ドローンの目視外飛行(BVLOS:Beyond Visual Line of Sight)における米国の規制改革が、大きな転換期を迎えている。米国連邦航空局(FAA)は、これまで個別の承認を必要としていた目視外飛行を、標準的な飛行に移行するというPart 108の草案を公表し、議論を重ねている。そして、米国ではいよいよBVLOSが一般化する社会が実現しようとしている。

 このPart 108草案の策定に深く関与してきたのが、Skydio社のグローバル航空規制担当 副社長を務めるJenn Player氏である。今回は、米国の規制整備の最前線で活躍するPlayer氏に、米国におけるドローンの規制整備と日本を含めた世界の動向について伺った。

写真:話をするJenn Player氏
Skydio社 グローバル航空規制担当 副社長 Jenn Player氏。

Jenn Player

 自律飛行の推進とドローンポートによる運用の実現に向けて、顧客、規制当局、標準化団体と協力。Skydio社における航空規制・標準化活動を担当し、ASTM F38やFAAのUAS BVLOS航空規制策定委員会などのドローン規制に関する業界の標準化委員会に参加。ペンシルベニア州立大学で航空宇宙工学の学士号を取得し、ロボティクスおよびデータサイエンスの大学院課程コースを修了。

BVLOSの実績、Part 108の出発点となったPathfinderプロジェクト

 Skydio社は、カリフォルニア州サンマテオに本社を構えるドローンメーカーであり、MIT出身の研究者らにより2014年に設立された。機体に搭載した複数のカメラを使ったVisual SLAM技術により、障害物を自律的に回避することで注目を集め、日本ではインフラなどの点検業務で活用されている。直近では、ドローンが自動で離着陸・充電を行う「Skydio Dock for X10」を開発し、自動化したドローンの遠隔運用ソリューションを提供している。

写真:「Skydio Dock for X10」の外観
Skydio Dock for X10

 Player氏がドローン分野に参入したのは2011年。それ以前は航空機の機体設計・認証業務などに従事しており、当時は民間企業がドローンを開発・飛行させることは極めて困難だったという。続けてPlayer氏は、「当時のドローンの運用は、特別な承認が求められ、政府や大学などと協力できる関係がなければ何もできない状況でした。航空工学の技術分野を専門とする私がドローンの環境整備に取り組むようになったのは、民間セクターでのイノベーションを阻んでいたのが『合法的にドローンを飛ばすことの困難さ』だったからです」と話す。

 転機となったのは、2014年の貨物鉄道会社であるBNSF鉄道とFAAとの「Pathfinderプロジェクト」だった。Player氏は同プロジェクトに参加し、補助者を配置せず、ドローンを鉄道インフラ沿いに数百マイル飛行させて点検を行い、米国初となる民間による長距離での合法的なBVLOS飛行を成し遂げた。Player氏は「その後、2014年から2018年にかけて、同じ方法で3万マイルに及ぶ飛行を行いました。このプロジェクトがBVLOS運航の出発点となったのです」と振り返る。

 その後、Player氏はFAAパートナーシップ支援に携わり、ドローンの法規制としてPart 107が2016年に施行された。これは、目視内飛行を原則としたもので、目視外飛行には個別のWaiver(適用除外)申請が必要となる。米国では、現在もPart 107に基づいてドローンを運用している。

 Player氏はSkydio社の顧客が個別承認を取得し、これまでBVLOS飛行で運用した例として以下を紹介した。

  • カリフォルニア州交通局:大規模建設現場で遠隔地からのマッピング・監視を実施
  • 電力会社:常駐のドローンポートによる発電所、変電所等の定期点検・監視を実施
  • 警察署:緊急通報に対してドローンを派遣し、先行して現場の状況を把握
  • カナダLNG施設:ドローンポートを使用した環境監視及び調査を実施
写真:ドローン「Skydio X10」外観
様々な目視外飛行でも活用されるSkydio X10機体

 このような運用手法の事例がBVLOSの有効性と安全性を証明し、Part 108草案の策定を後押しした。

Part 108草案の重要点とドローン運航組織の役割

 2021年、Player氏はSkydio社に入社。その後、顧客の運航承認取得、規制当局との協力、国際標準開発への参画という3つの業務を担当し、さらには今日のPart 108草案に繋がるFAAのUAS BVLOS航空規制策定委員会にも参加。

 Part 108草案では、以下の3つが中核構成要素となっているという。

  • 運航規則
  • オペレーター許可・認証プロセス
  • BVLOS対応ドローンの設計・適合要件

 加えて、Part 108草案に伴うかたちで、Part 146草案も公表された。これは自動化データサービスプロバイダーの承認制度を含む。

 Part 108についてPlayer氏は、「これはまだ最終規則ではなく提案段階ということが重要です。米国の規則制定プロセスでは、FAA提案後にパブリックコメントの期間が設けられ、政府がこれらを評価・判断して最終規則を発行します。」と説明する。

