2025年10月30日、山善とロボット開発などを手掛けるINSOL-HIGHが、東京納品代行の物流倉庫にヒューマノイド型ロボットを試験導入し、その実証実験を開始したことを発表した。
この取り組みは、日本の物流現場における深刻な人手不足と多様化する作業タスクへの対応策となる。今回は、山善・INSOL-HIGH・東京納品代行の三者による共同プロジェクトの発表会の内容をもとに、昨今注目されているヒューマノイド型ロボットのその技術的背景、運用意図を解説する。
背景にある物流業界の構造課題と人型ロボット導入の必然性
少子高齢化が進む日本において、労働集約型産業である物流業界は、慢性的な人手不足という課題に直面している。とりわけ、百貨店やECを支える消費者向け物流は、単純作業と属人的判断が混在する業務構成となっており、自動化の導入が困難な領域とされてきた。
専門商社の山善は、工場や倉庫のロボット化、省人化に注力し、あらゆるユーザーの課題解決に取り組んでいる。その中でも、汎用性が高く柔軟に対応できるヒューマノイドロボットに着目していると山善の北野氏が説明した。
百貨店向けの納品代行を行い、消費者の領域に近い物流を担っている東京納品代行の嶋田常務も、「人が介在する現場でロボットがどのように共存できるかを、現場目線で試してみたい」と語るように、技術的なハードルに加え、作業環境の複雑さと人的ノウハウの蓄積が導入障壁となっていた。
ヒューマノイドロボットとは何か──技術構成と導入メリット
今回導入されたのは、中国AgiBot社製の汎用型ヒューマノイドロボット「AgiBot-G1」。頭部や腰、昇降など全身26か所を自由に動かすことができ、上半身には70cmの腕を搭載。昇降機構により身長は130~180cmまで可変する。特筆すべきは、機体構造だけでなく、INSOL-HIGHによって構築された統合制御プラットフォームREAaLとの連携により、現場の様々な設備と親和性を保ったまま自律作業が可能になる点である。同プラットフォームは、ロボット学習用のデータ収集とトレーニングのほか、ロボットのステータス管理、タスク評価、データ分析といったマネジメントシステムなどを主として構築され、WMS、TMS、MESなどの上位システムとの連携やヒューマノイドロボットなどの各種設備との連携を行うことができる。
また、従来のAGVやAMRのような搬送用ロボットと異なり、ヒューマノイド型は「人の動き」に近い構造と制御系を有するため、既存の人間用インフラをそのまま活用できる汎用性がある。たとえば段差のある場所や、形状の異なる荷物のピッキング作業にも柔軟に対応できるという。
山善×INSOL-HIGH×東京納品代行が挑む実証プロジェクトの実態
山善は、製造業を中心とした産業財の専門商社として、65~70%を占める生産財売上のなかで、工場や倉庫の自動化・省人化に取り組んできた。2025年4月には、INSOL-HIGHと業務提携を締結し、物流・製造業の自動化と生産性向上を目的としたヒューマノイドロボットの社会実装を進めている。
今回の実証は、東京納品代行の協力のもと、実際の物流現場でヒューマノイドが「ピック&ドロップ(拾い上げて配置)」作業を行うというもの。成功率は97%(リトライ最大5回含む)、10個を処理する平均時間は131秒と報告された。この精度は、ロボットとしては高水準でありながら、人的作業と比べてまだ改善の余地がある段階と言える。
ヒューマノイドロボットを自律的に動作させるためには、外部からのプログラミングだけではなく、現場環境に応じた大量かつ高品質な学習データが必要となり、これが自律ロボットの性能を向上していく重要なカギとなる。
INSOL-HIGHが構築する「フィジカルデータ生成センター」は、最大50台のヒューマノイドを稼働させ、常時100人規模の作業員と共に大規模なデータ収集を行うトレーニング施設である。このセンターでは、VLM(視覚言語モデル)による物体認識、LLM(大規模言語モデル)による作業命令の解釈、モーションプランニングによる制御系の生成まで、リアルな作業環境を通して自律型ロボットのデータセットを蓄積していく。
この仕組みによって、各企業の作業フローに合わせたファインチューニングが容易となり、実世界におけるタスク適応力が格段に向上する。ただし、最終的な動作学習は現場環境でのファインチューニングとなり、フィジカルデータ生成センターでの生成データをベースにすることで、現場でのファインチューニング時間を大幅に短縮することができるという。今回は東京納品代行の物流倉庫の環境に合わせてファインチューニングを行ったが、数時間程度で完了している。INSOL-HIGHの磯部氏は、「ピック&ドロップのような汎用的動作の精度を高めたうえで、マルチタスク化を進めることが次の段階」と語る。
自律的ヒューマノイドはどこまで現場を代替できるか?
