写真:講座の様子

 日本航空(JAL)は、有人航空機の運航で培った安全に対するノウハウをドローン運航者向けの講座にした「JAMOA(JAL Air Mobility Operation Academy)」を提供している。運航経験者(JAL運航乗務員、JALドローン操縦者など)が講師として登壇し、一般的なドローンスクールとは異なる視点で安全運航の考え方を学ぶことができる。2024年7月には、新たにNon-Technical Skills「Basic」コースが開設され、今回は当コースを特別に受講させてもらった。Non-Technical Skillの要となる「CRM(Crew Resource Management)」は、医療や消防などでも重要視され、ドローン運航にも欠かせないスキルなので解説する。

 まず、「CRM(Crew Resource Management)」という言葉をご存知だろうだろうか。航空機の発達に伴い航空分野で開発された概念だ。誤った選択を避けて仲間とともに適切な行動をしていくための思考術や対人技術、安全性向上のための考え方のことを指す。『無人航空機の飛行の安全に関する教則』にも出てくる言葉なので、聞いたことがある方は多いのかもしれないが、その具体的な中身に対する知識や、実際に活用している方はそれほど多くないのではないだろうか。

 CRMは、レベル3やレベル4といった運用方法が一般的になったときには、必須のノンテクニカルスキルと言える。今回は、このCRMのドローン運航現場における現実と必要性について、航空機パイロットの視点も交えながら考察していく。

ノンテクニカルスキル「Crew Resource Management」とは

 一般的なCRMの定義は「安全で効率的な運航を達成するために、すべての利用可能な人的リソース、ハードウェアおよび情報を効率的に活用すること」だ。人間には限界があり、人間のミス(ヒューマンエラー)を皆無にすることはできない…という前提に立ち、事故に至らないようにヒューマンエラーをマネージメントすることで事故を少なくしたり、事故による被害を最小限にするのがCRMとも言える。

 CRMを実現するには、人間のミスを少なくするために、エラーを誘発する要因であるThreat(スレット)を把握し、Threatがエラーを誘発しないよう、また、万が一エラーが発生したとしても事故にならないようにマネージメントする。これを「TEM(Threat and Error Management、テム)」と言う。

 例えば、あなたが徒歩で移動中に靴ひもを踏んでつまずき、結果転んで怪我をしたとする。この場合、“靴ひも”がThreatであり、 “靴ひもがほどけた状態で歩きだす” ということが「エラー」であり、“転んで怪我をした” のは「事故」だ。しかし「出かける前に靴ひもの長さや緩みを確認する」「つまずく前にほどけた靴ひもを結ぶ」というチェックをする…という仕組みを作っておけば、この「靴ひもがほどけた状態で歩きだす」というエラーを防ぐことができ、「転ぶ」という事故を減らすことができる。

不安全要素と対抗手段を表した図
(出典:国土交通省)

なぜCRMが必要なのか

航空機の事故率と死亡者数の推移を表したグラフ
(出典:Statistical Summary of Commercial Jet Airplane Accidents(BOEING社))

 上記のグラフは、BOEING社が発表した航空機の事故率と死亡者数の推移だ。1960年代の事故率は非常に高く、1970年代に入って大きく事故率が下がっていることがわかる。これは、航空機の信頼性の向上や運航体制の強化、訓練の充実などによるものだが、ポイントは近年においても事故はゼロになっていないということだ。しかも、事故原因の分析を行うと、その多くがヒューマンエラーに起因していることがわかっている。

 航空機が手動での操縦が主体だった時代には、事故原因の分析をもとにパイロット個人の操縦技術や機材故障発生時の手動離着陸技術などのテクニカルスキルが求められていた。しかし、航空機のシステム化が進んだ現代では、事故原因もパイロットの操縦技術不足よりもヒューマンエラーが多くを占めるようになったため、テクニカルスキルに加えて、状況認識(及びそれをもとにした未来の予測)、意思決定、ワークロード管理(業務負荷管理、忙しすぎても暇でも人間は能力を発揮しにくい)、チーム体制構築、コミュニケーションといった「ノンテクニカルスキル」も重視されている。

