DJI JAPANと農薬・種子大手シンジェンタジャパンは、6月25日に茨城県龍ケ崎市において、農業用ドローン「AGRAS MG-1」と水稲用除草剤「アクシズMX 1kg粒剤」を用いた、自動航行による農薬散布実証試験を報道陣に公開した。DJI JAPANとシンジェンタジャパンは、農業ドローンと農薬の安心・安全を実現するべく、今年4月に業務提携に向けた覚書を締結。これを受けてDJIとシンジェンタは農業ドローンを使った薬剤散布実証試験を重ねてきており、今回は両社が行っている活動を業務提携後初めて一般に公開する機会となった。

DJIとシンジェンタが農薬と散布装置の最適な組み合わせを提供

 会場となったのは茨城県龍ケ崎市にある農業法人「横田農場」の圃場。同社は龍ケ崎市で寿永元年(1180年)から続く農家で、1996年に有限会社横田農場として法人化し、現在約150haの圃場で主に水稲作を手がけている。今回の実証試験ではこのうち約0.7haと0.8haの水田を使って、MG-1の自動航行による農薬散布までの一連の作業と、2機のMG-1を使った編隊飛行による散布のデモを実施するというものだ。

農薬散布ドローン「AGRAS MG-1P RTK」と粒剤散布装置「GS110」。機体左に置いてあるRTK固定局と組み合わせて使用する。
散布作業の前に圃場を測量して地図を取得するために使用する「Phantom4 RTK」。

 今回の実証実験で使用したドローンは「MG-1P RTK」と粒剤散布装置「GS110」を組み合わせたもの。MG-1P RTKは2年前に日本国内で販売を開始した「AGRAS MG-1シリーズ」の最新モデルで、ネットワーク型RTK-GNSSを搭載し、RTK固定局と組み合わせることで、高精度な飛行を可能としたものだ。さらに、1台のコントローラーで最大5機のMG-1を同時に飛行させることでき、今までにない効率的な作業が可能となっている。またGS110は1kg粒剤を10kg搭載可能な粒剤散布装置で、4mの最大散布幅を持ち、粒剤の散布量を決めるインペラ回転数とシャッター開度をコントローラー側で設定が可能となっている。

水稲用初・中期一発処理除草剤「アクシズMX 1kg粒剤」(中央・右)と、同軽量製剤「ジャンダルムMX豆つぶ250」(左)。

 このMG-1で散布するシンジェンタの農薬は水稲用初・中期一発処理除草剤「アクシズMX 1kg粒剤」だ。水稲作では雑草管理が非常に重要であり、雑草が生えると稲の養分を奪う形となり、生育の阻害や風通しが悪くなることで病気が出やすくなったりする。ただし、稲がある程度育つと、水田が稲の葉で覆われて田面に光が届かなくなるため雑草の生育が抑えられる。そのため稲の葉が田面を覆い尽くすまでの40~50日という「要防除期間」の雑草管理が必要となる。

雑草管理をしないと水稲と区別がつかないほど雑草が繁殖する。
雑草によって水稲の養分が奪われ、結果として収量低下につながる。

 そこで用いられるのが除草剤だが、この除草剤には使用時期によって「初期剤」「中期剤」「後期剤」と「一発処理剤」があり、このうち一度散布すると長期にわたって効果が持続する一発処理剤は、日本のほぼすべての水田で1回使われているという。シンジェンタのアクシズMXはこの一発処理剤にあたり、田植の時期が長期にわたり圃場の状態に幅が生まれる大規模生産者には欠かせない除草剤だという。DJI JAPANとシンジェンタジャパンでは、このアクシズMXに最適なGS110のインペラ回転数とシャッター開度を、テストの積み重ねから算出し、ユーザーに提供している。

水稲除草剤には使用する時期によって3種類の薬剤が使われている。
シンジェンタジャパンの「アクシズMX」は散布適期が広く、圃場によって生育状況が違うような大規模生産者の散布の手間を減らしてくれる。
別の場所で行った試験において、処理17日後の田面の様子。除草効果がはっきりとわかる。

 また今回は、アクシズMXよりさらにドローンによる空中散布に適した水稲用初中期一発処理除草剤「ジャンダルムMX豆つぶ250」のデモも実施。この除草剤は1haあたり2.5kgを使用する軽量製剤で、田面に落ちると粒がはじけるようにして成分が広がるため、同じ面積の圃場でも少ないルートで飛行が可能。さらにアクシズMXに比べて同じ効果であれば約4分の1で済むため、ドローンへの積載量を減らすことができ、飛行時間やバッテリーの消耗を減らすことができるという。

同じくシンジェンタジャパンの「ジャンダルムMX豆つぶ」は自己拡散性に優れ、飛行ルートを削減することができる。

一人のオペレーターが複数のドローンを駆使して散布できる

 MG-1P RTKを使った自動航行による散布では、最初に圃場を測量して地図を作成し、その上でルートを作成し、農薬を散布するという手順を踏む。散布の前に測量という作業が必要なのは、必ずしも既存の地図データが正確ではないことと、GNSSの精度ではどうしても数mの誤差が発生するためだ。この誤差によっては、周辺の圃場に農薬が広がってしまう可能性がある。こうしたことを防ぐために、最新の地図データとして測量を行うのである。

