技能証明「飛行機」の取得、限定的な試験受講体制
狭い場所でも垂直方向に離着陸が可能で、巡航時は固定翼の飛行機と同じように飛べるVTOL(垂直離着陸)型ドローン。マルチコプターに比べて高速移動が可能で、飛行距離・時間も長いといったメリットから、広域の測量、調査、点検や物資輸送といった用途で、近年、注目が集まっている。とくに2024年1月に発生した能登半島地震では、被害状況の調査などでその機動力が生かされた。そのため、この震災以降、災害時の支援機材のひとつとしても大きな期待が寄せられている。
また、2023年12月には、レベル3飛行(無人地帯における補助者なし目視外飛行)の一部としてレベル3.5飛行という飛行方法が新設された。これは一定の条件の下で一部の立入管理措置が免除されるため、長距離・広範囲を飛行するVTOL型ドローンを利用しやすくなっている。また、2024年6月には、エアロセンスのVTOL型ドローン「エアロボウイング(AS-VT01K)」が第二種型式認証を取得。技能証明を保有する操縦者が同機を一定のルールの下で飛行させる場合、カテゴリーⅡBという扱いで航空法上の許可・承認を受けることなく一部の特定飛行が可能となる。
レベル3.5飛行では、操縦者が無人航空機操縦者技能証明を保有していることが条件であり、VTOL型ドローンでは「回転翼(マルチコプター)」と「飛行機」の技能証明が求められる。2022年12月に技能証明制度が創設されてから、すでに2万人以上の技能証明が交付されているが、そのほとんどが回転翼(マルチコプター)であり、飛行機の技能証明は二等が2024年11月に、一等は2025年7月に初めて交付されたばかりである。
無人航空機操縦者技能証明を取得するには、指定試験機関が実施する学科試験と実地試験に合格する必要がある。実地試験については登録講習機関が実施する講習を受け、修了審査に合格すると、指定試験機関の実地試験が免除される。ただし、VTOL型ドローンに必要な飛行機の技能証明は、回転翼(マルチコプター)では今や一般的となっている登録講習機関が2025年9月時点で存在しないため、指定試験機関の実地試験を受験する必要がある。
さらに、回転翼(マルチコプター)ではこの実地試験に、全国各地の会場で随時開催される「集合試験方式」と、受験者が用意した場所に指定試験機関が試験員を派遣する「出張試験方式」がある。回転翼(マルチコプター)の実地試験では、「基本」「昼間」「目視内」の試験は原則として集合試験方式で実施されており、出張試験方式で実施されるのは「最大離陸重量25kg未満」の限定変更のみ。しかし、飛行機の実地試験については、原則として出張試験方式しか実施されていない。
出張試験方式では、試験に使用する機体やその他の備品を受験者が用意するほか、試験で飛行する試験場も受験者が用意しなければならない。機体については「基本」の試験の場合、VTOL型ではなく一般的な固定翼の飛行機を使用することになる。機体と送信機間の伝送距離は1km、二等の試験ではGNSSを使った自動飛行が可能で、限定変更は位置や高度、対気速度といった飛行状態を、地上でモニターできるテレメトリー機能を備えていることなどが求められる。しかしラジコン模型としての一般的な飛行機には、こうした機能を持っているものは皆無である。
また、試験場は試験に使用する機体の推定巡航速度から求められる「施設飛行空域」や、接地速度から求められる長さの滑走路が必要となる。「基本」の試験の科目のひとつである周回飛行には15秒間の直線飛行が含まれており、一般的なラジコン飛行機が失速せずに安定して飛行できる速度を15秒間維持できる施設飛行空域の長辺は、数百メートルにもなるという。これだけのエリアを確保して立入管理措置を行うというのは決して簡単なことではない。こうしたことから、2025年9月現在、無人航空機操縦者技能証明の「飛行機」の実地試験を受けることは、かなりハードルが高いといえる。
Dアカデミーとサンタクロースが共同で「飛行機」実地試験対策講座を開設
そこで千葉県君津市のDアカデミーとサンタクロースでは、指定試験機関の実地試験を目指した講習と、出張試験方式の実地試験を実施するための機体をはじめとした備品や試験場を提供する「国家資格固定翼一等・二等」コースを開設している。これは、指定試験機関の実地試験合格を目標に、サンタクロースが開発した講習・試験用ラジコン飛行機を使った操縦技能の実技講習と、実地試験に含まれる机上試験、口述試験対策としての講習を受けられるというものだ。
Dアカデミーではサンタクロースと共同で2024年から訓練カリキュラムの準備を開始。コース設定やテキスト作成を担う岩本氏が、2022年頃からVTOL型ドローンの研究開発に取り組む中で、飛行機の技能証明試験用にフライトコントローラーを搭載した固定翼のラジコン飛行機を開発していた。二等の実技試験では実施要領の中に「姿勢制御機能がある飛行機については姿勢制御機能をONにした状態で」と記述があり、マルチコプターと同じように自律安定機能を利用することができるからである。既存のラジコン飛行機は、操縦を楽しむのが目的ということもあって、ドローンのようにフライトコントローラーによる自律安定機能がない。そのため操縦は非常に難しいものであった。そこにフライトコントローラーを搭載することで「マルチコプターが飛ばせる人であれば、フライトコントローラー付きの飛行機を飛ばすことも難しくない」(依田氏)という。
