2016年、インプレスが初めて「ドローンビジネス調査報告書」を発刊した際、この年は「ドローンビジネス元年」であり、今後、ドローン産業は右肩上がりに拡大をしていくという見立てが書かれていました。それから8年が経ち、確かに空撮がメインだったドローンは、インフラ点検や農薬散布など、産業利用の用途では市場の裾野は広がってきています。ただ、ドローンが社会一般に広く浸透しているかといえば、いかんせん多くの人々が依然として懐疑的であるように思われます。

 ところが昨年末、日経トレンディが毎年選出している来年のヒット予測で、「ドローンショー&空中QR」が栄えある1位に輝きました。日本ではドローンショーのサービスを提供できる会社が非常に少ないため、市場性が不透明に感じられるかもしれませんが、世界の市場は年平均成長率が25%を超えて推移し、2030年には15億ドル(約2,400億円)規模の市場に成長すると予測されています(※1)

※1 Intel market Reserarch調べ

芸術表現から始まったドローンショー

 夜空をカラフルなLEDで彩るドローンショーの歴史を紐解くと、2012年にスイスを拠点に活躍するArs Electronica Futurelabがオーストリアのリンツで49機のドローンを使って行ったパフォーマンスがその先駆けと言われています。同団体はデジタルアートとテクノロジーを融合させることを活動の主体としており、Spaxelsと名付けられたドローンショーは、エンターテイメントというよりはデジタルアートとしての芸術表現の一つの手法でした。

団体の公式YouTubeチャンネルには、当時の貴重な映像が残っている:Ars Electronica公式YouTubeチャンネルより

 また、ほぼ同じ時期にドローンを使ったパフォーマンスを行ったのが、サーカス・エンターテイメント集団のシルク・ドゥ・ソレイユです。スイスのチューリッヒ工科大学と、屋内のドローンショーに強みのあったVerity Studiosとのコラボレーションで、ドローンが宙に浮かぶランプシェードを演出しながら、アーティストの周りを舞う「Sparked」という作品を発表しました。人間と自律型飛行機械とのライブインタラクションによるショーであり、CGを一切使わないというこだわりがシルク・ドゥ・ソレイユらしいですね。

「SPARKED」:Cirque du Soleil公式YouTubeチャンネルより

大手資本の参戦。アートからライブエンターテイメントへ

 2015年、世界最大級の半導体チップメーカーのIntelがドローン事業に参入するや否や、ドローンショーの規模は一気に100機に達し、数年後には1,000機の大台へと突入しました。ドローンの機数が増えることによって夜空にグラフィックを描けるようになったため、ドローンショーは芸術からライブエンターテイメントへと転じ、一気に大衆の目に触れる機会が増えることとなりました。

 その象徴的なイベントとして挙げられるのが、2017年のNFLのスーパーボウルのハーフタイムショーだと著者は考えます。アメリカ国内だけでも1億人以上が観戦する試合のハーフタイムショーで、レディー・ガガのパフォーマンスの背景を飾ったのが300機のドローンによるライトショーでした。スタジアムの上空でドローンが編隊を組んでアメリカ国旗を形作った様は、多くの人の記憶に残っていると思います。

NFL公式YouTubeチャンネルのLady Gagaによるハーフタイムショー

 その後、2018年には平昌オリンピックで1,218機のライトショーでギネス世界記録を樹立しています。この時の開会式の演出は、世界19億人もの人の目にライブ映像として焼き付くことになりました。

 一見するとIntelのドローンショー事業は順調そうに見えますが、2022年には経営リソースを半導体事業に集中するため、ドローン事業はイーロン・マスクの兄、キンバル・マスクが創業したNova Sky Storiesに売却しています。同社はIntelが所有していた9,000機のドローンとオペレーションチームを引き継ぎ、全米で精力的にドローンショーのパフォーマンスを展開しています。

これまで実施したドローンショーについて紹介するページのキャプチャ画像
Nova Sky Stories HPの実績紹介より(https://novaskystories.com/gallery/

中国の台頭とプロモーション化するドローンショー

 平昌オリンピックでのドローンショーがギネス記録に認定されてからわずか2か月後、中国のEhangが156機多い1,374機のドローンを使ったドローンショーを実施し、Intelの持つドローンの同時飛行数の記録をあっさりと破りました(今でこそEhangといえばAAM(空飛ぶクルマ)のイメージが強いですが、ドローンのライトショーにも力を入れているんです)。これを皮切りとして、最多ドローンのギネス記録が毎年のように更新され続けることになりました。

 2020年9月には、Damodaによって3,051機のドローンショーが実施されました。中国の宇宙科学技術の発展を讃える内容で、北斗衛星システムや天宮宇宙ステーションなどが夜空に再現されたショーとなっていました。

