埼玉県秩父市において3月18日、「未来技術エキシビションin秩父(Future Technology Exhibition in Chichibu)」が秩父市やゼンリンなど9者によって開催された。これは、内閣府地方創生推進事務局が進める「未来技術社会実装事業(令和2年度選定)」の一つである「山間地域におけるスマートモビリティによる生活交通・物流融合事業」の取り組みや、そこで利用される技術を地域住民に紹介する場として開かれたものだ。

ドローン物流、遠隔医療、MaaSを組み合わせたSociety5.0社会の実現

秩父市大滝地区の実情と未来について話す久喜邦康秩父市長。

 埼玉県西部に位置する秩父市は荒川源流域の山間地が多く、2005年に大滝村や3町村を合併した後も人口が約1万1000人減少し、高齢化が進む中で人と物の移動の困難さ、という課題を抱えている。そこで特に物流、生活交通、医療という3つの分野にフォーカスし、自動運転やドローン配送、MaaS、遠隔医療といった未来の技術を使って、こうした問題を解決しようというのが本事業の狙いだ。

 秩父市が抱えている3つの分野の課題は、次のようなものだ。例えば物流分野であれば、特に中山間地域で顕著な人口減少により、宅配の非効率性が増大し、配送事業者の負担が大きくなっている。また、生活交通分野では、買い物をはじめさまざまな生活サービスを受けるために、中山間地の住民は秩父市中心部まで自家用車などで出かけなければならない。しかし、高齢化により運転免許の返納が進み、住民の足はもっぱらバスとなっているが、その便数が少なかったり、目的地までの直通便がないなど、不便を強いられている。

 医療分野でも、やはり中山間地には病院がなく、診察を受けるために秩父市中心部まで出かける必要があり、そのための交通手段が乏しく、一方で送迎バスや訪問診療を行うとなると、医療機関側の負担が大きいという課題を抱えている。本事業は、秩父市ではドローン物流や遠隔医療、貨客混載やカーシェアリングといったMaaSを活用し、それをひとつの情報基盤で融合させることで、人と物の移動を最適化、効率化しようというものだ。

“秩父モデル”事業について説明するゼンリンIoT事業本部IoT事業推進部 田内滋部長。

 本事業には事業主体である秩父市のほか、ゼンリン、三菱総合研究所、楽天、西武ホールディングス、西武鉄道、西武観光バス、アズコムデータセキュリティ、早稲田大学理工学術院が参画。西武グループは鉄道やバス、アズコムデータセキュリティは親会社である丸和運輸機関が行っているトラックによる輸配送サービス、楽天はドローン輸送サービスと、各事業者が手がける分野を適切に組み合わせ、それをゼンリンの地図基盤をベースにした「秩父版ダッシュボードシステム」上で管理するという構想を描いている。

「5年後に社会実装を見据えたビジネスモデル開発を行っていく」

 この日は秩父市中心部から山間の国道を車で40分ほど走った、荒川上流域にある大滝総合支所で住民への技術披露会が行われた。冒頭、久喜邦康秩父市長の挨拶の後、事業の全体統括と秩父市版ダッシュボードシステムの開発を行っているゼンリンの田内氏が、取り組みについて説明。本事業ではモビリティのシェア、コストのシェア、情報のシェアという3つのシェアで共通の価値を作ることをコンセプトに掲げている。モビリティのシェアでは、バスやトラックで貨客混載を行うほか、コストのシェアで費用や時間を分配しながら最適化し、住民と事業主の負担を軽減、そして情報のシェアで、いつどこで何が運ばれているかを可視化して、最適なリソース配分を行うとしている。

大滝総合支所に集まった住民を前に、トラック配送のリアルタイム運航管理やドローンのフライト、小型電動モビリティのデモなどが行われた。

 こうした3つのコンセプトを実現するために、例えば物流分野では、現在中心部から各戸まで行っている配送を、地域の拠点である道の駅まではトラックで輸送し、そこから集落まではドローンで搬送、そして各戸には人の手で配達することで、荷物配送と見守りのサービスにつながるとしている。また、医療分野では遠隔診療とドローンを組み合わせ、処方薬をドローンで運ぶといったことが考えられると田内氏は説明。「ヒトとモノの移動を支援して、住み続けたい大滝を作っていくために、本事業を実証実験に終わらせず、5年後に社会実装を見据えたビジネスモデル開発を行っていく」(田内氏)と話した。

楽天のドローンが会場から300mほど離れた道の駅から飛来。離陸から着陸地点で荷物を切り離し、再び帰還するまでの一連のミッションがほぼ自動で行われるとしている。
機体の下に取り付けられた箱には、ペットボトル2本が収められ、テニスコートに置かれた荷物をスタッフが購入者に手渡しするシチュエーションを紹介した。

 デモンストレーションでは、大滝総合支所から約300mにある道の駅大滝温泉から、丸和運輸機関の「桃太郎便」のトラックが、ペットボトル2ケースを会場まで輸送。その荷物を早稲田大学理工学術院が開発した小型電動モビリティに積み替え、購入者に届けるというイメージを披露。同時に、道の駅大滝温泉内にあるファミリーマートでペットボトル2本を積み込んだ楽天のドローンが会場に飛来。支所内のテニスコートに着陸し、その荷物を楽天のスタッフが購入者に手渡しで届ける、というシチュエーションを、住民の前で実演した。

早稲田大学理工学術院の小野田弘士教授は、2025年の大阪万博に向けて開発を進めている小型電動モビリティを紹介した。
小型電動モビリティは “一番近くにいる人についていく” 形で走行。現在、宅配便事業者が配達に使っている手押し車を代替するイメージだという。

「新しい技術開発のために商品の値段が高くならないのか?」という住民の不安

 デモンストレーションの後には、質疑応答の時間が設けられ、参加した大滝地区の住民からはさまざまな質問が挙がり、ゼンリンの田内氏がそれに答えた。「ドローンが配送したその先で、住民に荷物を手渡す支援員は常駐するのか?」という質問に対しては、「支援員という存在は課題だ。すでに同様のサービスを行っている長野県伊那市の例では、地元のボランディアスタッフが担っている。その一方で、やはり対価も必要という考え方もあり、可能なら雇用につながるやり方がいい」と回答。

「電柱からの引き込み線などの障害物もあり、ドローンの着陸できるスペースを確保するのが難しいのではないか」という質問には「離発着場所はスペースだけでなく音の問題などもあって限られる。そのため当初は大滝地区で言えば道の駅のように開けた場所を着陸場所にして、その後は人の手で配送するといった形にし、将来的には各戸の近くまで届けるといったようにステップを踏んでいく必要がある」と答えた。

 また、「ドローンを始め新しい技術の開発にはお金がかかる。それが荷物配送の料金として、商品の値段が高くならないのか」という住民の切実な質問も。これに対しては秩父市役所産業観光部企業支援センターの山田氏が回答。「料金については今のところ決まっていないが、例えば秩父市域を走っているバスは赤字であっても路線確保のために補助金を出して維持している。やはり物流に関しても公共サービスの一つとして位置付ける必要がある。もちろんなるべく住人のみなさまの負担は低くしたいと考えている。例えば今皆さんの元に来ている “とくし丸”(軽トラックに300品目を積み込む移動スーパー)は、10円上乗せをしてお買い求めいただいている。長野県伊那市で行われているサービスでも料金を上乗せしているが、ビックリするほど高くはなることは想定していない。それほど大きな負担はいただかない形で運営していきたい」と説明した。