DJI JAPANとORSOが共同で設立したdo社と、エンジニア派遣大手パーソルテクノロジースタッフが、2019年4月23日に「第4回 企業向けドローン活用セミナー」を開催した。このセミナーはドローンが活躍する産業分野の専門家を招き、ドローンビジネスへの参入を検討している企業の担当者に向けて、日本のドローンビジネスの現場について紹介するというもの。2017年からスタートし、4回目を迎えるこのセミナー。今回のゲストは地図大手ゼンリンのドローン推進課の深田雅之氏だ。

人間の身体の拡張ツールとなるドローン

 約2時間のセミナーのうち前半は「ドローンの可能性と各産業への導入」と題して、do代表取締役の高原正嗣氏が「ドローンの基礎知識」「ドローンのこれから」「各産業界での活用事例」という3テーマで、日本における最新のドローン事情を解説した。

do株式会社 代表取締役 高原正嗣氏。

 高原氏のセッションでは、“ドローン”という名前の由来からその定義に始まり、コンシューマー向けから大型の産業用無人機まで、価格やサイズ、機能などによる違いを「ドローンの基礎知識」と題して解説。また、「ドローンができること」として、可視光や赤外線カメラ付きドローンは“見る”ため、拡声器付きドローンは(遭難者などに向かって)“話す”ため、運搬用ボックスなどを取り付けたドローンは“運ぶ”ためと、ドローンが人間の身体の拡張ツールとなると独自の視点でドローンの存在価値を説明した。

ひとくちにドローンといってもホビー向けの小型機から、産業用の大型機までさまざまなものがある。
これからの「Sociaty5.0」の時代にはドローンがロボットのひとつとして、人間の身体を拡張してくれるツールとなる。

 後段では実際に産業の中でドローンが活用される事例を高原氏は紹介。土木測量、点検、農業、災害、調査と、今後さまざまな社会課題を解決するためにドローンが利用されるといい、建機大手コマツが三次元測量にドローンを用いた例を動画で示すなど、各企業での導入を検討している参加者の関心を集めていた。こうした説明の中で高原氏は、ドローンが必ずしもあらゆる課題を解決するとは限らず、適切なツールを選ぶことが大事であることも付け加えた。

土木測量、点検、農薬散布といった分野では“従来の作業の“置きかえ”に、災害対応や調査といった分野では、ドローンがこれまでにない“新たな価値”を生み出すという。

ターニングポイントは地図のデジタル化

 セミナーの後半はより具体的なドローンの産業活用事例のひとつとして、ゼンリンの深田雅之氏が「“空の道”ゼンリンの空への新たな挑戦」と題した講演を行った。

ゼンリン事業統括本部IoT事業本部IoT事業推進部ドローン推進課の深田雅之氏。

 深田氏のセッションでは、冒頭、ゼンリンのドローンに対する取り組みを紹介。1948年に創業した同社は住宅地図が祖業だ。深田氏は「雑誌の一部として大分県別府市の観光案内図をつけたのがそのルーツで、当時はこの地図を目当てにしたお客様に雑誌が売れた」と紹介。当時の地図は、いわゆる地図記号で表現されていて、あまり身近なものではなかった。そこでゼンリンは地図に交差点の名称や住宅の場所、住所、歩道などを明記した、それまでにない形の「住宅地図」を売り出し、これがゼンリンを大きく発展させた。

 次にゼンリンの地図ビジネスがターニングポイントを迎えたのは“地図のデジタル化”だ。パソコンが普及し始めた1984年、それまで職人が手で書いていた全国の紙の地図を、デジタル上でひとつの地図にまとめたデータベース化。さらにそのデータを生かし、カーナビの地図データへと発展する。1990年にマツダのユーノスコスモ向けに世界初のGPSカーナビゲーションシステム専用ソフトを開発した。

 現在ではインターネット上で利用される地図として、広くゼンリンの地図データが利用されている。今後はロボットや自動運転車、ドローンが移動するために必要なデータベースの開発に注力。その中でも深田氏はドローンが飛ぶための空の地図の開発を担当している。

