2024年5月7日、KDDIが米国Skydio社に6400万ドル(約102億円)を投資し、資本業務提携を発表したことは記憶に新しいかと思います。今までSkydioの日本国内での展開といえばNTT系列との蜜月関係が強いイメージでしたが、その印象が一気に覆ったニュースには驚いた方も多いのではないでしょうか?

 資本業務提携の一環として、KDDIはアジア太平洋地域の11カ国でSkydio製品の独占販売権を取得し、グローバルな販売チャネルを活用してドローン事業を拡大することを発表しました。しかしKDDI社のプレスリリースを見ると、注釈にはAPACでの独占販売は「民間企業などへの販売に限る」とあります。

 日本では橋梁点検や屋内の巡視目的でSkydioが活用されていることが多いですが、Skydioには機体の名前の最後にDがつけられた軍事向けのDシリーズというラインナップがあります。たとえばSkydio X2ならX2Dという感じです。実は、現在の同社の大躍進を支えているのがこの軍事向けラインナップと言われています。

米国国防省お墨付きの機体に認定

 KDDIの発表から約3週間後、Skydioの最新機種であるX10Dが米国国防総省の「Blue UAS」認定リストに追加されたことが発表されました。Skydioとしては、2023年1月にX2DがBlue UASに認定されてから2機目のドローンとなります。

 このリストに含まれるドローンは、米国政府の厳しいセキュリティおよび性能基準を満たしていることが証明され、米国政府、とりわけ国防機関による調達が容易になる、いわば米国ペンタゴンお墨付き機体というわけです。

 米国市場にフィットするように作られた機体であれば、外国産の機体でもBlue UASの認証を取得できるものの、現在14社が登録されている中で外国籍の企業はスイスとフランスの2社のみです。(ちなみに筆者はここに日本のACSLが入るのではないかと思っています。)

DIU(Defense Innovation Unit)のHPのトップページ画像
Blue UASの管理団体DIUのHP:https://www.diu.mil/

 Skydio社は米国国防省との共同開発プログラムにも積極的に参加しています。米陸軍のショートレンジ偵察プログラム(SRR Program)では、5年間で最大9980万ドル(約160億円)の研究開発費を受け取ります。また、金額は未公表ながら、米国海兵隊からショートレンジ・ショートエンデュランスプログラム(SR/SE Program)に採択されています。これらのプログラムからSkydioが得られる潤沢な予算だけと比較しても、日本のドローン企業が同社に対して売り上げで優っているということはないのではないかと思います。

ドローンの戦争利用により急速な変化をもとめられる米国国防省

 ロシアによるウクライナ侵攻が始まってからというもの、連日のようにドローンを活用した戦闘の様子がニュースに取り上げられるようになりました。両国は戦争の初期段階で軍用大型ドローンに依存していましたが、現在は商用目的だったドローンが戦場に投下され、偵察機や自爆機として戦局を変えるほどの成果を見せています。

 ロシアと比べて軍事費が少ないウクライナは、無人システム軍(Unmanned System Force)を設立し、ロシアの戦車や対空システム、燃料貯蔵施設などを迎撃しています。

 ウクライナのゼレンスキー大統領は、2024年は100万機の無人機を自国生産する予定であることを発表しています。今や戦争において戦局を左右するのは、高価な兵器ではなく、安価で大量の無人機となりつつあります。

 ウクライナ軍が戦闘で消失するドローン関連備品のペースは月1万台を超えており、米国国防省の装備品だと2カ月で底を突くことが試算されているそうです。そのため、米国国防省としても自国内で安価に、大量に調達できるドローンの産業整備が急務となっております。

 そこで、米国国防省は本年度から2カ年計画でReplicator Programという、軍事利用が可能な比較的安価な無人機を迅速に集めるための政府の取り組みを開始しました。2年間で10億ドル(約1600億円)の予算が割り振られており、先に挙げたBlue UASのドローン企業などから大量調達ができるような体制づくりを急いでいます。

 Skydioが昨年9月にX10を発表した際には、新たな工場を設置し生産能力を増強したことも併せて発表していましたが、この動きは世界的な事業の躍進だけでなく米国防衛セクターの影響も大きそうです。

米国国防省から世界の同盟国への広がり

 2023年4月、Skydioは元米国空軍で指揮官(コマンダー)として作戦群を率いていたMark Valentine氏をPresident of Global Governmentという役職で登用しています。Valentine氏は退役後、マイクロソフトのナショナルセキュリティー部門のGMを勤めており、米国国防省とその調達先の民間企業とを結ぶパイプ役としてはこれ以上ない人材のようです。

 また、Valentine氏がSkydioに参画して以来、同社のプレスリリースやメディア向けのメッセージの中で「同盟国」という表現が使用されるようになってきました。Valentine氏の統括する組織名がGlobal Governmentとある通り、Skydioの防衛セクターの展開は米国国防省だけでなく、米国の同盟国にも広がりを見せている様子が伺えます。

