジネスモデルまで考えているという実用性にあります。

【今回の訪問先】
米子工業高等専門学校
電気電子部門
田中博美研究室

田中博美教授と研究室の皆さん。

ドローンで解決! 梨農園を営む学生の実家の深刻なカラス被害

 今回の取材先は、鳥取県・米子市にある国立米子工業高等専門学校です。近年、実践的なスペシャリストを育成する高専(kosen)の教育が大変注目を浴びていますが、本研究はドローンを通じたモノづくりの基礎から、数理・データサイエンスの教育まで、総合的かつ複眼的な視点で理工系の学生を育てていることがよく理解できる事例でした。同校は「デザコン」(構造デザイン部門5年連続最優秀賞)や「ロボコン」(全国大会・過去2回準優勝)など、高専生のコンテストでも毎年大きな成果をあげています。

 そんな同校が「高専ワイヤレステックコンテスト2023(WiCON2023)」において「ワイヤレスバリュー賞」を受賞したというので、無理をお願いして取材させて頂きました。同校は「とっとり農作物みまもり隊」というチーム名で「追尾型ドローンとLPWA通信による有害鳥類撃退システムの開発」をテーマに実証実験を行ってきました。

 鳥取県は、梨・スイカ・ぶとうなどのフルーツの生産が盛んですが、地元では有害鳥獣による食害がとても深刻な問題になっていました。ある農家では一晩で100万円~200万円の被害が出た事例もあるそうです。もともと今回のドローン開発は、そういった背景がありました。

全国の鳥獣被害は約155億円、そのうちカラスによる被害は13億円にも上る。(出典:令和3年度、農林水産省の資料より)

 実証を進める米子高専の田中教授は「たまたま学生の一人が実家で梨農園を営んでおり、鳥獣被害が大きいので何か対策をしたいということで、3年前からドローンによる研究をスタートさせました。当初は反射板の光や空砲の音によって威嚇したり、ドローンを発進させてマニュアルでカラスを追い払っていたのですが、カラスは非常に頭が良くて学習能力が高いため、すぐに状況に慣れて効果が持続しないことがわかりました」と振り返ります。

 そこで米子高専の皆さんが新たな対策として考え出したのが、AI(深層学習)とワイヤレスIoT技術を利用し、カラスに学習しづらい変則的な動きで威嚇する「追尾型自律ドローンシステム」でした。この方法は、(国研)農研機構の専門家からも鳥の特性に対応した実用性の高いシステムというお墨付きをもらっています。

 田中先生は「これまでは市販のドローンを使って単にカラスを追い回すだけでしたが、カラスが繁殖期になると、オスがメスを守るために、逆にドローンを攻撃してくる始末でした。そこで最初はBB弾などを発射することも検討したのですが、鳥獣類保護法に引っ掛かるため、水鉄砲を備えた放水システムをドローンに搭載することにしました」と現システムを開発した経緯について説明します。

 とはいえ、市販ドローンではペイロードの制限(約500g)があり、能力的に放水システムを上げられません。そこでドローンも自作することになったそうです。これにより約2㎏のペイロードまで対応できるようになりました。水鉄砲を搭載してカラスを追い払うアイデアは、物理的な威嚇になるため、さすがにカラスも体罰的な嫌な体験として記憶に残るようで、かなりの効果を発揮しているのことです。

約2㎏までペイロードが対応する安価なドローンキット。田中研究室の自作ドローンは、LiDARやGPS、フライトコントローラなど、さまざまな機能を搭載してカスタマイズしたものだ。

AIによるカラス自動追尾と、約10万円の安価な自作ドローンキット

 ここからは、同校が開発したシステム全体の構成と、自作したドローンについて具体的に見ていきましょう。

自作の追尾型ドローンとLPWA通信による有害鳥類撃退システムの全体構成。果樹園や農地に置いた固定カメラと、エッジAIシステム(NVIDIA Jetson)、放水機能搭載ドローン、Wi-FiとLPWA通信のネットワーク、ユーザー側のスマートフォンなどで構成。

 まず果樹園に固定カメラを設置し、カラスの飛来を映像で監視します。もしカラスがやってきたら、あらかじめ学習させたモデルとゲーミングPC(またはボードコンピュータ・NVIDIA Jetson)のAIシステムで認識させ、それをトリガーにして起動コマンドをドローンに送り、自動離陸させます。

果樹園に設置した固定カメラでカラスの飛来を捉え、画像認識アルゴリズムYOLO v5でカラスを検知すると、ドローンが自動離陸し、同時にスマートフォンにも通知する。
ドローンの動作と制御フロー。カラスを認識したら離陸して自動的に追尾する、ループするフローチャート。プログラムはPythonで組んだそうだ。