MG-1P RTKの自動航行による散布では、1.測量、2.地図作成、3.ルート作成、4.農薬散布という4つのステップがある。

 この測量には2つの方法があり、ひとつはRTK固定局を持って圃場の四隅を測量する方法だが、散布面積が広かったり圃場の形状が複雑である場合には、歩いて測量する作業は負担が大きい。そこでDJIが推奨しているもうひとつの方法が、Phantom4 RTKを使った測量だ。圃場の上空にPhantom4 RTKを飛行させて複数枚の写真を作成し、そこから地図データを作成することで正確な測量ができる。Phantom4 RTKが飛行しながら撮影した写真は、随時コントローラーに送られ、自動的に地図が作成される。この測量にかかる時間は、10haあたり10分程度だといい、Phantom4 RTKの飛行も自動であるため、手順さえ覚えてしまえば簡単に作業ができる。

Phantom4 RTKはPCの操作で、あらかじめ決めた飛行ルートに従って測量を行う。

 MG-1P RTKによる散布はこの地図データをもとに飛行させる。コントローラーから離陸操作を行うと、あとは自動的にスタート地点に移動し、すぐに散布がスタート。正確に田面から2mの高度を保ちながら、一定の速度、そしてルート通りに正確にMG-1P RTKは飛行する。飛行中にバッテリーの残量が少なくなったり、薬剤が足りなくなったりして作業を中止したとしても、コントローラーがその位置を記憶しているため、作業の再開を指示すれば、MG-1P RTKは自動的のその場所に移動して散布を始める。

 散布作業の所要時間は1haあたり約10分。離陸地点となる道路側は、作業者や第三者の安全を守るため、あらかじめマージンを開けて自動航行のルートを設定するため、作業の最初もしくは最後に、手動で補完散布を行う。この飛行は手動であるため、従来通りナビゲーター・補助者が必要となる。

MG-1P RTKの自動航行によるアクシズMX散布の様子。圃場の上空2mを正確に飛行ルートに沿って散布を行っている。
作業を中断してその場から機体が移動しても、再開を指示すれば自動的に中止した場所に戻って散布を開始する。

 もうひとつのフライトはMG-1P RTKの複数同時飛行による散布だ。今回は2機のMG-1P RTKを使用し、ひとつの圃場を2機のMG-1P RTKでアクシズMXを散布するというもの。離陸までの手順は1機の場合と変わらず、コントローラーの操作で2機のMG-1 RTKが同時に離陸し、決められたルートに従って薬剤を散布していく。この日のフライトでは2機のうち1機の作業が早く終わったため、自動的に1機が帰還することとなった。また、もしドローンの動きや作業に異常があった場合は、コントローラーの操作により2機を同時に停止させ、1機をホバリングさせた状態で、異常がある機体を手動で離陸地点に着陸させることになるという。

MG-1P RTK 2機による散布飛行の様子。1つのコントローラーで最大5機のMG-1P RTKの散布を行うことができる。
MG-1P RTK 2機による散布飛行の様子。1つのコントローラーで最大5機のMG-1P RTKの散布を行うことができる。
GS110から散布される「ジャンダルムMX豆つぶ」。粒剤が田面に落ちると粒がはじけて水中に広がっていくため、一度に広範囲に散布することが可能だ。
GS110から散布される「ジャンダルムMX豆つぶ」。粒剤が田面に落ちると粒がはじけて水中に広がっていくため、一度に広範囲に散布することが可能だ。

「適期に散布するには自らドローンを飛ばす方がいい」

 この日、冒頭に挨拶に立ったDJI JAPANの呉韜代表取締役。「自分自身も年に1回田植をする機会があるが、そのたびに日本の農業の高齢化を感じている」という。そこで呉氏は5年前にDJIの社内で農薬散布ドローンを提案し、3年間にわたる開発を経て世に送り出したのがMG-1シリーズだ。ただし「ハードがあってもそこで使える農薬がないとだめで、さらにそれを正しく使うことが大事」(呉氏)だと考えており、それが4月のシンジェンタジャパンとの業務提携につながった。また、今回フライトを披露したMG-1P RTKは、事前に空中写真測量を行い、直ちに自動航行による農薬散布ができる。これを呉氏は「自分が思い描いたドローンを使った空中散布のあるべき姿」だと語った。

DJI JAPA代表取締役の呉韜氏。

 また、今回の実証実験の場を提供した横田農場の横田修一社長は、「(周囲の農家がコメ作りをやめて横田農場に委託することで)、毎年横田農場が手がける圃場が10haずつくらい増えている。この広い圃場を運営していくには新しい技術を取り入れていくことが必要」(横田氏)だと語る。以前は農薬の空中散布を専門業者に依頼していたが、予定日に雨が降ると散布は繰り延べとなり、次の日程は業者の都合次第となり、最適なタイミングで散布ができなかった。そこで横田氏は中古の産業用ヘリコプターを導入し、自身がオペレーターとして散布をするようになったという。ただ、中古とはいえ産業用ヘリコプターは非常に高価だ。

「産業用ヘリコプターを維持するために、他の生産者の圃場に散布に行くようになると、自分の圃場に散布する時間がなくなり本末転倒。そのためこうした機材を導入するには、かけられるコストはどのくらいなのかをシビアに見極める必要がある。その点ドローンであれば中古の産業用ヘリコプターよりも安い」と横田氏はMG-1を評する。

横田農場代表取締役の横田修一氏。

 質疑応答でDJI JAPANとシンジェンタジャパンの業務提携の今後について尋ねられたシンジェンタジャパンの的場稔代表取締役社長。「DJIとシンジェンタは日本だけでなく世界中でコラボレーションを行っており、安全・安心を土台にその英知を日本に持ってきたい。ドローンによる農薬散布は作業がとてもカッコいいと思う。これからは農作業が周囲の人にカッコよく見えると農業の魅力が増す。そんなお手伝いをしていきたい」と話した。

シンジェンタジャパン代表取締役社長の的場稔氏。