2025年の大阪・関西万博では、会場内で空飛ぶクルマのデモフライトが実施されている。機体トラブルによる運休期間もあったが、7月以降から本格的に飛行が始まり、すでに会期は折り返しを迎え、多くの来場者がその姿を目にする機会が増えている。空飛ぶクルマの社会実装に向けた機運を高める上で、こうした露出の増加は大きな意味を持つ。
そのような中、万博会場から北へ約3kmの兵庫県尼崎市にある「尼崎フェニックスバーティポート」でも、2025年8月2日から3日にかけて空飛ぶクルマのデモフライトが行われた。なお、バーティポートとは、空飛ぶクルマ専用の離着陸場を指す。
担当者は「万博のデモフライトよりも高度な実証を行っています」と語る。今回の記事では、8月3日の内容を詳細にレポートする。
尼崎フェニックスバーティポートでVR体験や実機飛行
会場となった「尼崎フェニックスバーティポート」は、尼崎市南部の埋立地「フェニックス事業用地」内にあり、万博期間中に設けられた「尼崎万博P&BR駐車場」や、兵庫県の魅力を発信するイベント会場「ひょうご楽市楽座」に隣接している。今回のデモフライトは、「ひょうご楽市楽座」で週末ごとに実施されているイベントの一環として開催された。
14時20分発のシャトルバスで阪神線尼崎駅を出発し、デモフライト見学者の集合場所である「ひょうご楽市楽座」へ向かう。所要時間は約10分。会場の一角には空飛ぶクルマに関する展示ブースが設けられ、VR操縦シミュレーターや搭乗体験型のシミュレーターが来場者に開放されていた。
操縦シミュレーターに並んでいた女性来場者は、「空飛ぶクルマがヘリコプターやドローンとどう違うのか気になって見学に来ました。万博にも空飛ぶクルマの展示があると知っていましたが、予約が取りにくいようなので、こちらに来ました」と話し、関心の高さをうかがわせた。
MASCによる先進的な運航説明
デモフライトに先立ち、空飛ぶクルマに関する解説や今後の社会実装についての説明会が実施された。解説を行ったのは、今回の運航を担う一般社団法人MASCのスタッフだ。
MASCは岡山県倉敷市に拠点を構え、水島地域に航空宇宙産業のクラスター創造を目指している団体である。日本国内では先駆けて2020年度に実機を導入し、2021年度には無人実証飛行、2022年度には有人実証飛行を行うなど、数々の先進的な取り組みを実施してきた。現在は2028年度の空の移動サービス導入を目標に掲げ、2030年代には関西圏から瀬戸内海エリアへのネットワーク構築も視野に入れている。
MASCによると、空飛ぶクルマの特徴は以下の3点である。第一に、電動飛行により化石燃料を使用しないこと。第二に、自律飛行が可能であり、地上からの監視・制御のもと、あらかじめプログラムされたルートを飛行すること。第三に、垂直離着陸が可能で、滑走路を必要とせず、狭いスペースでも発着できるため、生活圏に近い場所に離着陸場の設置が可能なことだ。
また、2028年にはアメリカ・ロサンゼルスで導入が計画されていることや、中国での機体開発とバーティポート整備の進展など、海外での動向についても紹介があった。災害時には人員や物資の輸送手段としての活用も見込まれており、自治体や公的機関も関心を寄せている。会場には50人以上の来場者が集まり、熱心に耳を傾けていた。
EH216-Sが強風下でも安定飛行、8分間のデモに拍手喝采
デモフライトの時間が近づき、「ひょうご楽市楽座」から徒歩数分のバーティポートそばの観覧エリアへ移動。すでに機体は待機状態であった。
今回のデモフライトに使用されたのは、中国のメーカーであるEHang(イーハン)製の「EH216-S」。このモデルは中国の型式証明を取得しており、中国国内で安全性が認められている。MASCが初めて導入した機体もこのモデルである。
EH216-Sのスペックは以下の通りである。
| 高さ | 約1.9m |
| 幅 | 約5.7m |
| 最大離陸重量 | 620kg |
| 航続距離 | 35km |
| 最大速度 | 130km/h |
| 巡航速度 | 100km/h |
| 座席数 | 2名(パイロットは搭乗しないため、乗客定員が2名) |
当日は大阪湾から強風が吹き込み、風速は6m/sを超える状況であった。一般的な小型ドローンでは飛行が困難な条件だったが、EH216-Sは問題なく飛行可能と判断された。機体点検後、検査員が搭乗し、8本のアームの先端にあるLEDが点灯、そしてローターの“キュイーン”という音とともに機体がスッと地面から離陸した。
離陸後30秒ほどで高度30mに到達し、その後は高度50mまで上昇。時速36kmで半径200mの円周飛行を開始し、4周を左回りで滑らかに飛行した。機体が左側にやや傾く様子も確認できた。
騒音については、16基のローターを搭載しているにも関わらず、ヘリコプターよりもはるかに静かであり、上空にいる際にはほとんど気にならなかった。周回飛行を終えた後、機体は元の位置に正確に着陸し、観覧者からは自然と拍手が起こった。約8分間行われたデモフライトは、EH216-Sの性能や、MASCのオペレーション能力の高さが存分に見られるものとなった。
課題と今後の展望
デモフライト後、搭乗した検査員は「高度50mからは万博会場まで見渡せ、初期導入として遊覧飛行に活用できると実感しました。風速6m/s以上を記録していましたが、風の影響はありませんでした。また、機体の軽量化を図りましたが、飛行中の振動も軽微でした」と評価した。一方で「バッテリー節約のためエアコンが設置されておらず、夏は暑く冬は寒いのが課題です」と指摘した。
MASCの担当者にもこの日のデモフライトを振り返ってもらうと「今日は非常に暑く、バッテリーの充電管理や機体を冷やすといったことにも配慮をしなくてはなりませんでした。これは非常にいい経験になりました」と話した。また、今回のフライトでは観覧エリア付近でスマートフォンの電源オフや機内モード変更の案内はなかった。これについて尋ねると、「機体の飛行にもLTE回線を使用しており、今回のフライトではどのような影響を受けるのかを確認していました。今後、検証していきます」と解説した。
MASCは兵庫県の令和7(2025)年度の補助金を活用し、空飛ぶクルマの社会実装促進事業を進めている。兵庫県の担当者は「令和5(2023)年度より、兵庫県全体として補助金を通じて空飛ぶクルマの導入に向けて関係事業者の取り組みを後押ししています。空飛ぶクルマが活躍する社会が実現するには、県民一人ひとりの意識改革が不可欠であり、実際に飛行を見せることが最も効果的です」と話した。MASC担当者も「万博で空飛ぶクルマを見たという声も増えてきており、社会実装が現実のものとして進んでいます」と語り、これまでと風向きが変わりつつあることを実感している様子だ。
今回のデモフライトを通じ、多くの人に空飛ぶクルマの存在が知られたことは大きな成果である。2028年度の実用化に向け、今後も実証と啓発が進められていく。これからの展開に引き続き注目したい。
