2026年4月7日、JISDAは、防衛分野における戦術医療、ヒューマンパフォーマンス向上、生体データの活用、認知負荷の低減、CBRN(化学、生物、放射性物質、核)対処等に関する研究開発を推進するコンソーシアム「RESCUE」を設立したと発表した。

 RESCUEは、Resilient Ecosystem for Sensing, Cognition, User Interface, and Enhancementの略称であり、ウクライナをはじめとする実戦環境から得られる知見を学びながら、日本の防衛ニーズに即したソリューションとして育成し、その成果を防災や救急医療、地域医療、ヘルスケア等へ展開していくことを目指す。

 JISDAは、防衛を特殊で閉じた領域としてではなく、最も厳しい条件下で技術と運用を鍛え上げる先行実装領域として位置付けている。通信制約や搬送困難、人員不足、情報過多、極限環境下での判断といった条件に耐えるソリューションは、災害対応や救急搬送、遠隔医療、地域医療、公共安全など幅広い分野への応用可能性を持つとしている。RESCUEは、防衛起点で信頼性と実装性を磨いた技術を、社会全体のレジリエンス向上へ接続するための研究開発・制度形成・市場形成の基盤とする。

JISDA、RESCUEのロゴ

 設立の背景には、ウクライナ紛争における戦場の変化がある。FPVドローンや各種無人機の大量投入によって、戦場の監視密度と打撃精度が高まり、負傷の種類が銃創中心から破片創や爆傷、熱傷、切断へと変化している。また、前線からの後送はドローンの脅威により困難となり、衛生兵が直ちに接触できない状況を前提とした戦術医療への転換が進んでいる。

 こうした環境では一般兵による自己救護・相互救護の重要性が増し、止血だけでなく胸部外傷、爆傷、熱傷、低体温への初期対応までを含めた教育・装備の再設計が必要になる。対面処置だけでなく、通信を通じた遠隔支援、AIによる手順提示、無人機やUGVを活用した医療物資搬送など、救命を支える仕組みそのものが変わりつつある。

 JISDAは、こうした実戦的知見を、日本における防衛・医療・バイオの研究開発に接続する必要があると考えている。防衛の厳しい要求条件を起点に、日本の運用環境に適したソリューションを育成し、その成果を平時・災害時の社会実装へ広げることを目指す。

 防衛分野では限られた時間、資源、通信、人員のなかで、確実に機能する技術が求められることから、そのソリューションは災害現場や救急搬送、孤立地域支援、過疎地医療、在宅・遠隔医療、自治体オペレーションなど、社会のさまざまな場面で高い有用性を持つ。

 日本でも、離島奪還作戦等を想定した場合、上陸部隊が限定空間で常時監視・攻撃に晒され、後送遅延や爆傷・熱傷の増加が生じる可能性がある。こうした状況に対応するためには、IFAK(応急処置キット)の高度化、熱傷・爆傷を含む救護訓練、AI支援を含む前線救命、無人補給を一体で検討するとともに、防衛で培った技術を社会に還元する発想が求められる。

日本の医療装備・バイオ領域の主な課題

  • 戦術医療の設計不足
     自衛隊の戦術医療は、IFAKの設計、補給更新、教育訓練が分断されており、大量出血・気道・胸部外傷への即応を中核に据えた設計が不足している。また、有効期限管理、訓練消耗を含む再補給、実戦条件下での反復訓練も弱く、装備があっても十分に使いこなせないという課題がある。さらに、衛生兵が常に前線にいるとは限らないため、処置手順の提示や優先順位判断を支援するAIエージェントの導入も検討すべき段階にある。
  • 生体データ基盤の欠如
     日本では、生体データを平時から継続取得する慣行と制度が弱く、防衛分野でもデータドリブンな研究開発が進みにくい状況にある。隊員の睡眠、疲労、ストレス、回復度、認知状態を定量把握できれば、睡眠効率向上、精神負荷低減、勤務設計最適化、訓練負荷の個別調整など、研究テーマは広がる。今後は感染症や衛生だけでなく、人間能力の維持・回復・最適化を対象に据える必要がある。
  • AI時代の認知負荷とUI
     AIが現場に組み込まれるほど、運用上の課題は情報不足よりも情報過多へと移っていく。AIの精度だけでなく、隊員や指揮官がその出力を迅速に理解し、優先順位を判断し、意思決定につなげられるかどうかが重要となる。このため、AI研究はUI、認知工学、ヒューマンファクターと一体で進める必要がある。バイオ領域も医療に閉じず、認知負荷や疲労、注意状態を計測し、情報提示を最適化する方向へ広げるべきであり、BMI(脳と機械を接続する技術)はその延長上で認知状態把握やハンズフリー操作に活用余地がある。
  • 化学兵器の証拠保全能力
     化学兵器対処では、防護や除染だけでなく、試料の採取、映像、位置・時刻情報、医療記録、保管履歴などを一体で残す証拠保全能力が重要となる。防衛研究開発においても、検知器材だけでなく、採証手順、保全キット、記録様式、訓練まで含めた整備が求められる。

