陸上自衛隊のドローン導入の歴史
現在陸上自衛隊(陸自)は複数種のドローン(無人機)を保有している。本格的に導入がはじまったのは東日本大震災が発生した2011年以降であり、それまではそれほど目が向けられていなかった。
その理由の一つが、完璧主義にあると考えられる。これまで上空からの情報収集は主に有人ヘリコプターによって行われてきた。しかし、「天候が悪いと偵察ヘリコプターが飛ばせられなくなり確実な情報収集ができない」という発言が当の偵察ヘリコプターの乗員から出る程であり、以前の信頼性の低いドローンでは任務は任せられないと思うのは当然であったかもしれない。
もう一つの理由は厳格な物品管理にあると考えられる。陸自は演習中に薬莢1発が不明となっただけでも部隊総出で捜索を行うほど物品管理が厳しい。運用中に墜落・行方不明など事故が避けられないドローンは、陸自の文化と相性が悪かった。
結果として陸自には標的機以外のドローンはほとんど導入されていない状況が続いていた。
2003年から2009年まで陸上自衛隊は復興支援のため部隊をイラクに派遣した。陸自はヤマハ発動機のヘリコプター型無人機RMAX4機を緊急導入し、サマーワ宿営地の夜間警備に使用した。しかし、RMAXの導入は特例であったこともあり、その後のドローン導入に繋がっていない。
ドローン導入の転機となったのは2011年3月に発生した東日本大震災であった。福島第一原子力発電所の爆発事故が発生した時、被曝の危険があるため自衛隊は有人機を現場に送り込むことができなかった。そして自衛隊には現場の状況を確認するために投入可能な無人機がないことが明らかになった。その結果、現場の偵察を最初に行ったのは米軍のRQ-4グローバルホークであった。その後、放射線遮蔽のため床にタングステン板を敷き詰めたCH-47輸送ヘリコプターに偵察要員防護セットを着用した隊員が搭乗し、空中から放射線モニタリングを行っている。
実は陸上自衛隊は、遠隔操縦観測システムFFOS(Flying Forward Observation System)を2001年度から、遠隔操縦偵察システムFFRS(Flying Forward Reconnaissance System)を2007年度から導入していた。しかし、運用にはトラック6輌から構成される大がかりなシステムのため展開に時間を要すること、そして高放射線量環境下で使用できるか不明なため投入ができなかった。
無人機による情報収集能力の欠如を痛感した陸自は無人機の導入を徐々に進めるようになり、2013年からスキャンイーグルなどを試験的に導入している。
陸自の部隊レベルでも民生用ドローンを災害派遣用に調達していたが、民生用ドローンを導入する場合は、画像、位置情報などが盗み取られることを防ぐ高度な情報保全処置が必要となるため本格的な装備化には至っていなかった。
2018年9月に発生した北海道胆振東部地震では、広域・山岳地帯での捜索を効果的に行えるドローンが評価され、自衛隊でのドローン配備が促進されるようになった。
ロシア・ウクライナ戦争で見られるようにドローンは現代戦にとって欠かすことのできない装備となっている。また、少子高齢化により人材確保が困難になっており、人的損耗の抑止、マンパワーの確保ができるドローンは自衛隊においても重要な装備の一つになってきた。
2022年12月、国家防衛戦略において日本政府は「無人アセット防衛能力」を防衛力の抜本的強化にあたって重視する能力の一つとして位置付けている。2025年度予算要求では「UAV(中域用)機能向上型」2式、「UAV(狭域用)」173式、「UAV(狭域用)汎用型」383式の導入のほか、「小型攻撃用UAV」の取得も挙げられている。
陸自のドローン導入は、アメリカ・中国は言うに及ばず近隣諸国に比べても出遅れているが、今後加速していくと考えられる。
偵察用ドローン
陸自の偵察用ドローンは、有事には偵察・観測任務のため使用されるが、災害時は状況偵察・要救助者捜索などに使用される。ドローンの本格的導入の遅れが影響していることもあり現在運用されているドローンの多くは外国製である。
Parrot『ANAFI』
ANAFI(アナフィ)は、フランスのParrot社が開発した小型ドローンである。重量320gと軽量で、折り畳み可能な設計により携行性に優れている。4K HDRビデオ、CMOSセンサー(2100万画素)を搭載しており高品質の画像撮影ができる。オペレーターによる操作に加えて、GPS受信機と自律飛行機能の組み合わせにより事前に設定したルートに沿った正確な飛行が可能である。陸上自衛隊は2019年度にANAFIを災害用ドローンII型として導入し、普通科部隊等に配備し前線での偵察などに使用している。