ビジョンへの共感から緩いコミュニティの形成へ

 深田氏がゼンリンでドローンの事業を立ち上げたのは2014年のこと。ただし、その立ち上げにはさまざまな課題があったという。深田氏はこの経験から、企業内で新規事業の立ち上げで問題となる点を3つ挙げた。

 ひとつ目は“アイデアの枯渇”であり、既成概念にとらわれがちで新しい発想が出てこないということ。そのためには当たり前を否定する思想や、アイデアを出しやすい環境を作るのに企業は努力すべきだという。もうひとつは“レガシーへの傾倒”だ。既存の資産やビジネスを大事にするあまり、新しいことをやろうとしてもレガシーの観点から否定してしまいがちで、この不安をいかに解消するか大事だと説く。そして三つ目は“セクショナリズム”で、部署間の連携をどうやって引き出すかが重要だという。

深田氏が指摘する企業における新規事業立ち上げの課題。

 こうした新規事業立ち上げの問題解決となるのが「ビジョンへの共感」「コミュニティの形成」「実行力」だという深田氏。ビジョンはその作り方が大事で、そのためにはワクワク感のある夢と、一方で企業の伝統やアイデンティティを守ること、そしてシンプルかつ力強いキーワードだという。深田氏はドローン事業立ち上げにあたって「世界初の『空の地図』を作りたい」というビジョンを掲げた。

深田氏が掲げた「世界初の『空の地図』を作りたい」というビジョンには、ワクワク感、企業のアイデンティティ、そして力強さという3つの要素があるという。

 もうひとつがコミュニティの形成だ。当初深田氏一人で始めたドローン事業は、その翌年に事業面、技術面、財務面の担当者が合流して4人のチームとなる。「私は最初の1年間で約千人のドローン関係の人と会って関係を作っていきました。そんな姿を見て技術部門のトップが『面白そうだ』と参加し、さらに事業統括の人間が『やってみろ』と後押しをしてくれました。このように、誰かが動き出してその目指すところが伝わって共感されると周りの人も動き出す。すると今度はコミュニティができる。それは組織間のつながりではなく人と人とのつながり。それが新しい事業を上手く進めるポイントの一つだと思う」(深田氏)。

 そして三つ目はずばり実行することだと深田氏。「PDCAのサイクルでは時間がかかりすぎて、周りの変化に対応できないまま次のアクションになってしまう。せっかくいいプランを作ってもすぐだめになる。Plan→Do→Check→Actionというサイクルではなく、Do→Check→Do→Checkとサイクルを速いスピードで回すことが必要」だと深田氏は説明する。

新しい事業を強力に推し進めるためには、従来のPDCAサイクルではなくとにかく実行と修正のサイクルをスピーディに回していく必要があると深田氏は説く。

「スカイネットワーク」と「エアスペース・マネジメント」

 こうしてゼンリン社内でドローン事業を立ち上げた深田氏。ゼンリンのドローン事業は、政府が提唱する「空の産業革命に向けたロードマップ」が目指すレベル3以上の飛行を目指し、早い段階から技術開発を進めてきた。

「SORAPASS MAP」への地図情報提供に始まり、ゼンリンではレベル3以上の飛行を実現するために様々な形の技術開発や実証実験に携わってきた。

 手始めに2016年5月にはJUIDAとブルーイノベーションが展開するドローン飛行支援地図サービス「SORAPASS MAP」に技術協力。同12月にLTE回線を使った長距離飛行を目指す「スマートドローン構想」を打ち出したKDDIと業務提携。翌2017年3月には、送電線の上を空の道にする「ドローンハイウェイ構想」を提唱する東京電力と業務提携を発表するなど、レベル3以上の飛行を実現するべく準備を進めてきた。

 そして2017年7月には三次元地図を使った完全自律飛行の物資輸送を成功させ、同11月にはKDDIと共同で実施した、スマートドローンによるLTE完全自律飛行を実現。2019年1月には国内2例目となる、補助者なしの目視外飛行を楽天と成功させるなど、レベル3以上の飛行に向けたゼンリンの取り組みは実を結び始めている。「レベル3の技術開発に関してはほぼ終わりに来ていて、あとは規制緩和を待つだけ。これからはレベル4に向かってドローンがビュンビュン飛ぶ社会ができるかもしれないというのが実感」(深田氏)だという。

