空飛ぶクルマの実用化が世界で進められる中、2022年に世界で初めてeVTOL機によるフライングカーレース(以下、FCR)シリーズを実現したAirspeederは、空飛ぶレーシングカーを製造するAlauda Aeronauticsと共に、オーストラリアのシドニーで開催された複合イベント「SXSW Sydney(サウス・バイ・サウスウエスト シドニー)」に参加し、大きな話題となった。
SXSWは1987年にはじまり、毎年3月に米テキサス州オースティンで開催される音楽、映画、テクノロジーなど複数のジャンルが融合する国際フェスティバルで、Twitter(現 X)がブレイクするきっかけになったイベントとして知られる。その公式海外版として今回初めて開催された SXSW Sydneyは本家とほぼ同じ運営スタイルで行われ、「TECH & INNOVATION」「MUSIC」「SCREEN」「GAMES」の4カテゴリが一緒になり、2023年10月15日から22日の会期中にカンファレンスや展示会、ライブイベントなど1,100を超えるプログラムが繰り広げられた。
世界初のシリーズ開催でポッドレースの世界に一歩近づく
Airspeederはパイロットが搭乗する有人eVTOL機によるFCRの開催という、野心的なアイデアの実現を目指すスタートアップとして、CEOで起業家のMatt Pearson氏によって2016年にロンドンで起業された。Pearson氏は同時に遠隔操作型のeVTOLレーシングカーを開発するAlauda Aeronauticsをシドニー(現在はオーストラリアのビバリー)に設立し、2021年2月には遠隔操作型eVTOLレーシングカー「Alauda Airspeeder Mk3」の初飛行を成功させている。さらにレース会社のAlauda Racingをシドニーに立ち上げ、2022年にはMk3によるeVTOL無人飛行リーグ「Airspeeder EXA Series(以下、EXAシリーズ)」を世界3か国で実施して世界を驚かせた。
空のF1カーを目指して航空、宇宙、F1分野に関わる技術により開発されたAirspeeder Mk3は、8つの電動プロペラと電動モーターでF15戦闘機より優れた飛行性能を実現し、最高時速120km以上で飛ぶことができる。1960年代のF1レースカーに似たデザインをした機体は、パイロットが離れた場所から専用のシミュレーターを使ってリモートコントロールするが、将来の有人飛行を想定した試験機でもあることから、全長4.1m、重さ100kgというサイズになっている。展示ブースではMk3の実物大モデルが運転シミュレーターと一緒に公開されていた。
Airspeederはもともとの目標である有人によるFCRの2024年開催を目指しており、2023年3月にはパイロットが搭乗する次世代機「Mk4」を発表している。実現には資金面や人材面など様々な課題があり、認知度もまだまだ不足している。そのため、本家SXSWと同じように、これまでにない新しいアイデアを発表して世界にアピールし、同時にパトロンや投資家を見つける場となることを期待し、SXSW Sydneyに参加したと考えられる。
今までにないドライビングテクニックが必要
10月20日に行われたセッション「Flying car in your driveway? Sooner than you think(空飛ぶクルマは思っているより早くやってくる)」には、AirspeederのPearson氏とEXAシリーズの初レースで勝利したパイロットのZephatali Walsh氏が登壇し、レース実現までの経緯や有人レース実現に向けたロードマップなどについて語った。SXSWのセッションは来場者が積極的に参加するスタイルで行われるのだが、同社の動向に注目するメディアや投資家、同日に行われたモビリティ関連のセッションからも関係者が多く参加しており、活発な質疑応答が行われた。
EXAシリーズは2022年に世界3か国で実施され、ドローンレースやモータースポーツの世界で活躍する3名のパイロットが参戦した。レースは1周300mの仮想コースを2台のMk3が同時に飛び、シミュレーターにARで投影されるコースをクリアした時間を競うというもので、セッションの冒頭で2023年の開催を予定しているシリーズのプロモーションビデオが紹介された。
Pearson氏はFCRを構想してから最初レースを驚くほど短期間で実現しており、有人レースの準備も着々と進められていると話す。とはいえ機体はF1よりも高価で巨額の費用がかかる上にレースに対する規制もかなり厳しく、「それ以外にも様々な課題があり、もっと多くの人たちの力を借りる必要がある」と率直に述べる。
eVTOLは騒音が低く、ある程度の広さがあればレースは開催できるが、猛スピードで飛ぶマシンを中継する方法はまだ検討中のようで、モータースポーツとしてのエンターテインメント性を高めるようなレギュレーションも考えていく必要がある。また、2022年はMk3の運転をドローンレースと同じような手持ちのコントローラーを使って画面を見ながら行っていたが、有人飛行となると自動車と同じようようにライセンスを取得しなければならなくなるだろう。
もちろん新たな運転技術も必須となり、Walsh氏はそれについてもシミュレーションで訓練を始めているようだ。会場からレースに必要なテクニックについて聞かれ「有人で飛ぶ場合は実際にGがかかるし、自動車と違って左右だけでなく上下で追い抜く技術が必要だ」と言い、とにかくクラッシュしないように気をつけたいともコメントしていた。
パイロットにはこれまでにないスキルが求められる点については、ソフトウェアでサポートすることを予定しているとPearson氏は話す。そもそもパイロットは3名だけしかおらず、今後は有人という危険度も高まるレースに参戦する人材を探すのは、今まで以上に大きな課題になるかもしれない。
とはいえ運転そのものはそれほど難しくないようで、実際に著者もシミュレーターをトライしてみたが意外にも操作はしやすく、実際の飛行機のようにたくさんの機器を操作する必要もない。レースコースは周囲に障害物もなく広々しており、ハンドル操作がシビアでタイヤの影響もあるレーシングカーよりも操作しやすいかもしれないと感じた。
近い将来は日本と連携する可能性もある?
有人レースの実現に向けたPearson氏の夢はようやく入口にさしかかったばかりで課題は山積しているが、それでも夢に終わらないと思わせてくれるのは、これまでの動きの早さで、特に最初の構想から10年たらずで無人とはいえレースを実施している点は、投資家の心を掴む要素になっていると言えるだろう。有人機はさすがにハードルが高いが、無人機であればもう少しパイロット志望者を増やせる可能性もある。
またAirspeederはレース以外にも空飛ぶクルマのビジネスを拡大していくことも考えているようで、空飛ぶクルマの実用化を目指す日本と今後、何らかの形で連携が始まることも考えられる。セッション終了後にPearson氏にたずねたところ、「日本から問い合わせはあるが、実際に話が動いているかまでは今のところなんとも言えない」との回答だったが、今後の動きには注目したいところだ。