2025年9月、大阪・関西万博で注目されている次世代モビリティ“空飛ぶクルマ”の可能性を探るイベント「トんでる!オーサカ 空飛ぶクルマビジネストークセッション」が、大阪・関西万博の「大阪ヘルスケアパビリオン リボーンステージ」にて開催された。元TBSアナウンサーにして株式会社フォックスユニオン 代表取締役の国山ハセン氏と株式会社インプレス ドローンジャーナル編集長の河野大助氏をゲストに迎え、行政、商社、運航事業者、建築設計者など多彩なパネリストが登壇し、意見を交わした。当記事では全4セッションの内、1部・2部の内容をレポートする。
▼【1部・2部のレポートはこちら】大阪・関西万博「トんでる!オーサカ 空飛ぶクルマビジネストークセッション」レポート② ― 空飛ぶクルマが身近な社会と都市部・災害時の物流革命
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大阪府が描く「空飛ぶクルマの社会実装」
イベントの冒頭では、大阪府による空飛ぶクルマ導入への取り組みが紹介された。空飛ぶクルマには、電動化による環境負荷の低減のほか、都市部での運用が可能な滑走路を必要としない垂直離着陸、将来的な自律飛行によるパイロット不要化といった特徴がある。大阪府はこの可能性に早期から着目し、全国に先駆けて2022年にロードマップを策定。さらに、具体的かつ実践的な協議・活動の核となる「空の移動革命社会実装大阪ラウンドテーブル」を設立し、2025年8月時点で計92社が参画している。産官学連携のもと、社会受容性の向上や実証実験を積極的に進めている。
河野氏は、「中でも大阪府が率先して空飛ぶクルマに取り組んできたという背景があります」と語り、2018年からの空の移動革命に向けた官民協議会の動き、2022年に明言された“2027年商用運航開始”の目標を引き合いに出しながら、「大阪・関西万博で空飛ぶクルマが飛行した意義は非常に大きいと思います」と述べた。一方、国山氏は海外でのモビリティ革命を例に出し、「空飛ぶクルマは世界をリードする国がありません。その中で日本、ひいては大阪府が率先的に社会実装し、世界のモデルになる可能性があります」と期待感を語った。
観光と空の交通がもたらす新たな観光スタイル
第1部のテーマ「空の移動革命で、関西の観光ニーズが変わる」では、丸紅株式会社 航空宇宙部航空第三課の相原彩良氏と株式会社Soracle(ソラクル)代表取締役CEOの太田幸宏氏がパネリストとして登壇し、観光用途での価値提案が語られた。
まず、相原氏は空飛ぶクルマは電動、垂直離着陸、自律飛行の3つの定義を満たす“新たな空の移動手段”として位置づけ、「運航サービスの事業者を担いたい」と述べた。総合商社である丸紅ではイギリスのバーティカル・エアロスペース社と4年にわたって連携し、同社が開発を手掛ける空飛ぶクルマ「VX4」の導入計画を探ってきたという。自動車で数時間を要する移動に対し、空で30分程度に短縮できるルートの調査や実証ツアーも実施され、その結果“滞在時間を多くとれる観光”が将来的な日常の一部になることを示唆。「経済波及効果も大きい」と述べ、観光業界との連携強化にも意欲を示した。
続いて、相原氏が社会実装に向けた具体的な道筋を説明。「空飛ぶクルマの実装化に向けた道筋は、この先長いものになる。まずは空港やヘリポートなど既存のインフラを活用しながらスタートし、その後は観光地や便利な場所にポートを増やしていきたい」と述べ、インフラ整備の重要性を強調した。
また、住友商事株式会社と日本航空株式会社が共同出資するソラクルの太田氏は、自身の航空運航管理のキャリアを背景に「空からお客さまのもとにやってくる」ことを目指すと宣言。ソラクルはアーチャー・アビエーション社の空飛ぶクルマである「Midnight」を最大100機購入する権利を獲得したと明かし、「空飛ぶクルマは人が空港に行くのではなく、空が人の近くに迎えに来る新しい移動体験となる」と語った。2026年に関西圏内の実証フライト、2027年に型式証明・航空運送事業許可を得て商用運航を開始するロードマップを明らかにした。