 中でも重要とされる一つが、“パイロットライセンスの枠組み変更”だ。Player氏は、「Part 108では、ドローンの高度な自動航行技術が確立されてきたこともあり、使用者側に対しては非常にシンプルな枠組みを前提としています。従来のように高度な操縦技能を必要としないため、企業が運航者になる仕組みとしています」という。

 Part 107では個人がリモートパイロットのライセンスを取得する方式だったが、Part 108ではドローンの高度自動化を前提に、企業が運航主体となる。その役割も再定義され、「オペレーション監督者」と「フライトコーディネーター」が設けられる。これらの者はパイロットライセンスを持たずとも運航に関与でき、専門知識の習得を主とした訓練の受講が求められる。

 さらに重要なのは、フライトコーディネーターがいなくても自律的な運航体制と技術航行による運航方法を設定できる点が、最大の転換点となる。要するに、優れた自律運航機能を有するドローンと体制を構築すれば、人による監視を行わずにスケジュール飛行が実行できることを意味する。そして、その責任の所在は企業が担うこととなる。

 例えば、定時に自動離陸・巡回・帰還し、無人で施設点検を行うような運用が現実となる。Player氏は、FAAによる着実な前進であると評価する一方で、「提案規則には、安全を確保することが困難となる適切ではない適合要件が含まれています。現在Waiverで安全に運航している顧客が、もしPart 108の現行草案が施行されることよっては、同じ運用ができなくなる可能性があります」と懸念点を指摘した。

ドローンの完全自動化技術と共有インフラ化、進化が拓く新たな市場

 BVLOSの進化を支えるのが、飛躍的なドローンの進化と「Skydio Dock for X10」をはじめとするドローンポート技術の登場である。Player氏はドローン技術の進化を4段階で説明している。

1. ウェイポイントによる事前計画の自動飛行と操縦者介在のオートパイロット
2. 自動緊急対応機能(バッテリー低下やGPS障害時の自動安全帰還)
3. ドローンポートによる完全遠隔運用
4. 高度自律化機能による無監視・スケジュール運航

 特に、ドローンポートの普及は「監視なし」での連続運用を可能とし、ドローンが共有資産・インフラとして活躍する未来を示唆する。上記の3.の技術開発はすでに終えており、ドローンポートの提供が各社で始まっている。現在開発が進められている4.の“高度自動化機能”では、障害物回避、他航空機の検知・回避を可能にし、スケジュール飛行によって1人のオペレーターが複数のドローンを管理する飛行を実現。さらには、オペレーターが監視しないスケジュール飛行という完全無人化への移行が視野に入る。

 Player氏は、「将来的には、地図上でウェイポイントを示すのではなく、『この地域の3Dマップを作成して』や『全ての導体・絶縁体を点検して』というような直接的なタスクを指示すれば、ドローンが自律的に実行する段階に到達するでしょう」と語った。また、「近年、ドローンポートの需要が急速に高まっており、複数の利用者がドローンポートでドローンを共有することで、付加価値がさらに向上しています」と説明した。

国際制度調和の必要性、日本の課題と米国の教訓

 Player氏は日本のドローン制度にも言及し、レベル3.5やレベル4の段階的な制度導入は米国のPart 107及びWaiverと同様の段階的な制度発展を採用している点で評価する一方で、型式認証制度にはこのようにコメントした。

 Player氏は「国土交通省航空局は、米国の『耐久性・信頼性(D&R)アプローチ』を参考にし、型式認証の制度を創設しましたが、米国では型式認証の制度は成功しませんでした。型式認証を取得したドローンは適合性証明手法が登場してから10年間近くでわずか数件に留まっています。また、それらの型式認証された機体の運航者は、第三者上空を目視外で飛ばす際にその他の制約にも直面します」と米国の型式認証制度の現状を説明したうえで、その要因について「有人航空機の開発には非常に長い時間を要しますが、ドローンの技術は急速に更新されていきます。従来の航空機の適合プロセスに基づく製品設計では、四半期ごとの見直しが必要となるようなドローンの特性と根本的に相容れないのです」という。

 このような経緯もあり、Part 108では「適合性宣言」という新たな方式を採用。これは、業界標準への適合を製造者が自ら宣言し、FAAが受理・チェックを行うもので、軽スポーツ航空機規則を参考にした仕組みであり、今後の国際標準となる可能性がある。政府の厳格審査から小型で無人な低リスクのドローンの特性に応じた自己適合宣言にすることで、柔軟かつ迅速な処理を目指す。

 インタビューの最後で、Player氏は次のように語った。
「Skydio社の製品は、高度な自律技術によって安全で扱いやすくなっています。国土交通省とも連携し、国内市場での活用を進めていきたいと考えています。また、何よりも重要なのは国際制度の調和です。米国および日本で認可された製品が、両国で容易に使用できるようになれば、業界全体の摩擦が低減され、より良い結果を生むでしょう」

 今、世界はドローンをインフラとして活用する次のステージに入ろうとしている。米国の規制改革とそれを支える技術革新は、日本の制度設計や産業戦略にとっても重要な示唆を与えている。