ギネス世界記録 公式YouTubeチャンネルより

 2021年4月には、Crostarsによって韓国自動車メーカーのGenesisのプロモーションで、3,281機の機体が上海の夜空を彩りました。

ギネス世界記録 公式YouTubeチャンネルより

 さらに翌月には、今度はHigh Greatが5,164機のドローンを使って、中国共産党の100年の歴史を表現するためのパフォーマンスを実施しました。このパフォーマンスでは、ドローンの同時飛行数の記録更新だけでなく、夜空のディスプレイの大きさ、アニメーションの長さ(26分26秒)、連続したドローンの表現数(88パターン)など、さまざまな記録を打ち立てています。

High Great公式YouTubeチャンネルより

 中国にドローン企業は数多くあれど、これらの4社が鎬(しのぎ)を削るようにドローンライトショーはものすごい勢いで進化を続けてきています。ドローンショーが早期に普及した中国においては、自治体をはじめとする行政関係のイベントから、民間企業のイベントへと裾野が広がっており、エンターテイメントからよりプロモーション手段へと拡大しています。Crostarsの実績ページを見ると、いかに中国において企業がドローンショーを活用しているのかが一目でわかるかと思います。

ドローンショーを実施した企業のロゴマークをハニカム状に羅列した様子(HPのキャプチャ画像)
Crostarsの公式HPより(https://www.crostars.show/

 余談ですが、近年では純粋な機体数の勝負だけでなく、「空間にドローンで描かれた文字の多さ」や「空間にドローンで描かれた最も大きな架空の人物のイメージ」でギネスに登録されたりと、各社が手を替え品を替えタイトルを更新しています。

日本市場での興りと広がり

 日本では2019年に東京モーターショーのイベントの一環として、東京のお台場で500機を使ったドローンショーが開催されました。当時は国内の都市部での開催は初となる試みで、万全を期してIntelの精鋭チームがアメリカから来日して実施されています。

 この国内での成功を皮切りに、ドローンショー・ジャパンやレッドクリフなど、国内でもドローンショーを専門とするスタートアップが続け様に立ち上がりました。当初は100機~200機程度での運用でしたが、ここ最近は1,000機や1,500機といった、海外にも引けを取らないスケールでの運用が可能になってきています。更には空飛ぶクルマで話題のSkyDriveや協和産業などの企業のように、本業がありながら新事業としてドローンショービジネスに参入することも近年の潮流です。

TMS公式Youtubeチャンネルより

 ただし、日本のドローンショーを技術的な面から紐解くと、多くの企業が先述した中国のCrostars、High Great、Damodaから、機体およびドローンを群体飛行させる制御システムを借り受けて運用しているのが実態です。これらの中国企業は自社で数万機に及ぶドローンを保有しており、顧客のニーズに応じて柔軟に機体を海外に発送しています。また、ショーを演出する群体飛行のプリセットライブラリーも充実していて、簡単に飛行の再現ができるようになっています。ドローンショーへの参入障壁が下がり、今後も国内で後発参入組が現れる可能性も十分にあります。

 同時に、参入障壁が低くなるということは、これからのドローンショーは価格競争がより熾烈になることを意味しています。Intelがほぼ一強だった時代には、500機以上のドローンを使ったパフォーマンスは1億円を超える予算が必要でした。そこから先述した2社のスタートアップによって国内市場が盛り上がり、両社が価格競争を行うことで、今では1,000機のドローンショーが数千万円程度でも実施できるようになってきました。また、後発組の中には100機で192万円からと低価格を打ち出している企業もあります。

 ライトショーに特化した国産ドローンの重要性も今後は増していくと考えられます。中国企業の躍進で事業の初期投資が安くなり参入障壁が低くなったものの、機体の整備やパーツ交換、修理など、ランニング面を外国企業に頼っていては、競争力のある品質担保と低価格化の実現は難しいのではないかと思います。現在はドローンショー・ジャパンとスワニーが共同で開発した、unikaという機体が唯一のOEMに頼らない国産ドローンとなっています。同社は自社サービスでunikaを利用するに留めず、外販もしているとのことなので、今後、unikaやそれに追随する国産ドローンショー専用機体が日本の空を彩る可能性も高いと考えられます。

ライトを点灯したunikaが並んでいる写真
開発者の門前氏提供

ビジネスとしてのドローンショーの難しさ

 ドローンショーのビジネスにおける最大のリスクは墜落であることは明白です。ドローンによる点検や農薬散布のように、人の出入りが限られるエリアでの飛行とは異なり、ドローンショーは見せ物としてオーディエンスの近くで実施しなければならない性質上、墜落時には物損に加え、人身被害が生じる可能性があります。事業者は万全の対策を講じて挑むが、絶対に失敗しないということはありえません。実際、世界中でドローンの事故が発生しているのも事実です。

