ドローン関連のスタートアップに投資を行っているDrone Fundと慶應義塾大学ドローン社会共創コンソーシアムは7月4日、慶應義塾大学三田キャンパスにて公開シンポジウム「ドローン前提社会とエアモビリティ社会に向けた未来像」を開催した。このシンポジウムはドローンに関連する省庁の官僚や有識者、大手企業の代表から、Drone Fundの出資者、投資先のスタートアップなど、ドローンに関連したさまざまな立場の代表が意見を交わす場となった。

オープニングセッションに立つDroneFund創業者/代表パートナーの千葉功太郎氏。

 「新しい産業・社会の創造」「フィールドロボットによる自動化」「次世代モビリティ社会への展望」と3つのセッションが設けられており、それぞれのテーマに沿ったパネリストによるプレゼンテーションに始まり、後半ではモデレーターの進行によりパネリストがディスカッションを行った。

世界的にスタートアップへの投資が少ない日本

 「新しい産業・社会の創造」と題した最初のセッションでは、Drone Fund創業者であり代表パートナーの千葉功太郎氏がモデレーターを務め、大和証券の中田誠司代表取締役社長、KDDIの髙橋誠代表取締役社長、みずほ銀行の藤原弘治取締役頭取という、日本を代表する大手企業のトップが登壇した。

証券会社、通信キャリア、メガバンクという大手企業のトップが顔を揃えた「新しい産業・社会の創造」セッション。

 最初のテーマ「スタートアップエコシステムの形成」では、「日本はスタートアップへの投資額がアメリカや中国に比べて極めて少ない。大企業からリスクマネーを供給する仕組みをいかに作っていくかがこれからは重要」と中田氏が指摘。髙橋氏は「投資側、スタートアップ側ともに、“悪い投資家といい投資家”“悪いスタートアップといいスタートアップ”を見極める必要がある。事業は持続的に成長しなければならず、それを見定めて投資することが大事」と話した。

中田誠司大和証券代表取締役社長。
髙橋誠KDDI代表取締役社長。
藤原弘治みずほ銀行取締役頭取。

 また、藤原氏は「スタートアップのエコシステムを作る上で大事なことは、人、カネ、情報」だといい、特に人材育成という観点で、みずほ銀行では10月から原則的に行員の副業・兼業を解禁する方針だと紹介。この“副業”というテーマで議論は白熱。中田氏によると大和証券ではその業務の性質上副業を原則認めていないと説明し、髙橋氏は「個人的には副業は禁止だと思っている。それは誤解を恐れずに言うと、スタートアップを始める若い人には大きな覚悟がある一方で、大企業の終身雇用の中で副業をよしとすると、すべてが中途半端になりかねない。覚悟をもって物凄い効率で自分の仕事をやって、加えて副業で新しいスキルを身に着けてロードモデルを描ける人であれば副業してもいい」と自らの意見を述べた。

スタートアップのエコシステムの中で“人材”という課題について、“副業”という話題で議論は盛り上がった。

 次のテーマ「ドローン前提社会・エアモビリティ社会」では、「移動することが目的ではなく、センサーを持つことが最も大事なイノベーション」だと中田氏。さらに「世界のドローン市場の中で日本の占める割合はわずか2%。だから残りの98%で戦えるドローン産業にリスクマネーを集めないといけない」と訴えた。また、藤原氏は「私の実家は瀬戸内海に浮かぶ島にあり、84歳の母が一人で暮らしている。週に2回、一日に4本しかないバスで45分かけて薬局に通っている。そんな離島過疎地の課題解決をエアモビリティでできないか」といい、「解決すべき社会課題は足元にある。もっと足下を見つめて欲しい」と訴えた。

ドローンが社会実装されるためのアプローチと着地点

 セッション2のテーマは「フィールドロボット普及における課題 ロボット普及がもたらす経済効果、価値」だ。登壇者もこのテーマに沿って、2019年2月にドローンの量産化に向けてエアロネクストと業務提携を行った、農機具を生産する小橋工業の小橋正次郎代表取締役社長、国産ドローンメーカーのひとつである自律制御システム研究所の太田裕朗代表取締役社長、日本の水中ドローンのパイオニアであるFullDepthの伊藤昌平代表取締役、世界中でGPSトラクターシステムを販売している農業情報設計社の濱田安之代表取締役CEOが登壇。ドローンはフィールドロボットのひとつであり、このテーマはシンポジウム全体の中でも、最も熱い議論が行われた。

