2機の「Wingcopter 198」と関係者の集合写真。

 伊藤忠商事株式会社(以下「伊藤忠」)、株式会社竹山(以下「竹山」)、一般社団法人ドローン大学校(以下「ドローン大学校」)、AIR WINGS合同会社(以下「AIR WINGS」)は2024年6月12日から20日の約1週間、北海道の内浦湾において、湾上空を横断して医療機器を輸送する実証実験を行った。使用機体は、2024年3月に第一種型式認証申請が受理された、ドイツWingcopter GmbH社(以下「Wingcopter」)製の最新eVTOL型ドローン「Wingcopter 198」だ。

写真:ブルーシートの上の「Wingcopter 198」。その向こうには海が見える。
最新eVTOL型ドローン「Wingcopter 198」

 本実証は、実飛行稼働日としては7日間、全16フライトを実施した。総飛行距離は約650km、総飛行時間は約7時間。このうち内浦湾の横断は3往復で、いずれも自動航行で行った。飛行経路は室蘭市にある潮見公園内のイタンキ浜から、対岸にある茅部郡森町の森漁港までの片道48kmで、最短28分で横断できたという。

「Wingcopter 198」は全自動航行を前提とした機体だ。イタンキ浜から運航チームがLTE通信を介した遠隔操作を行い、医療機器卸売の竹山の監修のもと、急性期脳梗塞血栓回収に用いるカテーテルなどの医療機器を、ドローンで“緊急輸送”する想定で飛行を計画・実施したという。今回は、伊藤忠の中田悠太氏、藤井翔氏、AIR WINGSの林賢太氏に、本実証実施後の所感や今後の展望などをインタビューした。

写真:「Wingcopter 198」のミニチュア模型を手に笑顔を見せる3人。
左から伊藤忠商事 航空宇宙部 航空宇宙第一課の中田悠太氏、同 藤井翔氏、AIR WINGS 代表の林賢太氏

陸路2時間から空路30分への「時間短縮効果」

「初ものづくしだった」と振り返るのは、伊藤忠で本実証のプロジェクト統括を務めた中田氏だ。北海道の内浦湾をドローンが横断するのは初めて。また、プロトタイプ機ではなく最新のeVTOL型ドローン「Wingcopter 198」が北海道で飛行するのも初。さらに、伊藤忠が運航の主体となって、レベル3飛行の実証を実施するのも初めての試みだった。

 伊藤忠は、2022年3月にドローンの開発・製造を手がけるWingcopterと、資本業務提携、販売代理店契約を締結し、日本国内でもその前後からANAホールディングス株式会社らと協働して、処方薬や血液製剤のドローン輸配送の実証を行うなど、Wingcopterのユースケース開拓に取り組んできた。

写真:「Wingcopter 198」を3人のスタッフが確認する様子。

 今回は、伊藤忠の中田氏と藤井氏が学んだ民間スクール、ドローン大学校の卒業生つながりで、北海道で医療機器や理化学機器の卸売事業を手がける竹山と出会い、Wingcopter 198を用いた道内における医療機器ドローン輸送の可能性を模索する目的で、実証実施に至った。

 北海道内でも、本実証の舞台として内浦湾を選定した理由は、「ドローン物流の時間短縮効果を分かりやすく示す」ためだ。イタンキ浜近辺にある竹山の室蘭支店から、内浦湾対岸にある森町支店まで、陸路では164kmあり乗用車で2時間、トラックだと3時間近くかかることもあるという。しかし、ドローンで内浦湾を直線的に横断すれば、所要時間約30分での輸送が可能になる。「4分の1以下の時間短縮効果が見込める」ことを実証できた。

 伊藤忠の中田氏は、「現状は既存の物流網が非常に発達しているので、著しく何かが滞っているというわけではないが」と前置きしながらも、例えば本実証で輸送した脳梗塞治療用のカテーテルなど、時間短縮効果が救命の確率アップに直結する医療機器については、Wingcopter 198の有用性が非常に高いと説明した。

 本実証の座組は、伊藤忠がプロジェクトの取りまとめと運航者、竹山が医療機器の提供・監修と補助者、ドローン大学校が竹山への教育と補助者、AIR WINGSが伊藤忠への運航支援を担った。

写真:取材クルーが集まって取材する様子。

 実証最終日のメディア公開には、北海道胆振総合振興局の関局長、室蘭市の青山市長、森町の岡嶋町長をはじめ、多くの報道陣や関係者が集まり、ドローン物流が提供する価値自体に対する反響もとても大きかったという。また、復路では森町名産のイカ飯を輸送したり、離陸地点周辺を拠点に活動するサーファーの方々に機体を紹介しながら、離陸時の無人地帯確保に協力してもらったりと、草の根での社会受容性向上の努力も、手応えを感じたようだ。

