2023年5月23日、日本電信電話(以下、NTT)と沖縄科学技術大学院大学(以下、OIST)は、上陸前のカテゴリー5の猛烈な台風直下において、複数地点での大気と海洋の同時観測に成功したことを発表した。

 今回の観測は、2022年夏に「台風11号(ヒンナムノ―)」直下にて実施。台風の中心付近(暴風域内)での気圧の急激な低下や、台風による海水のかき混ぜによる海水温の低下を2カ所(暴風域、強風域)、有義波高(※1)の台風中心付近(暴風域内)での急激な上昇を観測した。

 今後両者は台風予測精度向上に貢献する観測手法の確立と、台風直下での観測データによる大気と海洋の相互作用のメカニズムの解明を目指すとしている。

 台風による災害は、地球温暖化等の気候変動の影響で激甚化しており、近年、大きな課題となっている。台風に対して早期に備えるには、海上で発達する台風の状態を、上陸前に正確に把握する必要がある。しかし、現在は衛星画像などから洋上の台風の強度を推定しており、正確に把握する手法がないという。そのため、気象予報等における台風情報は気象衛星の画像解析等に基づく推定情報であり、予測精度が課題となっている。

 予測精度向上に向けた取り組みとして、国の研究プロジェクトにおいて2017年に航空機を用いた直接観測を実施。同プロジェクトでは、航空機観測データが台風の精度向上に寄与することが示された。

 OISTは、2013年に自律航行する無人の観測機器であるLiquid Robotics社のウェーブグライダー(SV2、以下OISTER)により、カテゴリ4の非常に強い「台風24号(ダナス)」直下の大気と海洋の同時観測に成功している。

 NTTとOISTは、強い台風の過酷な環境における観測の実現に向けて2021年に共同研究を開始。2022年にNTTが新たなウェーブグライダー(SV3、以下せいうちさん)を導入し、2台のウェーブグライダーでの台風観測を実施した。

※1 有義波高:実際の海面の波は1つ1つの波高や周期が均一ではないため、複雑な波の状態を分かりやすく表すために統計量を用いる。ある地点で連続する波を1つずつ観測したとき、波高の高い方から順に全体の1/3の個数の波を選び、これらの波高を平均したものを有義波高と呼ぶ。(気象庁「波浪の知識」より)

2022年7月のせいうちさん命名・進水式の様子。左:せいうちさん、右:OISTER。

 2022年8月28日に南鳥島近海で発生した台風ヒンナムノ―は、西進する間に最低気圧が920hPaまで発達し、勢力が猛烈な台風(カテゴリ5)となった。台風の進路予測を確認し、2台のウェーブグライダーを運航した。

 せいうちさんは台風の中心から最短で約11kmの暴風域(平均風速25m/s以上)、OISTERは約100kmの強風域(平均風速15m/s以上)で、大気と海洋に対して台風に関わる項目を同時観測した(表1)。

表1:主要な観測項目

対象観測項目せいうちさんOISTER台風との関係
大気気圧台風の強度を表す値
海洋海水温台風の勢力と相関
有義波高


図1:観測結果(上段:気圧、中段:海水温、下段:有義波高)

 台風強度に直結する気圧に関しては、せいうちさんでは、暴風域での気圧の急激な変化を捉えることができた(図1上段)。

 今回の実験では台風の強度予測のために重要な情報である、海水温の変化の観測に成功した。海水温の変化は台風へのエネルギー供給に影響し、台風の勢力と相関関係があるため、精緻な強度予測に必須の要素だという。台風の中心に近いせいうちさんでは、海水温の低下(約2℃)がより急激に起きていたことを測定した(図1中段)。

 せいうちさんは最大約9mの波高も観測。風で波が立つことから、波の高さが分かると風の力も推定可能となるため、これまで衛星観測では容易に取得できなかった台風直下の波の情報が得られたことは有用だという(図1下段)。

 また、実験ではウェーブグライダー自体の姿勢や動きに関する挙動データも取得。今後データを解析し、安定して観測を継続できるよう観測装置の改良に役立てるとしている。

 今後、台風観測手法の確立による台風予測精度の向上や、台風のメカニズム解明による台風予測モデルの改善を目指し、上陸前の台風についてより精緻な予測分析を実現するとしている。

Liquid Robotics社のウェーブグライダー。波の動きを推進力に変換して航行する。(Liquid Robotics YouTubeチャンネル)