実証実験においては、「単純なピッキング作業」の一部をヒューマノイドに代替させることに成功しているが、物流現場では商品の形状、素材、重さ、置き場所など多様な要素が絡む。特に、「2本指によるクランプ」だけでは対応できない商品の存在や、両手でなければ持てないもの、壊れやすく慎重な扱いが求められる商材への対応など、今後の改善ポイントが多い。
今回の発表会では、手のひらサイズのぬいぐるみを掴んで移動させる様子が公開された。掴みやすく、弾力があって滑りにくい素材のため、正確に場所を移していく様子が見られた。なお、移動させる物の位置は顔に備えられたカメラと腕に装着されたカメラで捉え、追尾して掴むことができる。試しに担当者がぬいぐるみを棒で転がして邪魔をすると、ロボットは常に物を追いかけて掴む動作を取っていた。
AGV・AMRの搬送ロボットは、平坦な環境に適しているが、2足歩行のヒューマノイド型ロボットは階段の昇降や段差の通過などに適している。今回のAgiBot-G1は、下半身が台座・車輪型となっており、平坦な物流倉庫の環境に合わせて機種を採用している。
現場サイドの視点と導入課題──人との協働をどう実現するか
東京納品代行は、百貨店やリテール向け物流を担う企業として、「属人的作業」が多い現場構成を持つ。今回のヒューマノイド導入は、単なるコスト削減策ではなく、「人とロボットの協働モデルの模索」として捉えられている。
実証現場では、「ピック&ドロップ」「商品の仕分け」「AMRとの連携」など、ロボットに期待される具体的なタスクがいくつか検証されており、現場ごとのカスタム適用が求められている。一方、ロボットの導入が進むことで、オペレーターには監視・判断・補助といった新たな役割が求められることにもなり、教育体制や業務再設計が今後のカギとなる。
世界と日本におけるヒューマノイドロボット開発の動向
ここで、近年注目されているヒューマノイドロボットにおける世界的な動向にも触れておこう。ヒューマノイドロボットの技術開発はグローバルで急速に進展している。米国ではBoston Dynamicsが開発する「Atlas」や、Teslaが発表した「Optimus」などが注目を集めており、高速歩行・ジャンプ動作・重量物の把持といった高度な身体能力を備えたヒューマノイドが登場している。一方、中国ではUnitree Roboticsや今回の実証で採用されたAgiBotなど、実用化とコスト競争力を両立させた中型機の開発が進んでおり、商業用途での先行事例が増えつつある。
日本国内では、かつて本田技研工業がASIMOを開発し、ソフトバンクがペッパーくんを開発するなど、世界をリードしていたものの、近年の“ヒューマノイドロボット”という言葉が確立しはじめてからは、やや遅れをとった状況が続いていた。しかし、近年になってトヨタ、川崎重工、ソニー、ソフトバンクなどが再び研究・事業化を加速しており、特に物流・介護・製造業を中心にヒューマノイドロボットの適用が模索されている。
日本の強みは、現場での繊細な作業や安全性、ユーザーフレンドリーなインターフェース設計にあり、今後は「人と協調して働くロボット」としての分野で存在感を高めることが期待される。山善・INSOL-HIGHのような産業現場起点のプロジェクトは、その実装型モデルの先駆けとして注目される。
また、ロボット開発というと器用なハードウェア面に注目しがちであるが、INSOL-HIGHがフィジカルデータ生成センターを構築したように、ソフトウェアのデータ蓄積が非常に重要となる。米国では、GoogleやNVIDIAといった大手企業がデータを収集し、ロボットの基盤モデルの開発に取り組んでいる。磯部氏は、「収集したデータがファインデータとしてどこまで実用できるのかといった課題もあり、我々は共通のロボットLLMのようなものを今後どのように作っていくのかということも視野に入れている。データ量は今後も爆大に増えていくので、例えば大量のデータを保持している企業と提携するなど、さまざまなビジネスが展開されていく可能性がある」と話した。