セッション2「フィールドロボット普及における課題 ロボット普及がもたらす経済効果、価値」では、ドローンやロボットのハード、ソフトを手がけるスタートアップ企業の代表が壇上に並んだ。

 最初にモデレーターの大前創希氏が投げかけたのは「強く認識している社会の課題は何か?」ということ。これに対して小橋氏は「一番の問題は地方と都市の乖離が大きな課題。日本がバランスの取れた成長を遂げるには、地方も都市も一緒になって発展するモデルを作らないといけない」と主張。また、太田氏は「実は3年程前に“ドローンで凄い社会を作る”ということを訴えたが、それがあまり販売には結びつかなかった。そういうことではなく、地味ではあるけれども“人がやらなくてもいいことをドローンによって無人化する”ということの方が、直接人が幸せになり、ドローンが普及する動機づけにもなる」といい、「いきなり渋谷の真ん中でドローンを使って物流をやる、というより、田舎で一日一便の荷物をドローンで届けます、という方が現実的でドローンの普及につながる」と説明した。

小橋正次郎小橋工業代表取締役社長。

 水中ドローンを手がける伊藤氏は「水中ドローンはまさに太田さんの言う人が作業しづらい空間で、ドローンがその作業を代替する。実は水の中というのは、意外とまだまだわからないことが多い。これまでそういった水の中の調査は、高いリスクの中で潜水士が作業を行っていたが、こちらもやはり人材不足になっていて、ドローンのニーズは高い」と説明する。

伊藤昌平FullDepth代表取締役

 ふたつめの質問はスタートアップとして「各社が抱えている課題」だ。この質問に対して口火を切ったのは農業情報設計社の濱田氏。同社はトラクター運転支援アプリ「AgriBus-Navi」をはじめ、さまざまな農業支援アプリをリリースしているが、このアプリの97%が海外からのダウンロードだという。「今は日本語、英語、ポルトガル語、ロシア語、ポーランド語に対応しており、これだけでも管理が大変。現在139か国からダウンロードされているが、今後こうした国々に対応していくことが課題」だと話す。

濱田安之農業情報設計社代表取締役CEO

 また、北海道帯広市に拠点を置く濱田氏の農業情報設計社。「経営的課題は山積みで、資金面や人材面で地方にはスタートアップのエコシステムがない」ことに頭を悩ましているという。このことについては、やはり岡山県岡山市でモノづくりを行っている小橋氏も「ベンチャーがいざモノを作ろうとしても、どこにどう頼んでいいのかがわからない。それが結果としてコストの低い海外へと流れてしまう。この流れをしっかり国内で回るようにつなぎとめる、地方と都市部のエコシステムがあれば、地方でモノづくりのベンチャーが発展できる」と訴えた。

 みっつめのテーマは「ロボットに対する社会の期待と出来ることの差」だ。濱田氏は「実は今実現している農業用ロボットは耕しているだけ。種をまくことはできていない」といい、今後はインテリジェンス化、通信の標準化が必要だという。「困った時の技術の要素は揃ってきているが、それを組み合わせないと利益を生み出せない。これからはWAGRI(農業データ連携基盤)ととロボットを連動させるといった、データ交換を一気通貫で提供する仕組みが必要」だと述べた。

太田裕朗自律制御システム研究所代表取締役社長。

 また、太田氏は「ドローンの使い方を勘違いしているケースがまだまだ多い」という。「ドローンで点検をやってみたい、という話をよくよく聞いてみると、30年に一度、という点検でそのままオーバーホールをするという。そういうケースであれば、なにもわざわざドローンを使う必要はない。何でもドローンを使えば課題解決ができるという機運があるが、我々はしっかりニーズを整理して捉える必要がある」と説いた。