Wingcopter 198の特徴

 Wingcopter 198の最大の特徴は、特許取得済みのティルトローター機構。8つのプロペラ(ローター)のうち4つがティルトする仕様だ。このためマルチコプターのように垂直離着陸とホバリングが可能で、なおかつ固定翼による高速長距離飛行も得意とする。離着陸用の追加設備は不要で、FAA(アメリカ連邦航空局)が航空機に要求する安全性に準拠する冗長設計を実現しているという点も、運航者にとっては安心感がある。

写真:ブルーシートの上の「Wingcopter 198」。
写真:「Wingcopter 198」外観(後方部分)。
横幅198cm×縦幅167cm×高さ65cmで、重量は約20kg。最大飛行速度は時速90km(秒速25m)、ペイロードなしでの最大航続距離は約100km(約70分)、ペイロード4.5kgでは約60km(40分)

必要な医療機器の「パッケージ化」

 一方で、本実証で難しかったことの1つが、必要な医療機器の「パッケージ化」だったという。中田氏は、「カテーテルも、それだけで成り立つものではなくて、コネクタ類などの同時に必要となるものを一式まとめて運べるかどうかが大事なポイントでした」と振り返る。本実証では竹山が医療機器類の選定を担った。

 実際の輸送物の重量は約900gで、外付けリモートIDなどの機器の重さを加味しても、約1kgに収まったという。Wingcopter 198の最大積載重量は(デリバリーボックスの重量約600gを含めて)4.5kgなので、ペイロード的にはかなり余裕を残して飛行できたといえる。

写真:しずくのような形をした流線型のデリバリーボックスが前後二つに分かれ、内部の収納スペースが見える。
写真:デリバリーボックスの収納スペース。
Wingcopter 198のデリバリーボックス

 これは一般的にどのドローンにもいえることだが、ペイロードエリアの寸法は決まっており、定められたペイロードエリアに荷物を納めなくてはならない。Wingcopter 198のペイロードエリアに当たる「デリバリーボックス」は、機体下部への外付けタイプの流線型で、外寸は800mm×360mm×220mm、内寸は285mm×235mm×125mm。最大積載容量は約8L(リットル)となっている。本実証では、このペイロードエリアにピッタリと収まるよう、医療機器一式をパッケージ化して輸送したという。

写真:デリバリーボックスに収納した医療機器一式。
写真:「Wingcopter 198」のデリバリーボックスにスタッフが医療機器一式を収める様子。
Wingcopter 198のデリバリーボックスに医療機器一式を格納したところ

 物流ドローンに関する別の取材記事で、一般的な宅配便事業者が配送する荷物の8~9割は5kg未満で100サイズ以内に収まるため、物流ドローンのペイロードエリアもこの条件を指標とするトレンドがあることを言及したが、医療機器や、医薬品、血液製剤などの場合はどうなのか、今後も引き続き取材したいポイントだ。

「内浦湾の上空横断」からわかった3つのこと

 本実証の運航管理体制は、離陸側に2名が常駐した。伊藤忠の藤井氏がパイロットインコマンド(運航の最終責任者)、AIR WINGS 林氏が藤井氏の運航補助。そして、離着陸ポイント付近には常時、合計4~5名の補助者を配置して、補助者チームのリーダー、メディア対応係などの役割を分担したという。

 本実証で伊藤忠は、自社保有の機体と操縦士により、自ら実証実験を組成できることを示したわけだが、固定翼機の造詣が深く、最近では佐渡島など各地での運航経験も豊富なAIR WINGSの林氏のサポートも大変心強かったようだ。

 藤井氏と林氏に、本実証での運航オペレーションを振り返って印象的だったことを聞くと、大きくは3つのトピックスが挙がった。

写真:モニターを見守る2人。
運航オペレーションの様子

 まずは「電波」だ。外洋を飛行する場合は、どうしても途中でモバイル通信が弱くなってしまいがちだが、内浦湾は養殖業が盛んで普段から漁船の往来が多いエリアであるためか、事前の電波調査でも実際の湾横断時にも、上空電波利用は全く問題がなかったという。

