AIとドローン技術でDX支援を展開するAerodyne(エアロダイン)は、2025年3月、長崎県佐世保市でレベル3の目視外飛行による物流輸送の実証を行った。マレーシア発の同社は、世界45カ国で1000万時間超の飛行実績を持ち、日本企業からの投資や東京証券取引所の『アジア スタートアップ ハブ』認定を受けるなど、日本との関係も深い。長崎での実証を経て、日本市場での展開を見据えるCEOカマルル・A・ムハメド氏に、事業の概要とビジョンを聞いた。
データとAIが差別化するドローンDX企業
「私たちは通常のドローンサービスプロバイダーとは一線を画しています。AIを活用したデータ技術によりお客様の課題を解決するDX企業なのです」とCEOのカマルル氏は切り出した。
一般的なドローン関連企業が、機体の製造かドローンを使った調査などのサービス提供のどちらかに特化する中、同社はAIを搭載したドローンインテリジェンスサービスの提供企業として、ドローンから収集したデータを活用して顧客のデジタルトランスフォーメーション(DX)を実現するという独自のポジションを確立している。
同社のソリューションは、インフラ、農業、セキュリティ、物流の4つの産業分野に焦点を当てている。これらの分野で、コスト削減、効率化、安全性向上、持続可能性の確保、生産性向上、そして労働力不足という課題に対応するソリューションを提供しているという。同社のテクノロジーを使用することで、従来の方法と比べて最大16倍のスピード、30%低コストで業務を遂行できるとカマルル氏は強調する。
顧客のERPシステムと統合し、資産のデジタルツインを提供できる点も同社の強みだ。デジタルツインとは物理的な資産やシステムをデジタル空間に再現する技術だが、エアロダインのシステムは単なるデジタルツインではなく、問題を検出し、すべての問題のリストを自動生成する「スマートデジタルツイン」を実現している。
さらに、1000万時間を超える豊富な飛行経験に基づく専門知識とAI活用の実績を活かし、フォーチュン500企業にもサービスを提供。顧客が一度導入すると長期的な関係が構築されることも、同社の強みの一つだ。カマルル氏は「私たちのAIテクノロジーは世界中の多様な課題を解決できることが実証されています。また、一度導入したお客様の多くが長期的に利用を継続し、10年以上の関係が続く企業もあります」と話す。
カマルル氏は同社のソリューションの例として、通信塔の点検を紹介した。従来2〜3日かかっていた作業を、ドローンによる5分間の飛行データとAI解析で完了させることができるという。飛行データはデジタルツインとして展開され、AIで解析することによって、通信アンテナの点検を効率化するだけでなく、新たなアンテナ設置の可能性や受信角度の微調整を示唆するなど収益を増加させる効果も生み出している。
パイプライン監視ソリューションのケースも紹介があった。アジアで5000キロメートル、アメリカで7800キロメートルものパイプラインの監視を手がけている。人間が不法に侵入したり、農業を営んだり、あるいは掘削を行ったりする行為を自動的に検出するシステムを構築。パイプライン周辺に「ネスト」と呼ばれるドローン格納システムを配置し、センサーが異常を検知すると、ドローンが自律的に飛行して、コンピュータビジョンを用いて不法行為か単なる動物の移動かを判断する。以前はヘリコプターで行っていた巡回を大幅にコスト削減し、効率化している。
特殊なスペクトルカメラとAI予測分析を組み合わせたソリューションの紹介もあった。これは土壌侵食の問題解決から、森林の炭素固定量の自動定量化、果樹園の健康状態評価まで、幅広い用途に応用されている。「通常、炭素固定量の評価は人が歩いて行いますが、私たちのシステムではドローンが自動的に各木を検出し、炭素含有量を測定します。これはESG(環境・社会・ガバナンス)にも非常に重要です」とカマルル氏は説明する。農業における同社のソリューションは、作物の収穫量を平均30%向上させる効果もあるという。
長崎での実証実験が示す物流革命の可能性
長崎県佐世保市での実証実験は、ドローンが物流分野でいかに効率化と価値創造をもたらすかを示すものだ。長崎県が推進する「先端ドローンソリューション社会実装支援補助金事業」の一環として実施されたこの実験は、離島地域の物流課題解決や特産品の付加価値向上を目的としている。カマルル氏はこの実験の狙いについて次のように説明する。
「離島で採れた新鮮な魚を輸送する距離の問題があります。従来の方法ではより時間がかかりますが、このドローン技術によって迅速に魚を運び、物流事業者のネットワークに統合して東京のレストランまで届けることができるのです」
