ITや機電業界に向けてエンジニアの派遣を行っているパーソルテクノロジースタッフと、人材事業とソフトウェアでドローン活用を促進するdoが、2018年12月18日に「企業向けドローン活用セミナー」を開催した。このセミナーはパーソルテクノロジースタッフとdoが共同で開催しているセミナーの3回目にあたり、ドローンを活用したビジネスを検討している企業向けに、日本のドローンビジネスを取り巻く状況を紹介し、新しいビジネスにつなげてもらおうということと、パーソルのエンジニア派遣サービスの周知と兼ねて開催しているもの。今回のゲストはANAホールディングスでドローン事業を推進している同社デジタル・デザイン・ラボの保理江裕己氏だ。
ビジネスにおいてはドローンも含めた適切なツールの選択が大事
セミナーの前半はdo代表取締役社長の高原正嗣氏が、「ドローンの可能性と各産業への導入」と題したセッションを行い、「ドローンの基礎知識」「ドローンのこれから」「各産業界での活用事例」という3テーマで、日本における最新のドローン事情を解説した。
冒頭の「ドローンの基礎知識」では、ドローンの名前の由来やその定義、その形式やコンシューマー向けから大型の産業用無人機といった価格やサイズ、機能などによる違いを丁寧に解説。また、「ドローンができることと」して、“見る”=可視光や赤外線カメラ、“話す”=拡声器付きドローン、“運ぶ”=運搬用ボックスといった装置を取り付けることで、人間の身体の拡張ツールとなると説明した。さらに、現在内閣府が取り組む政策「Society 5.0」の中で、ドローンによって得た情報をサイバー空間に送り、クラウドなどでそれを処理し、再びドローンにアウトプットして作用するという、今後のロボティクス社会の中に位置づけられるものだと紹介した。
「ドローンのこれから」では、ドローン産業の今と将来について解説。「2020年のドローンの世界市場は14兆円になると言われており、同規模の世界市場を持つカジノ産業よりも少し⼤きくなる。」と高原氏は語り、日本では2024年に3700億円規模に成長すると紹介した。また、日本におけるドローン産業のロードマップとしては、経済産業省の「空の産業革命に向けたロードマップ」をもとに、現在、レベル3の実証実験が福島県をはじめ各地で行われており、2020年代以降には有人地帯での目視外飛行が行われる予定だと説明した。
「各産業界での活用事例」では、コマツの測量現場におけるドローンの活用事例を取り上げ、コマツの『ドローンによる高精度な3次元測量』のムービーを上映。その中で高原氏は「今後はリアルな世界がセンシングデバイスで情報化される」といい、こうした工事現場においてはXYZの座標軸をデジタル化することで、作業効率を大幅に向上させることができると解説。その一方で、「必ずしもドローンというツールが全部の現場で使えるとは限らない。ドローンに限らず適切なツールを選ぶことが大事だ」とも語った。
宇宙空間にはロケット、150m以下はドローンが将来の事業領域
セミナーの後半はより具体的なドローンの産業活用事例のひとつとして、ANAホールディングス デジタル・デザイン・ラボの保理江裕己氏が「エアラインが作る未来・ANAドローン事業化プロジェクトの現在」と題した講演を行った。
保理江氏が所属するANAホールディングスのDD-Lab(デジタル・デザイン・ラボ)は、ANAの将来の事業を創出する場として2016年に発足した。「ANAにとって破壊的なイノベーションも、自ら生み出せるブランドでありたいという考えがある。それを象徴するのがANAのようなフルサービスキャリアの対極にあるLCCのピーチアビエーションやバニラエアをグループ内に擁していることだ。そんな“Disruptive(破壊的な)な次のイノベーション”とは何か、という視点で、将来の事業を考えていくのがDD-Lab」だと保理江氏は説明。航空輸送事業を手掛けるANAとしてのイノベーションのひとつが、低高度であればドローンが人やモノを運ぶことであり、高高度はロケットのような宇宙輸送になり、横方向であれば超高速に地点間輸送だと例を挙げ、「物理的に人を移動させなくても、アバターにログインして、五感のうち三感(視覚、聴覚、触覚)は現時点の技術で瞬間移動できるのではないかと考えている」(保理江氏)と、そのひとつにアバターもあることを紹介した。
DD-Labではこのうち150m以下の人やモノの輸送を担うのがドローンと位置付けている。「今、空を飛んでいる有人の航空機であれば、ほとんどの人が“落ちてくる”とは思わない。しかし、ドローンとなると“危ない”と思ってしまう。この差を埋めるための安心を作り込む過程に、ANAのこれまでの経験が活かせるのではないか」という保理江氏。将来的には航空輸送事業者としてだけでなく、ドローン輸送事業者、宇宙航空輸送事業者になるべくDD-Labは活動しているという。