 これらの背景から、すべての利用可能なリソースを活用し、エラーにつながりかねないThreatの発生状況を早期にマネージメントし、万が一エラーが発生しても事故等に至らないように適切に対処するノンテクニカルスキルであるCRMが、航空機の安全な運航には必要とされているのである。

元航空機パイロットから見るドローン教育プログラムの現在とCRMの必要性

写真:話をする柿内氏
Non-Technical Skills「Basic」コースの講師を務めるのは、元航空機パイロットの日本航空株式会社イノベーション本部 エアモビリティ創造部 シニアアドバイザー 柿内成彦氏。
写真:話をする伊藤氏
日本航空株式会社 イノベーション本部 エアモビリティ創造部 ドローン事業グループ 伊藤栞太氏。

ドローン業界におけるCRMの浸透はわずか

 では、ドローン(無人航空機)運航現場でのCRMの利活用状況はどうか。実際のところ、レベル3やレベル3.5、レベル4といった一部の実証実験現場を除いてはあまり活用されていないのが現状ではないだろうか。

 JALでは、2020年よりJAMOAを開講、同社運航経験者(JAL運航乗務員、JALドローン操縦者など)が講師となるCRMを学べる講座を展開している。今回、これまでよりもより短時間かつ低予算で受講できるBasicコースを開設し、無人航空機運航者もCRMがより学びやすくなった(3時間、税込3万8,500円)。

 民間航空の間でも、かつては手動操縦のテクニカルスキルが重要視されていたが、この数十年をかけて少しずつCRMが浸透し、現在では安全性の向上に必須のノンテクニカルスキルとして習得が浸透している。

 現在のドローン(無人航空機)の運航は、航空業界における手動操縦のテクニカルスキルが重視されていた時代に似ている。無人航空機操縦者技能証明制度の教習内容・試験内容がまさに物語っていよう。このドローン教育プログラムの現状と未来についてJAMOAで講師も務める元航空機パイロットからはどのように見えるのだろうか。

「我々は有人機を扱ってきたが、ドローンも有人機と同じ空を飛ぶものなので、有人機を扱うのと同じ認識で空を飛んでほしい。今後、レベル4などの有人地帯上空を目視外で飛行させるようになってくるとなおさらそのように願う」(柿内氏)

 もちろん、ここで言う “有人機を扱うのと同じ認識” というのはテクニカルスキルに加えてCRMなどのノンテクニカルスキルによる安全性の向上についてだ。柿内氏がそう言うのは、ドローン運航現場でCRMの意識を持って運航しているチームが少ないように感じているからだ。

 ドローンにおいては、レベル4などを活用した事業展開にあたり、「目視外・遠隔自動操縦」など、高度なドローン運航がますます必須となる。操縦者は、遠隔モニターシステムを通じて限られた情報を総合的に活用のうえ、適切な判断・対応をするなど、飛行前から飛行後まで全般にわたりCRMに基づくフライトマネジメントが求められているのだ。

「現状、ドローンの現場では、イレギュラーがあっても『経験豊富な腕の立つパイロットがうまく対処した』でフライトを終え、貴重な原因分析や振り返りなど、次の運航に活かせる機会を失っているのではないでしょうか」「今後、無人地帯から有人地帯上空の飛行となるうえでは、振り返りの機会を持ち、安全運航の品質を高めていく取り組みが重要だと実感している」(伊藤氏)

 CRMの観点から “飛行後の振り返り(デブリーフィング)” を考えれば、①状況把握、②意思決定、③ワークロード管理、④チームビルディング、⑤コミュニケーションの観点(ノンテクニカルスキルの5つの要素)からそれぞれ適切だったのか評価し、改善点を整理する必要があるが、そこまでできているところはごくわずかであるのが現状だ。

テクニカルスキル重視からノンテクニカルスキルとの両輪の時代へ

 しかしながら、航空業界もCRMが浸透するまでにはいろいろな苦労があったという。以前は高度なテクニカルスキルを持ったパイロットが優秀とされていたが、近年はテクニカルスキルとノンテクニカルスキルの2つを備えていて優秀なパイロットとされる。