このセッションでは“地方と都市”、“スタートアップのビジネス”という話題で多くの意見が交わされた。

ニーズから考えてこそのドローンやエアモビリティ

 セッション3では「次世代モビリティ社会への展望」と題して、産官学の立場から展望を語るというもの。学術的立場から慶應義塾大学総合政策学部の古谷知之教授、行政の立場からは経済産業省産業局総務課の伊藤貴紀課長男補佐、そして民間企業の立場からはSkyDriveの福澤知浩代表取締役の3人が登壇した。

産、官、学というそれぞれの立場で意見が挙げられたセッション3「次世代モビリティ社会への展望」。

 セッションのひとつめのテーマは「歴史的背景の中で、エアモビリティに対してどのような未来を期待するか、そして実現したいのか」。これに対して古谷氏は、「どういうステップを踏んで実現するかが大事。例えば航空機はこれまで6~7万人、自動車は日本だけでもこれまでに数十万人が事故で亡くなることを通じて今が成り立っている。エアモビリティも今後の技術開発の中で亡くなる方がいるかもしれないが、我々が技術の快適性や利便性を得たいがために実現したいのかは皆さん一人一人が自覚を持って考えるべき。その上で、安全かつ快適で便利なものとなれば、エアモビリティは社会に受け入れられる」と話した。

古谷知之慶應義塾大学総合政策学部教授。

 伊藤氏は「どういう社会があるべきかという観点で語るのは難しい。自動車が当たり前に使われているように、エアモビリティも当たり前に使われるような社会にはなるが、制度の議論を進めるのは簡単ではない。どういうユースケースで使いたいのか、そのためにどういう機体が必要なのか、どういう使われ方をするのかという前提がないと、なかなか議論が進まない」と話す。官民協議会で整理しているものは“想定される議論の進め方を整理している”のであって、そこから先に進めようとしてもなかなか進まないという。

伊藤貴紀経済産業省産業局総務課課長男補佐。

 こうした前提を受けて実際にエアモビリティを開発しているSkyDriveの福澤氏に対して、モデレーターであるDrone Fundパートナーの髙橋伸太郎氏は、「何のために開発をしているのか? その目的は?」と質問を投げかけた。これに対して福澤氏は「モビリティの進化は人類の可能性の進化だと思っている。人が幼少期から学齢期に成長するにつれ、ハイハイから歩くようになって、三輪車に乗れて、自転車に乗れて、車に乗れるようになって世界が圧倒的に広がっていく。だからこそ今の時点でエアモビリティの可能性として決めたものが、後から見るとすべてではない」と述べた。

福澤知浩SkyDrive代表取締役。

 その上で福澤氏らは、こう使っていきたいというものを作っている段階で、それは“既存のモビリティの負の解決”だという。「渋滞や交通過疎といった交通の不便をすべて解決することを目指す。ただし、人の上を飛んでいいのか、といった制度の問題が出てくる。そこでスタート時点ではエンタメや2点間のスポットの移動を想定している」と説明した。

今後エアモビリティが社会実装されるためには、社会許容性の醸成が必要だという議論が交わされた

新しいモノへのアレルギーを乗り越えた先にあるもの

 これらのセッションの後、再び千葉功太郎氏が登壇。「このシンポジウムでは、エアモビリティが飛んでいることが100%飛ぶことが前提となっている。そのためにはやはり我々が空に何かを飛ばすには安全性が何よりも大切で、ここを注意深くやっていかなければならない。ドローン前提社会は確実にやって来るが、危惧しなければならないのは事故」だと説く。

 その上で「社会と世論を味方に付けることがとても重要。ドローンが落ちた、エアモビリティで人身事故が起きたとなればニュースになる。これを想定しながら、まずこういうことが起きないようにする。また、起きても被害を最小限にする。そして、だからといって世論がドローンやエアモビリティをやめようという議論にならないようにする、という空気の醸成が大事だ。ここにいる皆で社会を味方につけて今のアレルギーをどう人々の幸せや楽しさ、便利さに上手く置き換えていくかを考えていきたい」と締めくくった。