「しかし、都市部をドローンがビュンビュン飛ぶと、やはり衝突事故が起こる可能性がある」と深田氏は釘を差す。ドローン同士の衝突だけでなく、ヘリコプターといった有人機との衝突の可能性もある。ここを解決しないとレベル4の実現はあり得ないといい、それを防ぐためにゼンリンでは二つの解決策を考えているという。

 そのひとつは“空の道”ともいえる「スカイネットワーク」である。一般的に自動飛行するドローンはウェイポイントと呼ばれる飛行ルートを設定する。これまではそれを人間が設定していた。「ただ、ドローンはそれでいいのか? ドローンはロボットであり、ロボットを動かすのに人が付いていくと遠隔操縦のラジコンと同じ。本来、ドローンが自律的に考えて飛ぶのがレベル4であり、その際にそれぞれのドローンが勝手に考えて飛ぶのではなく、空の道を作ってそれに沿って飛ぶ必要がある。ドローンの交通ルールを作るためにも、空の道を作っていくことが我々の解決策」と深田氏は話す。その上で空の道の交通の流れ、量を統制する空域管理「エアスペース・マネジメント」が重要だと考えている。

レベル3以上の飛行を実現するために、ゼンリンは空の道「スカイネットワーク」と空域管理「エアスペース・マネジメント」を開発していくという。

 この「スカイネットワーク」の実現に向けてゼンリンでは東京電力、楽天と共同で、ドローンハイウェイを使った実証実験を行っている。東京電力グループの高圧送電線に沿った空間を「ドローンハイウェイ」としてドローンのための空域を設定。あらかじめゼンリンが地形と送電鉄塔の三次元地図化を行い、この空の地図をもとにドローンが飛行する。「現在のレベル3の目視外飛行では、飛行ルートに沿って安全監視員を配置したり、ドローンに監視カメラを搭載する必要がある。高圧送電線の直下は人家がなく万が一の事故の際にも被害が少ない。そのため高圧送電線に沿って飛ぶことで、こうした規制を緩和したとしても安全に長距離飛行ができる」(深田氏)。

高圧送電線に沿ってドローンの空域を設定する東京電力のドローンハイウェイ。この空域を利用して楽天のドローンがゼンリンの三次元地図情報をもとに、商品を目的地まで届ける。

 またゼンリンでは伊那市、KDDIと共同で実証実験を行っている。「INAドローン アクア・スカイウェイ事業」と呼ばれるこの実験は、河川の上空を飛行することでやはり安全性を確保している。2018年から実証実験をスタートさせていて、2年後には物流サービスを実現するという。深田氏は「今後は鉄道の休止路線や高速道路の脇といった、道になりそうな場所を空の道にすべく、色々な方と協業していきたい」と話す。

 一方「エアスペース・マネジメント」では、経済産業省の外郭団体であるNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)が推進している「DRESS(Drones and Robots for Ecologically Sustainable Societies) project:ロボット・ドローンが活躍する省エネルギー社会の実現プロジェクト」において、運航管理システムの開発にゼンリンが関わっている。この運行管理システムには、運航管理機能、運航管理統合機能、情報提供機能という3つの機能があるが、このうちゼンリンは情報提供機能の中で三次元地図情報を提供する形で参画している。

DRESSプロジェクトで開発中の運航管理システム。ゼンリンは地形、障害物、飛行規制、動的という4つの情報を提供する。

 この三次元地図情報には3つのポイントがあり、ドローンの飛行のリスクになる情報を集め、地形・障害物・飛行規制・動的という情報のデータモデルを作って統合し、APIを通じて外部システムにデータを提供する。すでにこの機能は開発を完了しているという。さらにこの仕組みをISOのスタンダードとして標準化すべく、関係機関に働きかけている。

高原氏、深田氏のプレゼンテーションの後には質疑応答の時間が設けられ、多くの参加者が熱心に二人に質問をしていた。