 次に「ドクターヘリとの調整」だ。ドクターヘリの運航主体より依頼を受け、離陸前5~10分と飛行終了後に随時、離着陸地点や飛行所要時間といったフライト状況を、随時共有していたそうだが、実際に1回だけドクターヘリ出動の事前連絡を受けて、ドローン側のフライト時刻を調整したことがあったという。

 藤井氏は、「そういう連絡を頂ければ、我々が時間を少しずらせばいいと実感できた。安全運航のためのコミュニケーションは円滑にできたと思う」と話しつつも、UTMの開発に対する期待もにじませた。

 Wingcopter 198のGCSには、ADS-B(Automatic Dependent Surveillance-Broadcast)システムの情報を自動表示する機能があるため、例えば近くにいる有人機の位置情報、高度情報、速度、方向を把握できるが、報道ヘリや、ドクターヘリ、自家用の小型機などADS-Bを搭載していない機体については、GCS上にフライト情報が表示されないため、今回のように直接連絡を取り合って衝突を回避しているという。

写真:飛行する「Wingcopter 198」。

「気象条件」についても、気を使うポイントだった。本実証の飛行は、機上のFPVカメラを用いて立入管理措置を行うという新しい「レベル3」で行われたため、霧が発生した場合の視程の基準を設定して飛行させた。

 林氏は、「内浦湾のように霧が発生しやすいエリアでは、この状態でWingcopter 198のように高速で飛行するドローンを飛ばして、きちんと立入管理するためには、どれくらいの視程が必要なのか、基準を設ける必要があった。私自身も初めての経験だった」と話した。

 また、往路では平均秒速6m、最大7~8mの追い風を受けて、対地速度は時速120kmほど出たときもあった。逆に復路は向かい風で、時速60kmまで低速になるシーンもあったという。このため片道48kmの飛行時間は、往路は最短28分、復路は42分以上かかることもあり、14分も差が開いたこともあったという。余談だが、横断後のバッテリー残量が50%以上残っている時もあったそうで、Wingcopter 198の長距離航続パワーを感じさせるエピソードだ。

 藤井氏は、「バッテリーマネジメントも非常に重要になる。風向きやバッテリー残量を考慮しながら、フライト中もこれならいける、これなら大丈夫、と各ポイントで然るべき指標に基づいて判断しながら運航管理した」と明かした。

写真:飛行する「Wingcopter 198」。

 なお、伊藤忠では風速のリミットを、平均毎秒7m、最大瞬間風速毎秒10mと設定しているそうで、全自動航行においてはフライトミッションのプランニングスキルが非常に重要になることを考えると、さまざまなエリア、多様な気象条件ごとの基準の設定が今後も大きな命題となりそうだ。

 中田氏も、「機体側の能力向上、システム間の連携、運航体制の改善などで、運航の定時性や就航率を上げていきたい」とコメントした。

今後の取り組みやビジネスモデル

 今後は、「医薬品や医療機器を突破口に、Wingcopter 198活用の拡大を目指す」という。理由は、緊急性、社会受容性、価格耐性の「三高」だ。ビジネスモデルは、ユースケース拡大フェーズにおいては運航者としてさまざまな事業者との連携を図りつつ、オペレーションを担う事業者が現れればミッションプランニングスキルの移管も含めてフォローアップしつつ、ビジネス拡大フェーズへの移行に伴い機体の販売やリースに主軸を移す構えだ。

 機体の保守・点検についても、2023年8月に基本契約書を締結したジャムコを中心に、整備業務全般を外注する体制を整える。機体側にもすでに25時間ごとにビジュアルインスペクションを実施できるシステムと教育カリキュラムが作成されている。

 竹山も将来的なドローン活用を見据えているという。「北海道という土地柄、長距離長時間飛行を特長とするeVTOL型ドローンが適しているのでは」(中田氏)という。

写真:離着陸を行う「Wingcopter 198」。

 このような未来を実現していくために、必須となるのが第一種型式認証だ。2024年3月に第一種型式認証申請が受理されたところだが、今後は日本の航空局だけではなく、FAA、EASAをはじめ、当該国の航空局との足並みを揃えながら、グローバルでも通用する第一種型式認証機へと仕上げていくという。並行して、「レベル4につながるような実証に取り組んでいきたい」(中田氏)とのことで、エリアによって千差万別なリスクをどのように捉えて、eVOTL型ドローンの安全運航を拡大していくのか、今後の取り組みにも注目したい。

ドローンビジネス調査報告書2023【物流編】

執筆者:青山 祐介、インプレス総合研究所(著)
発行所:株式会社インプレス
判型:A4
ページ数:220P
発行日:2023/9/14
https://research.impress.co.jp/logistics2023