離島山間地域への配送も視野に入れるANAの取り組み
2016年のDD-Labの立ち上げと共にスタートしたANAのドローン事業化プロジェクト。もともとは、社内のバーチャルハリウッド(社内提案制度)でドローンプロジェクトに取り組みたい有志メンバーが集まり、活動は始まった。プロジェクトのオーナーには、経営企画会議で「ANAグループの中にドローンが一台もない!」という一言を発するなどドローンへの可能性を感じていた片野坂真哉ANAホールディングス代表取締役社長がついた。
その取り組みは経済産業省が出しているロードマップに基づき、①コンソーシアム(JUTM)を通じて管制システムのインフラ構築に参画する、②BtoB、BtoCの商業化に向けたトライアルを実施、③エアラインである自社の業務改革への活用、という3つのテーマに取り組んできた。
管制システムの構築については、航空運送事業者としての知見を活かしたその要件検討や、福島ドローンテストフィールドで行われる各種実証実験では、120フライトの管制業務を行い、その検証をすることで次の要件を作ることを繰り返してきた。また、商業化に向けたトライアルについては、グループ内のシュノーケリングツアーでドローンによる空撮を付加価値として付けたり、自社の整備教育用動画の撮影やスポンサーとなっているゴルフ大会の公式映像を撮影するといった試みを行っている。
また、ドローンによる輸送ではJUTMが主催する福島ロボットテストフィールドにおけるUTM実証実験において、日本郵便やヤマト運輸と物流の実証実験に参画。また2018年11月には、福岡県の玄界灘に浮かぶ玄海島に物資を運ぶ実験をも実施。対岸の福岡市との行き来は、1日7便の市営渡船か1日2便の個人漁船に頼る人口約450人のこの島に、ドローンで郵便物や薬を運ぶ実験を行った。「一日数通という手紙や急に必要となる薬を運ぶのに往復約2000円のフェリーなどを使うしかないこの島で、ドローンであれば約5kmという距離を約10分で運ぶことができる」(保理江氏)という。
課題は空港という最も制限の厳しい場所と整備ツールとしての認証
三つ目のテーマである自社の業務改善への活用では、ドローンによる航空機点検に取り組んでいる。航空機は飛行中に雷雲を通過する際、ときに被雷することがあるという。とくに冬の日本海側の雪雲の中を通過して着陸する便で被雷するケースが多く、着陸してから次に離陸するまでに整備士が高所作業車等を使って雷痕を点検することになる。地方空港では整備士の数が限られ、通常の点検メニューに加えて雷痕の点検が加わると、折り返し便の出発時刻に影響が出てしまう。そこで、この点検をドローンで自動化できないかという狙いで実験はスタート。ドローンはエアロセンスの機体にソニーの高画質カメラを搭載し、手動ではなく自動飛行させて、機体表面に残る雷痕を探すというもの。ANAでは2017年1月から6月にかけて、この検証を3つの段階に分けて実施した。
2017年2月に大阪府の伊丹空港で行われた検証では、空港に隣接する整備・修理・点検会社のMRO Japan敷地内で、ボーイング787型機を駐機させ、その周囲をドローンが飛行。事前にプログラムしたルートで飛行し、撮影した写真から機体の状態をどの程度把握できるかを検証した。また、同6月にもANAウイングスのボンバルディアQ400型機の周囲を飛行させる検証を行っている。
「第2段階の検証では航空機の真上からジグザグに飛行しましたが、それだと側面の状態がわからないために、第3段階の検証では斜め上から撮影しながら、機体を周回するように撮影した。いずれも表面の汚れや雷痕、ペイントのはがれなどが確認できるなど、自動化に際しては技術や制度が整えば十分ワークする」と保理江氏は説明した。
ただし、実際に航空機の点検をドローンで行うとなると、大きくふたつのハードルがあるという。ひとつは空港という極めて制限が厳しい中でドローンを飛ばすのはなかなか難しいということ。今回の検証では制限表面を超えない高さに余裕を持ち、さらに何か不具合があればすぐに手動操縦に切り替えて着陸させることにした。それでも航空当局と数か月の調整が必要だったという。
もうひとつは航空機の整備の一環として使用するには、航空機メーカーがドローンを整備ツールのひとつとして認める必要があるということ。ボーイングやエアバスといった航空機メーカーは各国の航空当局に、機体の安全性の証明として整備ツールも含めた手順などを細かく定めて提出している。そんなツールや方法のひとつにドローンを組み込む必要がある。ただしこれについてはエアバスが2018年に屋内の点検に使用するためのドローンとソリューションを発表するなど、航空機メーカーも動き出している。