実証実験が示す物流業界への貢献
今回の実証実験は、日本の物流業界が抱える構造的な課題に対し、大きく3つの視点から突破口を提示している。
第一に、人手不足と労働集約型業務の代替という観点から、ヒューマノイドロボットの活用は大きな可能性を示している。従来のAGVやAMRのような用途特化型ロボットと異なり、ヒューマノイドは人間に近い動作が可能なため、段差や形状の異なる荷物への対応といった、従来自動化が難しかった領域にも適応できる汎用性を持つ。現在の作業ペースは時間がかかるという課題はあるものの、人が動いていない夜間や休憩時間にロボットを運用することで、仕事の効率化を図ることができる。また、INSOL-HIGHは目標値として月額40~50万円という運用コストを掲げており、人件費と比較して競争力があり、持続可能なロボット労働力としての現実味を帯びている。さらに、今回の実証で実際にピック&ドロップ作業を成功させたことにより、百貨店やEC物流のような属人的作業が多い現場においても、代替可能な具体的事例が示された。
第二に、複雑な作業環境への適応と、個人スキルや知識、経験といったノウハウの克服という点でも本実験は画期的である。日本の物流現場は、単純作業と属人的な判断が入り交じっており、過去には自動化の導入が難航してきた。しかし、今回の取り組みは、現場の環境で得られる高品質なデータ学習をベースとし、より柔軟で高精度な対応を可能にしている。INSOL-HIGHが構築を進めるフィジカルデータ生成センターでは、物体認識から動作計画に至るまでの一連の制御情報を収集・蓄積しており、これが各現場に適したファインチューニングを実現し、属人的な作業の自動化を可能にしている。
第三に、ヒューマノイドの導入は、人とロボットの協働モデルを実現する大きな一歩だ。今回の実証を通じて、「平坦な移動はAMR、複雑な把持や段差対応はヒューマノイド」といったハイブリッドな役割分担が明確になりつつあり、用途ごとにロボットを使い分ける効率的な運用モデルの構築が進んでいる。また、ロボットが単純作業を担うことで、オペレーターには監視や判断、補助といったより高次の役割が求められ、業務設計や教育体制の見直しも始まっている。これは、属人的な現場構成が多い日本型物流において、人とロボットの共存という新たな産業モデルを模索する動きとして極めて意義深いと言える。
従来のロボットが「決まった動きしかしない専門職人」だったのに対し、ヒューマノイドは、現場で人間から学びながら成長する「柔軟な技能者」である。フィジカルデータ生成センターという学校でトレーニングを積み、やがては複雑で属人的な作業にも対応できるようになる。この変化により、ロボットは人間の単純作業を担い、人間はより創造的な業務へとシフトするという、未来の産業構造への橋渡しが始まっているのである。
今後のロードマップと日本型ロボティクス社会実装の展望
山善とINSOL-HIGHは、2026年春のフィジカルデータ生成センター稼働を皮切りに、年度内に複数現場での実運用導入を目指す。
ヒューマノイドの社会実装にあたって、今後の焦点は以下4つとなる。
- データの量と質の向上
- マルチタスク処理能力の確立
- 導入コストと運用モデルの最適化(例:リース・サブスク型)
- 他ロボット/人との協働インターフェース設計
磯部氏は「ヒューマノイドを1体40~50万円の月額運用コストに抑えることで、人件費との比較優位が見えてくる」と述べ、ロボティクス導入を支えるビジネスモデルの確立を強調した。
物流現場におけるヒューマノイドの導入は、単なる自動化ではなく、“人とロボットが同じ環境で働く”という新しい産業モデルの実現を意味する。今回の取り組みは、その転換点となる可能性を秘めている。
