写真:IFSのロゴの前に立つスコット・ヘルマー氏

 2025年6月2日、日本航空(JAL)とスウェーデンのIFSは、「航空機整備管理体制の強化を目的としたIFS Cloud導入プロジェクト開始」を発表した。

 JALは従来、航空機の整備を管理するシステムとして、自社のサーバー等を使用して運用するオンプレミス型システムを自社運用してきたが、15年以上が経過し、運用コストや保守性、拡張性の面で刷新が求められていた。今回、航空機整備業務の効率化とデータ活用の高度化を目指し、クラウドベースの「IFS Cloud for Aviation Maintenance」の導入を正式に決定した。

 このシステムを提供するIFSとはどのような企業なのか。また、JALとの協業を契機に、日本の航空業界やドローン・空飛ぶクルマの社会実装にどのように関与していく考えなのか。来日中のIFS航空・防衛事業部プレジデントのスコット・ヘルマー氏に話を聞いた。

IFSが提供する航空整備管理クラウドの強み

 IFS Cloud for Aviation Maintenanceは、航空機本体、エンジン、各種コンポーネントの整備状況管理を中心に、予備部品の在庫把握、サプライチェーン(調達網)の管理、財務管理、プロジェクト管理といったコーポレート機能を統合的に提供するシステムである。すでに海外大手航空会社でも採用実績があるという。

 IFSジャパンの航空宇宙・防衛キーアカウントディレクター宮本卓氏は、航空会社のコスト構造について「航空機を導入して寿命まで使い切る際の費用は、機体導入費用が全体コストの3割、維持運用費用が7割を占める」と説明する。IFSのソリューションはこの7割部分を最適化し、航空会社の収益性を高めることを狙いとしている。

航空業界DXを支えるIFSの特化型ソリューション

 IFSは特定業界に特化した産業用ソフトウェアおよびAIを開発・提供する企業である。航空宇宙・防衛分野は中核領域であり、資産全体のライフサイクル管理を戦略の柱としている。航空業界に対しては、製造、整備、運航、サプライチェーンなど、各分野に最適化されたソリューションを提供し、SAPやオラクルといった競合との差別化を図っている。

写真:窓を背に座るスコット・ヘルマー氏
IFS航空・防衛事業部プレジデントのスコット・ヘルマー氏。

 スコット・ヘルマー氏は次のように語る。
「航空業界には製造、整備など多様なサブセクターがあります。IFSは各分野の目的に特化したソリューションを提供できる点が強みです」

 さらに、IFSが提供する産業向けAIは、サプライチェーンの最適化、部品類の需要予測、作業手順の効率化などに活用され、製造業務や保守業務の変革を促進する可能性を秘めている。

ドローンと空飛ぶクルマが牽引する『第三の航空革命』

 航空業界は現在、大きな構造変化に直面しており、ヘルマー氏は、これを「第三の航空革命」と位置付ける。
「第一の革命は飛行機の発明、第二の革命はジェットエンジンによる国際商業飛行の拡大です。そしてドローンやeVTOL(空飛ぶクルマ)の登場こそが第三の革命です」

 従来の航空機産業は、エンジン、翼、胴体などを分業で製造し、ボーイングやエアバスなどの最終組立メーカーが完成機を製造する構造だった。そして、運航は別のエアラインが担い、役割分担が明確に行われていた。

 一方、eVTOLメーカーの米Joby Aviation、Archer Aviationなどは、機体の設計・製造から運航、メンテナンスまで一貫して行う垂直統合型モデルを採用している。この変化により、メーカー自身が運航ビジネスを手がける新しい航空産業構造が生まれつつある。

 また、eVTOL機体には既存航空機と同様に「エアワージネス(耐空性)」が求められる。
 JobyはFAA(米連邦航空局)の型式証明取得を目指し試験を実施しているが、IFSのシステムはその試験データやメンテナンス履歴を統合管理する機能を備えるという。ヘルマー氏は、これらの機能を活用することで、メーカーと当局間の認証業務を支援し、基準策定への貢献も可能だと強調する。

 ドローンやeVTOL機が主役になる“航空業界第三の革命”の時代には、IFSのソフトウェアや産業AIを活用することが、安全で効率的な運航の鍵になるかもしれない。

IFSが語る日本のドローン・空飛ぶクルマ市場戦略

 IFSはJALとの協業を皮切りに、日本市場での展開を拡大する方針だ。ヘルマー氏も「今後は来日頻度を増やし、市場開拓を加速させたい」と意気込む。

 また、「新幹線に乗るが楽しみ」というヘルマー氏は、日本の航空市場について「日本市場は保守的で新技術導入が慎重だと見られがちですが、日本航空のような大手が新しい取り組みを始めたことは非常に意義深いと感じています。技術革新はいつの時代も防衛分野が先行し、民生分野に技術が移転していきます。ウクライナ戦争でドローンが投入されているのは周知の通り。そこではドローンが自律的に多数で編隊を組んで飛行するケースがあり、その統制にAIが利用されています。ここで培われた技術は、例えば多数機で飛行する物流ドローンの統制や空飛ぶクルマの運航など、日本における民生分野でも活用されるでしょう」と話す。

 日本ではドローン運航事業者の多くが現時点で大規模な保守管理システムを必要としない段階にある。しかし、今後は物流ドローンの大規模運航、eVTOLによるエアタクシー事業などで、耐空性管理や保守管理が高度化し、IFSのシステムが必要とされる場面が増えるだろう。

 加えて、日本の規制についてもヘルマー氏は慎重な見方を示す。
「日本は安全性や信頼性を重視する国です。特に人の移動を担う無人航空機については、規制が急速に緩和されることはないでしょう。ただし、物流や防災分野でのドローン活用では、日本が世界をリードするポテンシャルを持つと考えています」

 日本におけるドローンや空飛ぶクルマの利活用について、ヘルマー氏は明るい見通しを示す。今後、物流分野を中心に大型ドローンの活用が進展すると予測されている。さらに、大阪・関西万博後を見据えた空飛ぶクルマの社会実装も重要なテーマである。IFSは、このような大型かつ複雑な機体のライフサイクル全体を統合管理できるシステムを提供できる点で優位性を持つ。

「日本国内のドローン・eVTOL機メーカーとの協業についても非常に前向きに検討しています」とヘルマー氏は語る。空飛ぶクルマを活用したエアタクシーや貨物輸送の本格的な社会実装は、各国で2030年以降を想定している。その頃には、ドローンやeVTOL機の開発、運航、保守が重要な経営課題となるだろう。そこに不可欠なソリューションを提供するIFSは、日本の航空業界において一層大きな存在感を示す企業になるはずだ。