 2024年6月18日、Skydioは新たに国家安全保障諮問委員会(National Security Advisory Board)を設けることを発表しました。この委員会には元米国陸軍大将や元大統領補佐官など、米国の国家安全保障の専門家4名に加えて、元オーストラリア陸軍将官1名が登用されています。

ニュースルーム「Skydio Announces New National Security Advisory Board with Leading Experts in Defense and Military Technology」の画像
(出所:Skydio社HP・Newsroom

 本委員会設立の発表に併せて、Valentine氏は「(米国)国防総省および同盟国に対する我々のコミットメントは、自律的で信頼性が高く、安全なドローンを提供することによって、民主主義を守り、戦闘部隊の安全を確保することです」(著者翻訳)と述べており、ここでも同盟国が強調される形となっています。

 なお、Skydioが海外市場においても防衛セクターに力を入れていることは、同社の求人票を見てもその傾向が見受けられます。例えば現在募集中のEMEA市場(欧州・中東・アフリカ市場)におけるフィールドサポート職の求人を見ると、期待される経歴やスキルセットには防衛セクターが一番に挙げられています。

画像:Skydioの求人票(Field Support Representative)
(出所:求人サイトGlassdoorのHP)

 余談ですが、同社の求人を見るとデータアナリストのディレクター職で23万6,000ドル(約3770万円)、マーケティングのシニアマネージャー職で19万5,000ドル(約3115万円)と、円安とはいえ日本のドローン業界の給与水準よりもだいぶ高待遇なポジションが並んでいます。

Skydio Indiaがアジア地域のグローバルハブとなる

 Skydio社にとって日本に次いで活発に展開している海外市場がインドと思われます。インドは厳密には米国の同盟国ではありませんが、インドと米国はQUAD(日米豪印協力)として連携をしながら「自由で開かれたインド太平洋」の実現を目指すパートナーとなっています。

 Skydioはインド現地法人のAeroarc社をパートナーとして、現地にSkydio Indiaを設立しました。本年2月に行われたインド・米国防衛加速エコシステム(INDUS-X)の会議にて、米軍高官とSkydio社、Aeroarc社の幹部が集い、両社による戦略的技術パートナーシップが発表されています。本コラボレーションは、インド国防省のニーズを満たすとともに、インド太平洋地域の他のグローバル防衛顧客のニーズにも応え、インドを先進防衛技術のグローバルハブとして確立することへの支援を目指しているそうです。

 このパートナーシップについては、米国防総省のHPでも発表されています。

▼Fact Sheet: India-U.S. Defense Acceleration Ecosystem (INDUS-X)
https://www.defense.gov/News/Releases/Release/Article/3682879/fact-sheet-india-us-defense-acceleration-ecosystem-indus-x/

4人の集合写真
左から:Skydio CROのCallan Carpenter氏、米国空軍Tiffany Rivera大佐、Aeroarc創業者Arjun Aggarwal氏、米国国防省重要技術担当国防次官補(PTDO, ASD(CT))Maynard A. Holliday氏(提供:Aeroarc)

 元々インドの軍事産業に根ざしていたAeroarc社により、Skydioの軍用Dシリーズは急速にインド軍に採用されているようです。モディ首相も参列する大規模な軍事演習でも、Skydioの機体が飛行していたのが確認されています。

 なお、インド市場では現地製造を行っており、Skydio X10シリーズはTrishul、X2シリーズはTrinetraと、インド神話の神々の持つ武器にちなんだネーミングが施された独自の展開がされています。

画像:モディ首相が説明を聞く様子
Aeroarc社の展示ブースを訪問するモディ首相と陳列されたSkydio S2(提供:Aeroarc)

著者のつぶやき

 Skydioの時価総額はKDDIが出資する以前の2023年2月時点で、既に22億ドル(約3500億円)を超えていました。売り上げおよび売上構成比は非開示ながら、日本のような橋梁点検や巡視活用などの民間セクターよりも安全保障を追い風とした軍事セクターが成長ドライバーになっているのではないかと考えられます。

 四方を海に囲まれている日本においては、自衛隊のドローン活用についても当面は海上での作戦を前提とした長距離ドローンのニーズが高くなることが予想されます。しかしながら昨今の世界情勢の不安定さを考えた際、仮に敵国による着上陸侵攻がなされた場合に備え、陸上での中・短距離ドローンを活用した戦術も必要となるであろうことは想像に難くないです。

 米国の同盟国として、SkydioのDシリーズが自衛隊に本格的に配備される未来もあるのかもしれません。

伊藤英 (いとう・あきら)
2006年カリフォルニア州立大学サンタクルズ校卒業。専門はデジタルメディア、ドローン、エアモビリティ(空飛ぶクルマ)。世界No.1ドローン企業に選出されたマレーシア法人Aerodyne Groupの日本支社代表取締役社長、A.L.I.Technologiesの執行役員(ドローン事業統括)などを歴任。現在は、元国土交通省東京国道事務所所長を務めた石川雄章代表率いるベイシスコンサルティングにて、新技術を活用した「インフラ高度化」を実現するための活動に従事しながら、ドローン・エアモビリティのコンサルティング事業を行うWith World JPの代表を務める。