主な活動内容

  • 各国の衛生兵や実務家、有識者を招いた勉強会・シンポジウムの開催
     ウクライナを含む国内外の知見を継続的に収集し、戦術医療、生体データ、認知支援、無人支援、CBRN対処等に関する最新の運用課題と技術動向を学ぶ場を構築する。
  • 防衛ユースケースを起点とした運用構想・シナリオの策定
     離島防衛、後送困難環境、常時監視下での救命、認知負荷の高い指揮統制環境などを想定し、日本の防衛ニーズに即した運用構想と技術要件を整理する。
  • 防衛起点でのソリューション設計・共同開発
     IFAK高度化、前線救命支援、遠隔医療支援、生体センシング、認知支援UI、無人補給、採証・証拠保全などを対象に、現場で使えるソリューションとして研究開発・実証を進める。
  • 平時・災害時ユースケースへの転用設計と実証
     防衛分野のソリューションを、防災、救急医療、地域医療、遠隔支援、医療アクセス改善、公共安全などへ展開することを見据え、転用可能な要素技術、運用モデル、導入要件を整理し、実証につなげる。
  • 標準化・制度整備・市場形成の推進
     国会議員、防衛省、関係省庁、自治体、医療機関等との対話を通じて、関連技術の標準化、評価指標、運用要件、データガバナンスのルール、研究予算・導入予算のあり方を整理し、防衛起点の技術が社会実装へ接続される制度環境の形成を目指す。防衛技術を他分野へ広げるためのルール形成までを活動範囲に含める。


【重要技術テーマ】

  • 国内外の知見に基づく戦術医療支援技術の更新(UGV等を含む)
  • 生体データの活用/ヒューマンパフォーマンス最適化技術
  • 認知負荷低減UI・意思決定支援技術
  • BMI・ニューロテクノロジー応用技術
  • CBRN検知・採証・証拠保全技術
  • 防衛起点で育成した技術の防災・救急医療・地域医療への展開設計

JISDA代表取締役 國井翔太氏のコメント

 これまでの技術開発は、外部環境をいかに認識するか、いかに精度高く処理するかに重点を置いて進んできました。しかし現場で本当に問題になるのは、環境認識そのもの以上に、その情報を受ける人間の側にどのような制約があるかです。疲労、負荷、注意の限界、判断の遅れ、処置能力のばらつき。こうした条件を無視したままでは、どれだけ優れた技術でも実装には至りません。

 ウクライナから学ぶべきなのは、個別の戦術や装備だけではなく、監視、攻撃、搬送、救命、補給、意思決定が同時に組み替わる環境では、人間を含めたシステム全体を再設計しなければならないという点です。戦術医療、生体データ、認知支援、UI、無人支援といった領域は、別々のテーマに見えて、実際にはひとつの連続した問題を扱っています。

 RESCUEコンソーシアムは、その問題を防衛起点で扱うための基盤です。防衛は最も厳しい条件で技術の有効性が問われる領域ですが、だからこそ、そこで成立するものは他分野にも展開しうる。私たちは、防衛で技術を閉じるのではなく、防衛で鍛えた技術を、防災、救急医療、地域医療、公共安全へ接続していくところまでを構想しています。