ゲストを含む4名のトークセッションでは、まず始めに相原氏が社会実装に向けた具体的な道筋を説明し、「空飛ぶクルマの実装化に向けた道筋は、この先長いものになる。まずは空港やヘリポートなど既存のインフラを活用しながらスタートし、その後は観光地や便利な場所にポートを増やしていきたい」と述べ、インフラ整備の重要性を強調した。
これに対して太田氏は、2030年の夢洲の姿を展望。「まさにこの万博会場である夢洲が2030年には日本初の総合型リゾートである大阪IRに変わっていくと期待されている。関西空港とIRを直接結ぶようなルートで飛行できれば、大阪経済全体に大きなインパクトを与える」と語り、観光と経済の両輪で空飛ぶクルマが果たす役割を描いた。
また、ソラクルは大阪・関西万博でアーチャー・アビエーション社の「Midnight」の実物を数日間にわたって展示し、来場者5500人超から反響を得たという。来場者に「空飛ぶクルマをどのように利用したいか?」と問うアンケートでは、関西空港または大阪中心部から淡路島へ飛びたいという希望が最多で、「車では2〜3時間かかるが、空飛ぶクルマなら8〜10分という僅かな時間で移動できる」という理論上の移動時間短縮が示された。
河野氏はその推定時間に「とても早いですね」と感嘆し、自身の淡路島旅行体験を引き合いに「自動車でアクセスし難い観光地に行きやすくなることで、観光スタイルの在り方そのものが変わる可能性があるのではないか」と指摘した。国山氏も過去にヘリで取材移動を経験したことから「渋滞がないことが本当に魅力の1つ。ヘリコプターの搭乗時は、意外とやることがなく退屈してしまう。これに快適な内装やエンタメが加われば、非日常的な移動体験になる」と、移動時間だけでなく体験価値の重要性を説いた。
さらに、国山氏は「相原氏と太田氏のプレゼンテーションを聞き、想定よりも社会実装が前倒しされているようで本当にワクワクした。社会実装には利用価格が重要だが、アプリで予約して誰もが使える日が思っていたより近い未来に来るのではないか」と、ユーザー目線での期待感を示した。
河野氏は「ある調査会社によると旅客輸送の市場規模は2030年に約700億円と試算されている。市場の立ち上がりは想定よりも早い印象であり、オーバーツーリズムの解消にも貢献できるのでは」と指摘した。これに対して相原氏は「新たな周遊ルートが生まれることで、観光客の分散にもつながる」と応じた。
最後に、司会者から事業の継続性に関する質問が投げかけられると、相原氏は「インフラ整備、観光コンテンツとの連携、既存の交通事業者との協力。この3つを柱に収益化を目指す」と力強く回答。議論を通じて、観光需要や社会課題に応える空飛ぶクルマの将来像が、より具体的に描かれたセッションとなった。
「空の玄関」が描く都市の新たな輪郭
第2部のセッションでは、「空飛ぶクルマの地域導入のカギは、まちづくりの共創」をテーマに、株式会社日建設計 設計監理部門グローバルデザイングループ 兼 都市・社会基盤部門スカイスケープデザインラボ課の渡邉修一氏と、兼松株式会社 車両・航空部門 航空宇宙部第一課 古川裕和氏がパネリストとして登壇し、都市設計者と商社の視点から街と空飛ぶクルマの関係が語られた。