 次にターゲットのカラスを追いかけるために、ドローンの動きを制御するコマンドをフライトコントローラに投げて自動追尾し、カラスに向かって放水するという流れです。

ドローンのカメラ映像をPC側にWi-Fiで転送するためにRaspberry Piを搭載。PC側の物体検出アルゴリズム「YOLO v5」でカラスを検出すると、制御コマンドを投げて、フライトコントローラに指示を出す。
水鉄砲を備える放水システムを搭載した自作ドローンによるデモの様子。さすがに水を引っ掛けられるとカラスも嫌なようだ。

 ドローンがカラスを追い払っている様子については、Raspberry PiとPocket WiFiを経由して映像として転送され、それを省電力で長距離の無線通信が可能な920MHz帯LPWA(Low Power Wide Area-network)を通じて、周辺農家ユーザーのスマートフォンにLINEで通知します(LINE Notify APIで連携)。これは実際にドローンが何回ほどカラスを追い払うことに成功したのかという証跡として残り、後述するビジネスモデルで利用するために重要となります。

 次に自作したドローンについても見ていきましょう。従来までは市販ドローン(Parrot ANAFIなど)を使っていたそうですが、サーマルカメラなどを搭載してオーバースペックで約80万円ぐらいかかっていました。さらにペイロードの問題があったため、ドローンを自作することにしたそうです。そこで同校では、JapanDrones社が提供するマルチロータUAVキット「Hexsoon EDU-450 V2」を使用し、自分たちの好みにカスタマイズしたとのこと。

 Hexsoon EDU-450 V2は、価格が約5万円と安価で手軽な組み立てキットで、付属品としてプロペラ、モータ&マウント、アームマウント、エアロフォイル、着陸装置、メイントップ&ボトムプレート、ワイヤーバッグ、分配器、ESCなどがセットになっています。さらにファームウェア「AuduPilot」、フライトコントローラ「Cube Orange」、スタンド付きGPSモジュール「here3+」などを搭載でき、合計10万円程度で済むため、かなりコストパフォーマンスが良いと言えるでしょう。工作好きの方はDIYに挑戦してみるのもよいかもしれません。

 田中研究室では、この自作ドローンに市販の電動式水鉄砲、GPS装置、LiDAR、カメラモジュール(Raspberry Piボードのもの)などを搭載してカスタマイズしています。 水鉄砲は、3Dプリンターで作ったハウジングに取り付け、水圧の弱さを補うために昇圧装置を付けて勢いよく水が飛ぶように工夫しています。

丸い装置がスタンド付きGPSモジュール「here3+」。LiDARも搭載し、衝突を防止できる。将来的にはSLAMのような使い方も考えているそうだ。だいだい色の四角い箱はフライトコントローラ「Cube Orange」。
ドローン下部中央から突き出している装置が水鉄砲。ハウジングは3Dプリンターで製作したそうだ。またRaspberry Piボード搭載のカメラモジュールも見える。

 放水時のドローンへの反動はそれほどないようですが、もしも反動でドローンが動いたとしても、水鉄砲の水流がカラスに正確に命中するように、搭載物の相対位置が常に固定されるジンバル装置「4D GRAVITY」をエアロネクスト社と開発中とのことです。

エアロネクスト社と開発中の専用ジンバル装置「4D GRAVITY」。カラスへの放水の命中精度を高める仕組みとして今後の改良策として採用する予定だ。

ドローンだけじゃない! AIの画像処理を高速に行うための工夫とは?

 AIの画像認識を利用した自動追尾システムの仕組みについては前述したとおりですが、本研究が素晴らしい点は、画像認識処理技術にも工夫を凝らしていることです。

 AIでカラスの画像を認識するアルゴリズムとして、今回は自動運転でもよく使われる高精度な「YOLO v5」を利用しています。これにより農園で複数のカラスを認識し、認識率の数値が最も高いカラスをターゲットにして、ドローンで自動で追尾するようにしているそうです。

 このとき使用する画像認識モデルを作成するには、従来の方法では数千~数万枚ものカラス画像を集め、画像1枚ごとにカラスであることが分かるようにタグ付けして、教師データをつくる必要がありました。しかし、この作業を人手で行うと、膨大な時間がかかってしまいます。

学習モデルをつくるにあたり、数千万枚以上の大量の画像を集めて、画像1枚ごとにカラスであることが分かるようにタグ付けする前処理(アノテーション)に時間がかかっていた。

