従来の河川・海岸部の測量は、陸部と水部をそれぞれ別の手法で計測し、後から統合する必要があった。ナローマルチビームなど船舶による音響測深と有人航空機による陸部レーザー計測を組み合わせるという運用は、計画・施工コストの面でも時間的な面でも大きな課題を抱えていた。こうした状況を一変させたのが、ドローン搭載型グリーンレーザースキャナによる陸水一体型の三次元計測技術である。
70年以上にわたって測量業界を牽引してきたパスコは、この革新的技術を国内市場にいち早く実装し、河川・海岸インフラ管理における精度向上とオペレーション効率化を実現している。パスコの新空間情報事業部 新空間技術部 空間情報課の堺氏に、ドローン搭載型グリーンレーザースキャナの技術的特徴、導入の背景、今後の展望を伺った。
航空写真測量から三次元空間情報へ──パスコの事業変遷
パスコは1953年に創業し、航空写真測量を基盤として成長してきた企業だ。戦後のインフラ整備とともに公共測量を主軸に据え、国や自治体の地図整備事業を通じて高い測量品質を追求してきた。
その後、地図情報を活用したまちづくり支援、都市計画、行政サービス支援へと事業を拡張。近年では民間向けGISソリューションにも注力し、物流、小売、不動産といった産業向けに空間情報を活用したサービスを提供するなど、空間情報を核とする総合的なソリューションベンダーへと進化している。
測量プラットフォームも最先端の空間情報の収集技術を積極的に取り入れ、航空機、人工衛星、ドローン、船舶、車両など多様化し、空間情報を統合的に取得・解析する体制を構築することで、社会課題の解決に向けたサービスの創出のために、絶えず新しい技術の開発、実用化研究に取り組んでいる。
先進的なドローン計測の取り組み
パスコの特徴は、新技術の社会実装に対する早期の取り組み姿勢にある。現在のような小型ドローンが普及する15年以上前から、ラジコンヘリコプターや気球を用いた低高度の計測を行い、航空機による広域測量の弱点を補完してきた。
堺氏は「航空機は高高度であるため、遺跡や文化財の詳細調査には不向きです。ラジコンヘリコプターや気球などは、狭い範囲を低高度で詳細に捉えるために活用してきました」と振り返る。
遺跡、文化財など比較的面積が小さい場所などは、航空機ではなく低高度から高解像度で撮影・計測し、測量手法を案件ごとに最適化する柔軟なアプローチを追求してきた点が同社の強みである。
堺氏は「お客様が求める精度や計測目的に応じて、ドローン、航空機、衛星を使い分けます。我々は社会インフラを裏で支える存在です」と説明する。
パスコが切り拓くドローン搭載型グリーンレーザースキャナ測量とは
従来の測量技術には陸部と水部の計測を分断する根本的な課題があった。陸部では近赤外線レーザーが主流だが、近赤外線は水に吸収されるため水中を計測できない。一方、水中では音響測深機器を船舶やボートに搭載して利用するのが一般的であり、音波の伝播を利用して水深や水底形状を計測する。
「近赤外線では波長が水に吸収されるので計測できません。レーザー計測は放射後の跳ね返りの時間で距離を算出しているため、返ってこないと計測できないのです」と堺氏は説明する。
こうした課題を克服するために開発されたのがグリーンレーザースキャナである。グリーンの波長は水中を透過し、浅水域も含めて水部と陸部を同時に計測できるという利点を持つ。航空機搭載型のグリーンレーザースキャナは20年以上前から実用化され、パスコは2015年8月に国内民間企業として初めて導入し、河川、湖沼、海岸域の計測を手がけてきた。
「陸部と水部を同時に、シームレスに取得することで、データ統合の手間を省けるだけでなく、データ品質も向上します」と堺氏は語る。
なぜグリーンレーザーなのか?水中測量の技術的課題と解決
航空機搭載型に対するドローンの大きな利点は、経済性と運用の柔軟性にある。航空機はおおよそ500m以上の高度で広域をカバーできるが、ドローンは150m未満の低高度で飛行するため、より高密度・高解像度な点群データを取得できる。
特に浅水域の計測はドローン搭載型グリーンレーザースキャナの真価を発揮する領域だ。ボートの下部に取り付けた音響測深の機器は、水深1〜2mの浅瀬では座礁リスクが高く、計測が難しい。「現時点では浅水域を高精度に計測できる手法は、グリーンレーザースキャナ以外にはありません」と堺氏は指摘する。一方、航空機搭載型に比べてカバー範囲は狭くなるため、用途に応じた使い分けが前提となる。
ドローン搭載型グリーンレーザースキャナ「TDOT GREEN」の導入背景
パスコが導入しているグリーンレーザースキャナは、日本製となるアミューズワンセルフの「TDOT GREEN」である。両社は約10年前から試験・開発を共同で行い、2017年には国土交通省の「革新的河川管理プロジェクト」で、陸水同時計測を実現する要件に応える形で導入を進めた。
他社製の海外製スキャナでは、水部のみを対象とするものや、過剰な機能により機器の重量が増し、ドローンへの搭載が難しいものも多い。これに対し、TDOT GREENは、陸部と水部双方を高精度に計測しつつ、軽量でドローン搭載可能という差別化要素が評価されたことで、「革新的河川管理プロジェクト」に採用された。
