2022年11月1日、日本電信電話(以下、NTT)、NTTドコモ(以下、ドコモ)、NTTコミュニケーションズ(以下、NTT Com)は、海中音響通信技術(※1)を用いた共同実験を行い、海中音響通信による浅海域(水深30m程度)での伝送速度1Mbps/300mを達成する伝送実験に成功したことを発表した。

 NTTが独自に研究開発した海中音響通信の高速化を実現する時空間等化技術(※2)と安定化を実現する環境雑音耐性向上技術(※3)を用いることで、浅海域における伝送速度は1Mbps/300mに達し、既存技術の10倍の伝送速度となった。また、同技術に対応した完全遠隔無線制御型水中ドローンを実現した。3社はこの水中ドローンを用いて、海中設備点検を想定した岸壁の劣化状況をリアルタイムに確認する実証実験を、静岡県静岡市で実施するとしている。

 またNTTとドコモは、5Gの高度化および次世代の移動通信システム6Gの研究開発として進めている「5G Evolution & 6G powered by IOWN」において、空・海・宇宙などあらゆる場所への「超カバレッジ拡張」を実現する非地上ネットワーク(以下、NTN)に同技術を適用し、海中までカバレッジを拡張する検討を開始した。

※1 海中音響通信技術:スピーカーから出る音に通信ができる特殊な音(トリガー音)を乗せ、音の聴こえる範囲にあるさまざまなデバイスに情報を伝えることができる音響通信技術を水中に適用した技術。

※2 時空間等化技術:海面や海底で反射する海面反射波の一部を複数の受波器を用いるアレー技術にて空間領域で抑圧することで、海面反射波による通信品質劣化を抑圧する技術。

※3 環境雑音耐性向上技術:水深数十メートル程度の浅海域エリアにおいて高頻度で観測される、テッポウエビが発生する破裂音や船の航走音、湾岸設備に用いる重機の作業音などの環境雑音が引き起こす特性劣化を抑圧する技術。

海中音響通信技術の概要

 送信機は海中に固定した共振周波数の異なる5素子の送波器アレー(図1右写真)と海上の音響通信装置から構成され、広帯域の変調信号が合計10素子の送波器から海中に送信される。受信機は16個の受波器アレー(図1左写真)と海上の音響通信装置により構成され、受波器アレーで受信した変調信号を音響通信装置で信号処理を行い復調する。

図1:伝送実験系の構成図

 海中における無線通信においては、陸上と比較して20万倍も低速となる遅延波の影響により、正常な通信が困難であった。また、テッポウエビなどの海洋生物が発する海中特有のインパルス性雑音(※4)の影響や、浅海域特有の揺らぐ海面の反射波によるドップラーシフト(※5)の影響を受けやすく、高速・安定化を妨げる要因の一つとなっていた。

 同技術は、受信機の音響通信装置の受信回路において、この遅延波の影響を除去する時空間等化技術と環境雑音耐性向上技術を組み合わせることで、浅海域における伝送速度1Mbpsの300m無線伝送実験に成功した。
 これは従来の10倍以上高速となる伝送速度であり、SD画質(圧縮方式H.264・480p・30fps)の映像のストリーミング再生に必要な伝送速度に相当する(図2)。海中の設備や岸壁を撮影した映像を伝送することでリアルタイム劣化診断などへの適用が考えられる。

※4 インパルス性雑音:すべての周波数帯域で一様な電力密度をもっているランダム性雑音に対し、時間的、周波数的に突発的に発生する雑音。浅海域エリアの海中音響環境ではテッポウエビが発生する破裂音が該当する。

※5 ドップラーシフト:音や光のような波を発する物体が移動する場合、送波する側と受波する側との相対的速度差によって周波数がシフトする現象。接近する場合には波長が圧縮されて周波数が高くなり、遠ざかる場合には波長が伸長されて周波数が低くなる。

図2:成果の位置づけ

完全遠隔無線制御型水中ドローン

 またNTTは同技術を搭載した海中音響通信による完全遠隔無線制御型水中ドローンを実現した。海上では水中の映像を確認しながら水中ドローンを操作することが可能。海上にある音響通信装置が水中ドローンに対して制御信号を送信する。水中ドローンは制御信号に従い移動・撮影し、撮影した映像ストリーミングデータを海上にある音響通信装置に送信する。

 こうした無線制御の実現により、従来の有線制御型の水中ドローンでは航走が困難であった岩礁や構造物が入り組んだ狭いエリアにおいても、海上から水中映像を確認しながら水中ドローンを遠隔操作することが可能となり、水中ドローンを使った海中設備点検などの作業性向上や効率化が期待できる。

 NTT、ドコモ、NTT Comはこの水中ドローンを用いて、海中設備点検を想定した岸壁の劣化状況をリアルタイムに確認するための実証実験を、静岡市の海洋実証フィールドにて実施するとしている。

図3:水中ドローンのシステム構成
各社の役割
NTT海中音響通信技術を搭載した完全遠隔無線制御型水中ドローンの実現と実証実験における水中ドローンの運用
ドコモ「5G Evolution & 6G powered by IOWN」のNTN技術における海中音響通信技術の適用性検討
NTT Com実証フィールドにおける実験実施に向けた環境整備
海中通信の事業化を見据えたサービス性の評価

今後の展開

 NTTとドコモは同実験を通して各種条件に応じたデータの取得を進め、さまざまな条件に対応可能な通信方式などの技術を高度化させることで、さらなる高速化、長距離化の達成を目指す。

 NTT Comは、同技術の水産分野(養殖業での海洋環境調査など)における実用化に取り組む。また水産業に留まらず、港湾施設点検や、ダイビングをはじめとするエンターテイメント業界など、水中ドローンの導入が進んでいる他分野への拡大に向けて、技術の幅広い活用を目指すとしている。