実証はドローンで鮮魚を運ぶことに注目されがちだが、本来の価値は全体の物流システムを統合し、最終的には「ラストワンマイル」まで、つまり家庭への配送まで完結させることだ。同社は世界各国でさまざまな形で実証を進めてきた。カマルル氏は、アフリカでドローン物流を血液や医薬品の配送に活用し、従来7〜8時間かかっていた輸送を30分で完了させて救命率を高めている事例に触れ、アジアにおいても、出産時の出血で毎月平均5人の妊婦が亡くなっている地域などで血液を迅速に送る仕組みづくりが求められ、同社も積極的に取り組んでいることを紹介した。
「ドローン物流は中間輸送とラストワンマイルの両方を解決できます。今回の実証は中間輸送に焦点を当てていますが、将来的にはスターバックスのコーヒーを注文して自宅に配送してもらうことも可能になるでしょう。ドローン物流は2040年までに1兆ドル規模の市場になると言われています。私たちも、より速く、より安く、より良い物流を実現したいと考えています」
エアロダインには、今回の実証のように物流企業との協業や、政府や自治体が社会的課題を特定し、解決策を求めてくるケースもあるという。カマルル氏は「現在はまだ初期段階で、島への配送や遠隔地への配送など、従来の方法では非効率な場所でのリクエストが中心です」と話す。
DX成功の鍵は「人間中心の段階的アプローチ」
ドローン物流が本格的に普及するためには、規制、技術、市場の受容性、サービス提供者という4つの要素が揃う必要があるとカマルル氏は指摘する。「すべての要素がそろうには時間がかかるかもしれません。しかし、限定的な形でも始めることで公共の受容性を高め、技術を準備することが大切です。段階的に進めていくことは可能です」とカマルル氏は語る。
カマルル氏は、エアロダインがインフラ点検などで成功してきたアプローチが、ドローン物流にも当てはめられると自信をみせ、2015年にマレーシアの電力会社と進めた最初のDXプロジェクトについて語った。
「DXは単に技術を当てはめるだけでなく、人が中心の課題にフォーカスすることが重要です。プロジェクトの最初期、私たちはまず、コンサルティングの視点から顧客の課題や業務プロセスを理解することに注力しました。対話を重ね、具体的なプロジェクトを例に組織のプロセスを分析し、重複している部分や不要な部分、統合できる部分を特定しました。
そして、ドローンを用いたDXソリューションによって、30%のコスト削減が可能であることを顧客に示しました」
これ自体は、小さなプロジェクトでの成功だったが、このソリューションがどうコスト削減につながるのかが一度証明されると、年間10億ドル以上を支出する企業にとって、適用範囲を見つけるのは容易だった。これは大きな節約だった。「最初は小規模なプロジェクトから始め、2年目、3年目と徐々に規模を拡大しました」とカマルル氏は振り返る。
DXプロジェクトが必ずしも成功するとは限らない。しかし、カマルル氏は「どれだけ理想を掲げても、人々は変化への不安を感じるものです。しかし、ひとつでも目に見える成功事例があれば、人々は安心してDXを受け入れるようになります」と語り、段階的に実施し、小さな成功を積み重ねる重要性を強調した。
AI時代の展望と日本市場でのビジョン
カマルル氏はドローンをDXのための情報収集ツールと定義し、AIとの融合によってさらなる可能性が広がると語る。コンピューターの中だけでない、物理的な環境の情報をドローンやロボットによって取得し、AI解析によって新たな示唆を得て変革していくという考えだ。
「現在私たちは特化型人工知能(ANI)の段階にあり、汎用人工知能(AGI)に近づいています。世界はこの方向に変化していくでしょう。将来的には人間の仕事の仕方は大きく変わり、意味のある仕事だけを人間が行うようになることを願っています」
カマルル氏は「次の大きな変化はAIエージェント」だとし、現在は人間がドローンを制御しているが、1〜2年後にはAIが自律的に飛行を管理し、目的地までの最適なルートを選択するようになると語る。さらに、AIエージェントはドローンの運用にとどまらず、物流や点検、データ分析など業務全体を自律的に判断・実行するようになると述べた。
今後1〜2年の大きなマイルストーンとして、同社はIPO(株式公開)を計画しており、東京証券取引所の支援もあることから、日本での上場も視野に入れている。カマルル氏は日本市場に大きな可能性を見出しているとし、最後に次のようにコメントした
「私は日本が大好きで、日本でビジネスをすることが本当に好きです。人々は非常に正直で率直です。日本は第一級の先進国で非常に近代的ですが、まだ多くの紙の書類による業務が残っています。日本にはDXの大きな機会があると考えています」