またレーザー照射の安全性も重要だ。水中を測定するには高エネルギーのレーザー照射が必要だが、そのまま地上に照射すれば国際規格の安全基準を超える恐れがある。TDOT GREENは常にスキャン対象との距離を正確に監視し、安全なレベルでレーザー出力を操作して照射し、安全基準をクリアしている。
「公共測量で要求される精度・点密度の基準を上回る性能を確認したことが採用の決め手でした」と堺氏は明かす。現在パスコは利用だけでなく、アミューズワンセルフの代理店としてTDOT GREENの販売も行っている。
使い勝手を追求したクラウド型測量支援サービス「TDOT SmartSOKURYO」
パスコは、ドローン測量の計画・管理・安全運用を効率化するクラウド型支援サービス「TDOT SmartSOKURYO」を提供している。
TDOT SmartSOKURYOは、Webブラウザ上で飛行計画を立案し、現場では音声ガイダンスに従って作業を進められる設計で、経験の浅い技術者でも公共測量水準の高精度計測を実現できる。ドローンの飛行ルール(DID区域、空港周辺など)と測量基準点情報を地図上で統合管理し、進捗状況をクラウドで事務所と共有可能だ。
計測後のデータ処理も段階的なワークフローが確立されている。まず、データ分析ソフトを使ってレーザー測距データを点群データに変換し、公共測量では品質管理を経てオリジナルデータを作成。その後、点群データの編集やGISソフトを活用して可視化、解析、最終的には等高線や地表面データを生成する。
パスコは航空レーザー、地上レーザー、車両MMSなど多様な手法で培った解析ノウハウを活かし、コスト・スピード・精度のバランスを最適化している。
河川・海岸インフラ管理でのグリーンレーザースキャナの具体的な活用事例
パスコではグリーンレーザースキャナを搭載したドローンを用いて、河川管理、海岸施設計測、砂防施設モニタリングなど幅広い分野で高精度な計測を行っている。堺氏は「海岸施設や河川の構造物──護岸、水制工、護岸ブロックなど陸部と水部を一体で計測できます」と具体例を挙げる。
特に継続的なモニタリング分野では、ドローンの経済性と運用性が際立つ。航空機や衛星より低コストで運用でき、一度ルートを作成すれば、同一地点を同じように繰り返し計測可能なため、台風や地震といった災害による地形変動を時系列で把握し、長期間のアーカイブとして管理できる。また、定期的な計測によって次の河川管理計画へ反映するといった役立て方も可能だ。
グリーンレーザースキャナは、“水中のレーザー計測が可能”な点が注目されがちであるが、湿地帯の計測が可能な点も大きな特徴となる。地上を計測する一般的なレーザースキャナは、水を含む地面や水溜まりは計測できない。例えば台風による災害状況を早急に確認したくても、地面の雨水が掃けるまでは計測できないのだ。一方、グリーンレーザースキャナであれば、即座に地表のデータを取得することが可能だ。
また、砂防施設でも、雨や台風で堆積する土砂の量を精密に把握でき、グリーンレーザースキャナなら水部を含む一体的な三次元モデルを構築できる。取得した高密度の点群データは離岸堤や波消しブロックなど水中構造物の詳細診断を可能にし、従来の航空機による測量では、構造物の形状をおおまかにしか捉えられなかったが、ドローンを使うことでブロック単位での状態評価も行えるようになった。
さらに、河川管理における付加価値として、植生管理への応用も注目されている。堺氏は「水を流す阻害要因の一つとして、河道内に繁茂した植生があります」と指摘し、「水部と同時に植生のボリュームも計測することで、河川管理への活用が進んでいます」と述べた。グリーンレーザースキャナによるドローン測量は、構造物・植生・水部を一括で捉えることができる、総合的なソリューションとなっている。
グリーンレーザースキャナの進化の行方は?課題と今後の展望
グリーンレーザースキャナによるドローン計測の今後の技術課題として、堺氏は「測深能力と点密度の向上」を挙げている。
「測深能力を上げることで網羅率が上がります。グリーンレーザーは水の濁りによって計測の可否が左右されてしまいますが、水質による影響も少し改善できるでしょう。グリーンレーザースキャナの点密度は、近赤外線のレーザーに比べると少し劣ります。点密度を向上すると水中の計測が高度化できます」と改善への期待を示した。
測深能力を高めることで水質が悪い箇所でも計測可能となり、点密度向上により水中構造物の詳細解析がさらに進む。しかし「能力を高めると機器の価格も上昇する」というコスト面の課題も残る。
将来展望としては、長距離飛行可能なハイブリッドドローンやVTOLとの組み合わせによる危険エリアでの遠隔計測、さらには完全自動化測量システムの実現が視野にある。
「弊社の親会社であるセコムでは、ドローン警備用の自動離着陸システムを開発しています。これを測量に応用し、完全自動化が進めば利用の幅は大きく広がります」と堺氏は語り、パートナー企業との連携を含めた技術開発への意欲を示した。