 そこで田中研究室では、学生に独自のプログラムを開発してもらい、学習モデルの作成時間を大幅に短縮しています。まず収集した画像から左右反転した素材、拡大した素材、背景を差し替えた素材などを自動生成して、教師データとして「水増し」をします。その後、認識したカラス部分を画像から四角く囲む作業を行ってタグ付けを行うのですが、ここまでのプロセスを自動化したとのこと。

「自動化の流れをざっくり言うと、まず数百枚のカラス画像を人手でトリミング処理して、それらのデータをYOLOに投げ込んで粗いモデルを作ります。そのモデルに対して、また新しいデータを入力し、認識したカラスの座標から、人間の代わりにアノテーションを行っていきます。まだ、このときの精度は低いのですが、これらの水増しデータを適用することで、モデルをアップデートしていきます。これを何度か繰り返すと高精度モデルに収斂していきます。このプロセスで画像データのパターンを拡張させて水増しする手法が我々の大きな特長になっています。背景画像を実際の果樹園に置き換えると明らかに認識率が良くなることがわかりました。計算機のスペックによりますが、最終的に数万枚のデータを3時間ぐらいで高速に処理できます」と田中教授。

左右反転、拡大、背景の差し替えなどの各種加工を行って、画像を水増しすることで収集する画像数を削減できるようになる。
少量の画像データを水増したうえで、アノテーションを行う。面倒な教師データの作成を自動化することで、最大10日ほどかかっていたモデル作成時間を3時間程度(約80分の1)まで短縮できた。

「このプログラムは農地のカラスだけでなく、街中でゴミを荒らすカラスなどの撃退など、汎用的な対象にも応用が利くため異分野への転用も可能です。プログラムだけを切り出して、オーターメイドのAIモデルとして提供することもできるでしょう」と田中先生は説明します。

5年後には5億円の黒字も!? ビジネスモデルとドローンの改良・展開

 今回の研究で筆者が感心したのは、こういった技術開発だけでなく、しっかりとしたビジネスモデルも考えていることです。鳥獣害で苦しむ農家さんを顧客とし、果樹園や農地の状況を監視しながら、カラスの撃退回数によって利用料金を徴収するモデルです。

 田中教授は「初期投資をギリギリまで安くして、とりあえず農家さんが気軽に使ってもらえるようなビジネスモデルを考えました。ドローンはレンタルで貸し出し、ぶどうの収穫期以外は他のフルーツの農家さんで使うことでハードウェアを共有し、費用を抑えるようにしています」と実用を視野に入れたビジネスモデルにしたことを明かす。

 具体的には、ドローン1台当たり初期費用を2.9万円とし、ドローン出動回数×8500円を徴収するが、一定回数を超えると定額になります。この場合、5年後には約5億円の黒字になると試算しているそうです。すでにエンジェル投資家からも注目を浴びており、近い将来、本当に高専発のスタートアップが誕生するかもしれません。

ドローンの出動回数(30回以上は定額)に応じて、料金を徴収するビジネスモデル。カラスを追い払った証跡としての画像データも提供する。

 最後に今後の展開ですが、アイデアベースで大きく3つを考えているそうです。1つ目はワイヤレス給電です。ワイヤレス給電はEVの自動運転でも注目されていますが、長期的なドローンの運用にも利用できる可能性があります。

 田中教授は「ワイヤレス給電に関しては現在調査中ですが、しばらくの間は有線給電方式でいこうと考えています。というのも水鉄砲の放水のためにドローンにホースを取り付けることになるため、それならば電力も当面は有線にしたままでもよいかなと思っています」と説明します。

 2つ目の展開は、複数のドローンを連携させて、群飛行によるフォーメーションを組むことで、監視範囲を拡大させて効果を高めること。現状ではドローンの範囲(Wi-Fi)が100mぐらいなので、これが実現できれば、複数のドローン同士の通信を行いながら、より広い範囲でカラスを追尾することも可能になるでしょう。

 3つ目の展開は、カラスを撃退する際に、ドローンのみならず陸上からの対策も追加すること。これによりコスト面でのバランスを取ることもできます。いまはカラスをドローンで追い払うビジネスモデルを考案していますが、本システムではさまざまな動物にも対応できます。たとえば鹿やサル、熊などの撃退にも使えるため、問い合わせも多いそうです。熊が現れたらLINEで通知し、周辺地域に注意を喚起することも可能になります。

 さらに建設現場では人の監視もできるため、建材などの盗難防止などにも活用できるかもしれません。このように「本研究×α」の応用によって、もっと多くの用途が広がりそうです。