2026年9月16日、JISDA(日本技術安全保障戦略機構)は、ウクライナでの継続的な現地調査を踏まえた報告書「前線知レポート vol.2 ウクライナから学ぶ ドローン戦時代の戦術医療」を公開した。約3年間にわたる現地調査に基づいた戦術医療をめぐる環境の変化を共有し、日本の教育、装備、研究開発、制度設計において検討すべき論点を提示している。
無人機の普及により、前線では負傷者のもとへ衛生兵が到達できず、後方の医療施設への搬送が困難になっている。こうした環境での戦術医療を、隊員の生命を守り、部隊の経験や練度、継戦能力を維持する中核的な機能として位置付け、自己救護・相互救護、前線での状態維持、遠隔支援、無人補給などを接続した一体的な体制整備の必要性を提示している。
報告書の概要
報告書では、TCCC(戦術的戦傷救護)やMARCH(救護の優先順位を整理する枠組み)の基本的な考え方を踏まえ、ドローン戦下で救護を実行する条件がどのように変わったかを整理している。
【主な論点】
- 爆傷・破片創・熱傷などを伴う複合的な損傷への対応
- 後送の遅延
- 衛生兵が接触できない状況での自己救護・相互救護
- 遠隔支援や無人補給を含む救命体制の構築
これらを相互に関連する課題として捉え、現場で実行できる能力へと落とし込む必要性を論じている。
また、報告書では人命保護と人的基盤の維持の双方から、戦術医療を防衛力の実効性に関わる課題として提示している。
- 全隊員による自己・相互救護
全隊員への実技教育と反復訓練、IFAK(個人携行救急キット)の構成、携行方法、消耗品の補充や更新を一体で検討する必要性。 - 複合的戦傷と後送遅延を前提とした訓練・支援体制
負傷直後の救護から後方医療への接続までを見通し、前線で必要な資材、人員、支援の検討が重要となる。訓練でも暗所や騒音、通信不良、疲労などを考慮する必要がある。 - 遠隔支援とAIの導入
衛生要員が現場に到達できない場合に備え、通信を通じた支援や情報を提示するAIの活用を検討課題として挙げている。疲労状態の隊員が短時間で理解できるよう、情報の表示方法や操作性など認知工学・人間工学に基づいた研究開発が求められる。 - 無人補給・無人搬送
無人補給・無人搬送を戦術医療の一部として捉え、必要な物資、輸送条件、部隊での受け取りや再補給の手順まで含めた運用設計の必要性を提示している。 - 生体データを活用した身体・認知パフォーマンスの支援
平時から身体・認知状態を把握し、訓練負荷や勤務計画、回復支援の改善につなげる。生体データの活用には、本人の同意や利用目的の限定、データ保護などの制度設計も併せて進める必要がある。 - 現場から接続できる医療記録・証拠の保全体制
化学兵器使用時を含む証拠保全について、医療記録や位置・時刻情報などを記録し、専門機関へ引き継ぐ体制を整えるため、隊員や衛生要員の教育や記録・保管・引き継ぎの仕組みを接続する必要性を提示している。
JISDAは、南西方面や島しょ部といった移動経路や輸送手段が限られる日本では、後方医療への接続が遅れる可能性があり、地理的条件や部隊運用に即した体制を具体化することが重要だとしている。この備えは大規模災害への対応にもつながり、防災・災害医療の分野でも活用が期待される。
戦術医療の研究開発は、医療機器に加え、通信やロボティクス、AI、センサー、保温・保護材料、教育訓練、データ管理など、幅広い産業が関係する。搬送遅延や通信制約、資材不足といった共通課題は、防衛と防災の双方に資する技術開発と実証を進めることができる。
報告書の全文は、JISDAのウェブサイトで公開している。現地調査で得た具体的な手法、装備の仕様、運用上の詳細については情報保全の観点から公開範囲を限定した。
▼前線知レポート vol.2 ウクライナから学ぶ ドローン戦時代の戦術医療
https://www.jisda.jp/files/JISDA_report02.pdf