渡邉氏はまず、設計者として“空からのエントランス”を意識したバーティポートや離着陸場の構想を語った。「私が今設計してる建物が実用される時代には、何百機という空飛ぶクルマが飛び交う世界もあり得る」と言い、将来を見据えたスケーラブルな設計の重要性を強調。街づくりとの共創という観点では、「空飛ぶクルマはヘリコプターよりも静かであるという特性から、都市の中に自然と溶け込む存在。従来の空港のように郊外に追いやるのではなく、街の中に“空の玄関”を設けることで、新しい都市体験が生まれる」と語る。さらに、都市の緑や交流スペース、利用者が見て楽しめるターミナル、レストランなどの商業機能を組み込むことで、人が集まって景観と体験が交錯する場所を目指すビジョンを明らかにした。渡邊氏は、「ライブキッチンのように離着陸を楽しめるバーティポートを設計したい。都市に開かれた空間にすることで利用者の五感を刺激する場所になる」と、未来都市のビジョンを示した。
また、初期はVIP向けの高級な運航サービスから始まり、将来的には格安航空会社のような低価格帯での運航も視野に入れた段階的な成長設計が必要だと話す。「建築設計は70〜80年単位で考える必要がある。将来、何百機もの空飛ぶクルマが飛び交う都市を見据えて設計している」と語った。
兼松の古川裕和氏は、商社の視点から「我々は離着陸場を作ること自体を目的としていない。地域に本当に必要な場所を共に考え、持続可能な形で社会実装することを重視している」と語る。兼松は総合商社として多様な商材を扱い、ヘリコプター事業を背景に空飛ぶクルマへの応用を検討してきたという。「空飛ぶクルマのインフラとなる離着陸場の事業開発を中心に、大阪区域における空飛ぶクルマの整備拠点などの検討を行っている」と自身の役割を説明。特に地域の魅力を高める施設づくり、住民にとって必要な場所づくりを重視しており、「離着陸場というと飛行機で言えば空港であり、ヘリコプターで言えばヘリポートに該当する。地域の魅力向上や住民にとって必要な場所を作ることを意識しながら事業開発に取り組んでいる」と述べた。
過去には兵庫県城崎で、温泉旅館組合や観光協会といった地元関係者と話し合いながらビジョンとロードマップを策定した例を挙げ、地域住民と対話して求める使い方や期待をしっかり聞くことが重要だと話す。「地域が受け入れなければインフラは使われない。ビジョンを共有することが鍵」と社会実装の実現に向けた意見を述べた。そして兼松では、神戸港でのウォーターフロント開発や、大阪府の補助金を活用した整備拠点の検討など、空飛ぶクルマに不可欠なバックエンドのインフラ整備にも力を入れていることを明かした。
クロストークに見る“実用化”への現実と理想
ゲストの河野氏は、こうした設計事業の話を受けて、空飛ぶクルマの機体開発が注目されがちではあるが、街づくりを媒介とする「コミュニティ形成」の可能性を持っていることを指摘した。「空飛ぶクルマと聞くと機体をイメージするが、一番インパクトがあるのは空飛ぶクルマに関連した事業への広がり。例えばバーティポートを中心とした街づくりに始まり、コミュニティとして多くの人たちが関わっていくため、その影響力が大きい」と語った。国山氏は、万博会期中の見せ場もさることながら、「大阪・関西万博後にどのように社会実装をしていくのか。その後のプロセスが大事なのでは?」と話し、既存施設の活用の可能性を含めた問いを会場に投げかけた。国山氏は続けて、「TBSに10年間在籍していたが、赤坂のヘリポートとして設けられた“ビッグハット”が使われているのを一度も見たことがない」という自身の経験を話し、「せっかく作っても使われなければ意味がない」と実用性の重要性を訴えた。
河野氏は、すでにヘリポートを有する都市建築物の活用可能性について言及した。一部のホテルのように、屋上などに既存のヘリポート設備を持つ建物が数多く存在する中、空飛ぶクルマの離着陸場としてそれらを転用することが可能かを問いかけた。これに対し渡邉氏は、「実際に兼用したいと考えている事業者は多く、特にホテル業界はその可能性に注目している」と回答。さらに、「例えばインバウンドの観光客が、半日余った時間に急いで空港へ向かうのではなく、ホテルからそのままバーティポートを使って空港へ移動できるようになれば、地域内を少し観光してから空港へ向かうという新たな動線が生まれ、地域経済にも好影響をもたらす」との見解を示した。こうした動きは、空飛ぶクルマの利用が単なる移動手段にとどまらず、観光資源や商業施設との連携によって、街の回遊性と経済循環を促進する起点となることを示唆している。