 とりわけ中国ではドローンショーが生活エリアの上空で行われることも多く、一度事故が起きると大変な騒ぎとなります。2021年10月には、中国鄭州で行われたドローンショーに使われた200機全てが墜落しました。このショーはビルが乱立する都市部で行われ、突如として群衆の中にドローンが続々と降り注いでくることから、地上では人々が混乱する様子がカメラに収められ話題になりました。墜落の理由は明らかにされていませんが、全機が同時に不時着を開始したため、ヒューマンエラーないしはプログラムエラーによるものではないかと推測されています。

 ドローンショーの熾烈な受注合戦が繰り広げられる中国では、第三者による営業妨害による墜落事故も発生しています。2020年5月に成都で行われたドローンショーでは、17機のドローンが墜落しましたが、後に入札に負けた企業による妨害電波が原因で墜落したことが発覚し、犯行に及んだ企業の社員達が逮捕される事態となりました。

 妨害工作やヒューマンエラーなど理由は様々ですが、いずれにせよ日本国内の法律に照らし合わせれば、機体と操縦者の間で正しく電波を送受信できない状態での事故は航空法の重大インシデントに該当し、国土交通大臣に報告しなくてはならない深刻な事故です。

 ドローンショー事業者であれば、事故による機体のロスも致命的です。2022年11月にはオーストラリアのパースで500機のドローンのうち50機が墜落する事故がありました。幸いにも河川上空で行われていたため被害はなかったものの、ドローンショーを担当していたDrone Sky Show社は10万豪ドル(約1,070万円)の損害が発生したといいます。ちなみに、同社CEOはメディアのインタビューで「1回のショーで2~3機のドローンが落ちるのは普通だ」と語っています。これを良しと見過ごせるのか、コンプライアンス的に疑問が残るところでありますね。

 また、今年の7月4日、アメリカの独立記念日を祝うはずのイベントで、55機のドローンがパフォーマンス中に墜落しました。湖に墜落したため被害は最小限だったものの、運航事業者のGreat Lakes Drone Company社は14万3,000ドル(約2,300万円)の損害を被ったといいます。ちなみに、この時に発注主の自治体から受注した金額は4万ドル(約640万円)でした。

 更には一つの事故がきっかけで、後から開催予定だったドローンショーがキャンセルされることもあると考えなければなりません。2023年7月、オーストラリアのメルボルンでパフォーマンス中に350機すべてのドローンが川に墜落した事故を受け、運航事業者が数日後に控えていた2032年オリンピック開催を記念したドローンショーがキャンセルされてしまいました。事業者としては正に泣きっ面に蜂の状態です。

ダイバーが川底から墜落したドローンを回収する様子:Australian Community Media公式YouTubeチャンネルより

著者のつぶやき

 多くの読者もドローンショー関連のニュースを一度は見聞きしたことがあると思いますが、実際にその目で無数のドローンが隊列をなして飛び立って行く様を見ると、心揺さぶられるものがあるのではないかと思います。(筆者は特に離着陸の瞬間が好きです。)

 アメリカと中国を起点にドローンショーの技術が成熟するにつれ、ドローンショーがコモディティー化し、市場参入も容易になってきています。それでも事業投資として、初手から数百機から数千機の機体を用意しなくてはなりませんし、本番前にはテスト飛行を行う広大なフィールドを確保する必要など、事業としてのイニシャルコストは依然として参入障壁となっています。ただし、一度事業が走りだすと機体はストック型の資産となるため、回数を重ねるほどに大型のショーが実現し易くなります。また、国産ドローンの登場により、ランニングコストの面でも競争が生まれ、ますます市場が活性化しそうです。

 とはいえドローンショーが大規模なイベントに成長するほど、求められる安全対策やコンプライアンスは厳しくなってきます。ドローンショーを行う体制だけではなく、ドローン市場全体を俯瞰する専門知識、機体開発技術、空撮、カメラ、電波、安全管理、演出、制作、デザインなど、様々な角度からより高度なディレクションが求められるようになってきます。ドローンショー市場は間違いなく右肩上がりで成長することから、今後は更なる第三勢力が登場してもおかしくないのではないかと思います。

伊藤英 (いとう・あきら)
2006年カリフォルニア州立大学サンタクルズ校卒業。専門はデジタルメディア、ドローン、エアモビリティ(空飛ぶクルマ)。世界No.1ドローン企業に選出されたマレーシア法人Aerodyne Groupの日本支社代表取締役社長、A.L.I.Technologiesの執行役員(ドローン事業統括)などを歴任。現在は、元国土交通省東京国道事務所所長を務めた石川雄章代表率いるベイシスコンサルティングにて、新技術を活用した「インフラ高度化」を実現するための活動に従事しながら、ドローン・エアモビリティのコンサルティング事業を行うWith World JPの代表を務める。