ただし「ひとえにラジコン飛行機にフライトコントローラーを搭載するだけという簡単な話ではない」(岩本氏)。試験機として求められる性能のひとつに20分以上飛行できることが条件にあり、基本以外の限定変更の試験では40分以上飛行できることが条件となっている。「ラジコン飛行機であれば10分も飛べばいい方という中で、20分以上飛ぶ機体にするのはかなり難しい」(岩本氏)という。さらに、この実地試験で飛行するという条件においては、あらゆる面で飛行速度が課題となる。
というのも、実地試験の実施細則には、機体の速度に応じて施設飛行空域を設定することになっているため、飛行速度が高ければ高いほどこの空域が大きくなってしまい、試験場の確保が難しくなる。そのため、試験機の飛行速度はなるべく遅い方が空域を小さくできるという点で望ましい。しかし、固定翼の飛行機は飛行速度が低いほど、風の影響を受けやすいため不安定になると同時に、ある一定の速度以下は、翼が揚力を失ってしまう失速状態になってしまう。また、前述の「飛行時間を確保するために大きなバッテリーを搭載すると、機体が重くなるため飛行速度を高める必要があるなど、実地試験のための機体としては、機体の設計上の飛行速度の設定がとても難しい」(岩本氏)という。
さらに受験者にとって機体の準備と並んでハードルが高いのが、試験場の確保だ。試験場については「二等無人航空機操縦士実地試験実施細則 飛行機」の中で、「推定巡航速度を基に実技試験において立入管理措置を講ずるべき空域の大きさを算出することとする」としている。例えばDアカデミーが設定した施設飛行空域は、想定飛行経路から不合格区画までの距離をそれぞれ約70m、さらに不合格区画線から施設飛行空域の境界までの距離30mを含めて、横約400m、縦約250mの約10haという広大なエリアとなっている。この範囲に対して第三者の立ち入りが制限できる敷地を確保するというのはかなりハードルが高い。「川原にあるようなラジコンクラブの飛行場でラジコン飛行機を100mくらいの範囲でグルグル飛ばしているのとは、奥行きをはじめとして全然感覚が違う」(岩本氏)という。
また、飛行機の実地試験だけに求められているのが「受験者補助員」である。実地試験の実施細則には「基本に係る実技試験において風向風速、無人航空機の速度及び高度等の受験者及び試験員への通知、又は基本以外の試験科目に係る実技試験において受験者が自動操縦による離着陸を行うことができない場合に手動操縦による離着陸を行う等について、実技試験を補助する者(以下「受験者補助員」)が行うことを認める」とされている。マルチコプターの試験でも配置されている、試験員を補助する試験員補助員は「試験を行う者に所属する者」として、指定試験機関から派遣されるが、受験者補助員は受験者が用意しなければならない。さらに「受験者補助員は、実技試験を実施する無人航空機の種類について、直近2年間で6月以上の飛行経験かつ50時間以上の飛行実績を有すること」とされており、試験中は受験者に対して機体の航路や風向風速を伝えるほか、場合によっては機体の操縦を行わなければならないなど、そのハードルも高いといえる。
今後に期待高まるVTOL型ドローンの普及と制度整備の必要性
このように、技能証明の飛行機に関する実地試験は、ルールとしてのハードルの高さに加えて、現状としてマルチコプターに比べてまだニーズが低いこともあり、試験の機会が非常に少ない。試験日については受験者と指定試験機関の間で調整を行うことになっているが、試験員の数が限られていることもあって出張試験方式による試験は月に1~2回程度というのが現状のようだ。
また、飛行機特有の操縦の難しさというハードルについては、一見、ラジコン飛行機の操縦経験がある人であれば合格しやすいと捉えられがちではあるが、飛行計画の観点である机上試験や、飛行前後の点検について確認する口述試験は、マルチコプターのそれとはまた異なる、飛行機独特の観点があり、ラジコン飛行機の操縦経験者であっても、口述試験で大きく減点される可能性が高いという。
本来、技能証明制度の創設と同時に登録講習機関という制度が設けられ、そこで国が無人航空機操縦者に対して技能証明を通じて何を求めているかを、講習を通じて学ぶことができる。一方、飛行機については指定試験機関の出張方式試験しか実施されていないため、こうしたことを学ぶ機会は、国が示している実地試験実施細則を読むこと以外にないのが現状である。Dアカデミーでは、飛行機の一等ならびに二等の試験に合格している依田氏と岩本氏の経験を通じて、こうしたことを訓練メニューの中でアドバイスしていくとしている。本来であれば飛行機の講習を行う登録講習機関があればいいのではあるが、マルチコプターのような受講者のニーズが見込まれないことや、毎年求められる監査をはじめとした運営コストの問題からか、2025年9月時点では飛行機の登録講習機関はない。
2023年12月にレベル3.5飛行の制度が新設されて以降、同制度の下でおもに物流用途を中心にしたドローンの運航が全国各地で実施されている。また、エアロボウイングAS-VT01Kのような型式認証機も登場し、VTOL型ドローンによる一部の許可・承認が不要なカテゴリーⅡB飛行も始まっている。こうした中、今後、VTOL型ドローンの飛行に求められる「飛行機」の無人航空機操縦者技能証明のニーズが高まることは間違いない。そのため、飛行の安全は大前提の上で、マルチコプターと同じように飛行機の技能証明の普及に大きな期待が寄せられている。