また、今後新たにバーティポートを建設する際には、各地方都市に眠る未利用地や余剰地の活用が重要となる。河野氏の「地方都市のポテンシャルを活かした土地の利活用は可能か」との問いに対し、渡邉氏は「十分に可能性はある」と述べた上で、「実際に全国各地で空飛ぶクルマの導入に向けた検討が進められており、航空法上の条件も比較的クリアしやすいエリアが多い」と現状を説明した。
「大阪だけではなく、他の都道府県へと広がることで、空飛ぶクルマのネットワークが全国規模で産業として育っていく可能性がある」と渡邉氏は語る。都市の“駅”として機能するバーティポートが、やがて観光地としての顔を持つことで、地域経済の活性化に寄与する未来像が明確に描かれつつある。
さらに、司会者からの「離着陸場の収益モデルはどう描くのか?」という問いに対して、古川氏は「整備、運航、管理それぞれにエコシステムを構築し、商社としての機能を活かして持続可能なビジネスモデルを検討している」と説明。渡邉氏も「スモールスタートから拡張可能な設計を行い、利用が進むごとに柔軟に対応できる空間を目指している」と語った。
これらの話を受けて、共創型の街づくりの鍵として強調されたのは三つある。第一は「行政の関与と制度の土壌」だ。日建設計の渡邉氏は大阪府の委託事業として、バーティポートの整備指針やガイドブックの作成に取り組んでいることを説明した。設計・事業開発に行政との連携が欠かせず、事業開発を後退させない範囲でのルール策定などが必要となる。第二は「住民・地域との合意形成」だ。古川氏が兵庫県の城崎町などの事例で行ってきたように、住民の使い方や景観、騒音など地域固有の課題を取り込むことなしに事業は成立しない。第三は「段階的・スモールスタートの戦略」である。渡邉氏が「最初はスモールスタートになる」「VIPの利用者に対して快適に過ごしてもらえるようなサロン的なターミナルが最初は必要」と述べたように、まずは体験や観光、遊覧用途などで利便性よりも付加価値を重視するステージから始め、その後交通インフラとしてスケールさせていく道筋が描かれている。
未来の都市は「空」から生まれる
全体を通して、繰り返し登壇者たちが強調したのは「共創」の重要性だった。空飛ぶクルマは単なる交通手段ではなく、新しい都市体験をつくる社会インフラとして、行政、民間、地域住民が共に描いていくものだ。渡邉氏が言及した「空の交通は、街づくりそのものだと思っている」というこの言葉は、都市と空が融合する時代の幕開けを象徴していた。
クロストークの最後には、空飛ぶクルマが描く都市の未来について、1部・2部の登壇者全員がそれぞれの視点から展望を語った。
丸紅の相原氏は「地方にも眠っている観光資源は多い。空飛ぶクルマが移動時間の課題を解決すれば、日本全体の観光の質が一段階上がる」と語り、ソラクルの太田氏は「運航を支える整備や交通管制などの仕組みを整備していくことが、今後の鍵になる」と続けた。
兼松の古川氏も「空飛ぶクルマはただの乗り物ではなく、産業そのものを新しく創出するもの。整備拠点からターミナル、観光施設まで、地域に根ざした形で展開していきたい」と語った。
そして、日建設計の渡邉氏が最後にこう締めくくった。
「空の交通は、街づくりそのもの。未来の都市には“空からの玄関”が必要であり、それをどう設計するかが、都市の魅力を大きく左右する」
2025年の万博を契機に、日本、特に大阪府が空飛ぶクルマという新たなモビリティの社会実装をリードし、都市のあり方そのものを変えていく。行政、企業、そして市民が共に創る“空の都市”の未来は、すでに始まっている。