「以前の訓練は1人で1回うまく飛行する…という操縦が重点の訓練でしたが、現在の訓練では『Multi-Crew Pilot License(マルチクルー・パイロット・ライセンス、以下 MPL)』という、マルチクルーでノンテクニカルスキルを活かしながらの訓練も浸透してきています」(柿内氏)

 MPLでは初期訓練からノンテクニカルスキルの考え方が導入されているため、若いパイロットでもCRMが当たり前の考え方になってきているそうだ。

安全で効率的なドローン運航の人材育成とCRM

 繰り返しになるが、ドローン運航の現在は、民間航空業界がテクニカルスキル重視からノンテクニカルスキルとの両輪にパイロット評価軸を移行しはじめたころに重なっている。しかしながら、国家資格である「無人航空機操縦者技能証明制度」の『無人航空機の飛行の安全に関する教則』でのCRMについての記述は、見出しを入れて14行程度にとどまり、また、難しい用語が並ぶため、その必要性の理解や実践が課題であろう。また、実地試験の内容も(飛行計画や点検などの試験は入っているものの)“難易度が高い操縦” など技能が重視されていることを考えると、その移行期の初期の初期段階なのかもしれない。

 民間航空の経験を学ばせていただくのであればCRMを一定のボリュームで “MUST” の訓練・評価項目に入れ、それを初期訓練(登録講習機関の初学者向け講習など)の段階から実施することで、少しずつ安全性の向上に対する文化が変化していくのではないだろうか。

ドローン✕CRMのこれから

 CRMは、導入すればすぐに事故が減る…といった特効薬的な効果があるわけではない。極端な話をすれば、CRMを知らなくても事故を起こさないこともあるし、逆にCRMを知っていても事故を起こすことはある。ただし、運航チーム全体がCRMの概念に基づいた体系的な安全の知識、用語の定義、安全への意識等を共通言語として運航すれば、安全で効率的な運航を実現できる。

 ただ、CRMで安全で効率的なドローン運航を実現するには、運航に必要な情報(気象情報等)が少ないと伊藤氏からの指摘もあった。航空機では離着陸地点の天気予報や風速の実測値なども共有され、それをもとに計画したフライトプランでは燃料の消費も計画とほとんど誤差なく運用できるという。しかしながら、ドローンの運航では100mや50m上空の風速を実測値に近い数値で手に入れるのは難しい。そのような情報が乏しい中でも運航の判断を運航者はしなくてはならない。

 また、ドローンの事故報告の情報も上がってはいるものの、その原因の分析などは航空機のそれとは比べ物にならないくらい薄い。事故報告の情報から学ぶことはとても多く、ヒューマンエラーやThreatの状況分析などから運航ルールのアップデートを行うこともあるはずだが、傾向や具体事例を分析するには情報が少なすぎるのである。

 ドローン運航におけるCRMなどのノンテクニカルスキルを活用した安全性の向上に対する取り組みは、まだまだスタート地点にある。これはトップダウンで導くこともとても重要なことではあるが、運航者自身も運航方法の変化を理解し、CRMの知識やその知識の活用の必要性を受け入れる必要がある。航空業界と同じく、ドローン運航のベテランパイロットであれば、なおさらテクニカルスキルに加えてノンテクニカルスキルを身につける必要があるだろう。

 JAMOAでは、半日(3時間)でCRMの講習を行うBasicコースが用意されており、CRMを体系的に理解し、その全体像を把握することができる。まずはここから始めてみてはいかがだろうか。

写真:書籍「ノンテクニカルスキルの磨き方」

 JAMOAの要となるノンテクニカルスキルを学ぶ第一歩として、日本航空による書籍「ノンテクニカルスキルの磨き方」が発売中。JALパイロットが実践する、ノンテクニカルスキル。仕事や人間関係、学生生活、進路などで助けとなる認知・判断・対人にかかわるスキルの具体的な内容や身につけ方、最適な行動のヒントをお伝えする一冊となっている。(税込1,650円)
※Non-Technical Skills「Basic」コース講座の受講者は同書籍を貰うことができる。