2024年3月26日、富士通は、AIを活用し、自律型無人潜水機(以下、AUV)を用いて、海中の生物や構造物の解像度が高い3次元形状データを取得する技術を開発したことを発表した。

 海洋の状態をデジタル空間に高精度に再現し、環境の変化や施策の効果などのシミュレーションによる予測を可能にする海洋デジタルツインの研究開発の一環にあたる。

 同技術は、AIを活用して画像を鮮明化することで、濁った海中でも対象物を識別し形状を計測できる画像鮮明化AI技術と、波や潮流の中でもAUVからの安定計測を可能にするリアルタイム計測技術から成る。カーボンニュートラルや生物多様性の保全に向けた海洋調査に際して、対象となる生物や構造物の状況を可視化し、体積などを推定することが可能になる。

 海上・港湾・航空技術研究所 海上技術安全研究所(以下、海上技術安全研究所)とともに、沖縄県石垣島近海において実証実験を行い、サンゴ礁の精密な3次元形状データを取得することに成功し、技術の有効性を確認した。

 同社は今回確立した技術の測定対象を、ブルーカーボン(※1)の吸収量が多い海藻などに拡大し、2026年度中に藻場に関する海洋デジタルツインの確立を目指すとしている。

※1ブルーカーボン:沿岸・海洋の生態系に取り込まれ貯留される炭素。

サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)を実現する海洋デジタルツインの構想

 富士通は、気候変動に大きな影響を及ぼす海洋におけるカーボンニュートラルや生物多様性の保全などの施策立案を支援するため、海洋に関する施策の事前検証を可能にする海洋デジタルツインの開発に取り組んでいる。この構想では、海藻やサンゴ礁などの海中の生物、水産資源や海洋環境に影響を及ぼす構造物などの植生分布や3次元形状といったデータを、AUVや衛星などを活用してデジタルデータとして収集。海洋を構成する環境や生物の成長などの変化を数値シミュレーションするモデルを構築し、海洋に関する施策の事前検証に活用する。

 海洋生態系の保全や二酸化炭素吸収量の把握を行うには、分解能(計測器などが有する、物理量を識別できる能力)が数cm程度の高分解能3次元形状データを取得し、海中の生物の識別と体積推定を行う必要がある。しかし音響ソナーのようなこれまでの技術では、ビーム幅の限界等により、分解能が10cm程度の粗いデータになっているのが課題だった。

開発技術について

 濁りや波、海流などの影響がある海洋特有の困難な環境でも、海中の生物や構造物の高解像度3次元形状データを取得可能にする2つの技術を開発した。

1. 海中の被写体の色や輪郭を復元する画像鮮明化AI技術

 濁った海中で撮影し、色が劣化して輪郭がぼけた画像でも、生物や構造物を高分解能で3次元化するため、海中の被写体に最適化した深層学習を行った画像鮮明化AI技術を開発。濁り除去と輪郭を復元する2つのAIからなり、被写体本来の色を復元し、ぼけた輪郭を改善した画像を生成した上で3次元化する。これにより3次元化処理・被写体認識の際のエラーを防止し、物体ごとに形状計測することができる。

画像鮮明化AI技術によるサンゴ礁の精密な3次元形状データ化

2. 移動中のAUVからリアルタイムに3次元計測ができる海中3次元計測技術

 海中でリアルタイムに3次元計測するため、短周期のレーザー発光と高速走査による高速サンプリング技術を採用。さらに3つのレーザー波長の中から、海況によって計測に適した波長を選択できる水中LiDAR(※2)を導入した。これにより、移動しているAUVから3次元計測ができるだけでなく、物体の動きを追従する技術を開発することにより、動いている物体の計測も可能になることが期待される。

※2 LiDAR:対象物にレーザーを照射し、反射光を光センサーでとらえて、対象物までの距離や対象物の形などを測定する技術。

水中LiDARによる3次元計測結果

 富士通は海上技術安全研究所と共に、同研究所が開発しているAUV-ASV連結システム(※3)に、カメラやリアルタイムに3次元計測を行うLiDARなどを一体化した水中フュージョンセンサーを搭載し、海中データをリアルタイムに自動で取得する実証実験を実施。海中に設置された配管などやサンゴ礁のセンチメートルオーダーの高解像度3次元形状データをリアルタイムに取得することに成功した。

※3 AUV-ASV連結システム:海中でAUVが撮影した画像を有線ケーブルで海上の自律型無人水上機(ASV)に送り、ASVからWi-Fiで船舶へ送信する海中調査システム。

AUV-ASV連結システムとデータ取得風景

 今後、強い潮流や起伏に富んだ海底地形など、さまざまな環境においても安定的にデータ取得が可能な技術開発を進めるとともに、ブルーカーボンの吸収量の多い海藻から脱炭素への貢献が期待できる洋上風力発電設備の点検に至るまで測定対象を拡大し、ユースケースを蓄積する。また計測した3次元形状データをもとに、生物学や環境学などの知見を取り入れたシミュレーションを行う海洋デジタルツインの開発を進めるとしている。