サイズ | 格納時:244 × 67 × 65mm 展開時:175 × 240 × 65mm |
重量 | 320g |
最大飛行時間 | 25分 |
日立製作所・川田工業『JUXS-S1』
JUXS-S1は、日立製作所と川田工業が共同開発した近距離偵察用UAVである。陸自は2011年からJUXS-S1を「UAV(近距離用)」として配備を始めている。機体は強化発泡スチロール製で、軽量化と強靭性を両立しているため手投げによる離陸、胴体着陸による機体回収が可能になっている。
JUXS-S1は、小型無人航空機と地上装置(制御装置、伝送処理機材、アンテナ)で構成される。機材は専用バッグに収納し、2名で運搬する。操作はPanasonic製タフブックで行うが、GPS機能により自律飛行も可能である。JUXS-S1の搭載機器は明らかにされてないが、光学カメラ・赤外線カメラを搭載していると見られている。
サイズ | 全長:約1m 全幅:約1.5m |
重量 | 3.9kg |
Aeryon『SkyRanger』
スカイレンジャー(SkyRanger)は、カナダのエリヨン社が開発した4基の小型ローターを備えるクワッドコプターである。同機は世界の防衛、公安機関で広く導入され、偵察・監視用に使用されている。最大瞬間風速25m、摂氏-30~+50℃の環境下でも運用が可能。内蔵バッテリーによる滞空時間は約50分。専用タブレット端末による操縦のほか、GPS、慣性航法装置(IMU)、ジャイロを併用する完全自律飛行にも対応する。同機は、スタビライザー付EO/IR(電子光学/赤外線)カメラ、3軸スタビライザー付き高解像度カメラ、3軸スタビライザー付き30倍カメラを用途に応じて選択・搭載可能。折り畳んで専用バッグに収納し、隊員が背負って運搬することもできる。
陸自は、2018年からスカイレンジャーを「UAV(狭域用)」JDXS-H1として導入している。北海道胆振東部地震では10機以上のスカイレンジャーが被害状況調査のため投入された。
サイズ | 80cm(展開時) |
重量 | 4.5kg |
最大飛行時間 | 50分 |
Boeing Insitu『ScanEagle2』
スキャンイーグル(ScanEagle)は、ボーイング・インシツ社がシースキャン(SeaScan)をベースとして気象観測やマグロ漁船向けの魚群探査用に開発したドローンである。機体後部にエンジンとプロペラを搭載するプッシャー型推進方式を採っている。
スキャンイーグル2は、センサーターレットを大型化して搭載能力を強化している。同機の最大速度は148km/h、滞空時間は14時間。GPS航法装置によるプログラム飛行や遠隔管制による飛行が可能である。静粛性に優れており偵察任務に適している。
スキャンイーグルは、機首下面に電子光学センサー、中波長赤外線センサー、EO/IR(電子光学/赤外線)センサーを任務に応じて選択・搭載することができる。機能向上型では合成開口レーダーを搭載、取得したデータをリアルタイムに共有できるようになった。
空気圧式のカタパルトで発進し、スカイフックによって回収されるため、発進・回収に広いスペースを必要としない。スカイフックは、地上から折り畳み式のアームで鉛直に張ったケーブルに、主翼端についたフックを引っ掛けて機体を回収する。
陸上自衛隊は、スキャンイーグル2を「UAV(中域用)」の名称で2019年から本格的に導入し師団/旅団の情報隊に配備を進めている。
サイズ | 全長:1.55m 全幅:3.11m |
重量 | 26.5kg |
最大飛行時間 | 14時間 |
輸送用ドローン
陸自が現在正式に採用している輸送用ドローンはないが、民間の輸送用ドローンを防災訓練や「南海レスキュー2024」などで試験運用しており、実績によって将来導入を行うと見られている。輸送用ドローンは、有事では武器、弾薬などを前線に輸送するのが主任務であるが、災害時には水、医薬品、食料などを被災地に輸送するために使用できる。陸自は、2025年度予算案で「輸送用ドローンの調査・実証」に12億円を計上している。隊員不足に悩んでいる陸自には「輸送用UAV」の早期導入が望まれる。
三菱重工業『中型無人機JX0180』
三菱重工業は「中型無人機」を開発し、現在飛行試験を行っている。同機は、6枚のローターを装備し、ペイロードは200kgに達する。現在はバッテリーで飛行するため滞空時間は20~30分程度であるが、ハイブリッド・エンジンの搭載も計画されており滞空時間は約2時間に延伸される予定である。
同社はまたシングルローター型の「小型無人機」を開発しており、「中型無人機」と共同して捜索・輸送ミッションに充てることを目指している。