小型で丸みを帯びた背びれが特徴のマウイイルカは、海の中でも特に希少性が高く、絶滅の危機に瀕している。その数はわずか54頭しか確認されていないという。南太平洋のニュージーランド西海岸沖での刺網漁など、何十年にもわたり行われた漁業活動により、この種のイルカが絶滅寸前の状況となっている。

(写真提供:MAUI63)

 現在、科学者と自然保護活動家が、ドローンとAI、クラウド技術を組み合わせ、この希少な海洋哺乳類に関する研究を進めている。このソリューションは他の生物の研究にも応用できるという。
 近年はAIなどさまざまなテクノロジーを活用し、より効果的に環境保全データを収集し分析しようとする傾向が高まっており、今回の取り組みもこうした手法のひとつである。
 非営利団体MAUI63の科学者と自然保護活動家は、AIなどのツールを活用してマウイイルカの保護を支援している。

調査後の集合写真。左から、MAUI63共同設立者のウィリー・ワン氏、パイロットのヘイリー・ネシア氏、パイロットのピート・カースカレン氏、MAUI63共同設立者のテーン・ヴァン・デル・ブーン氏。(写真提供:MAUI63)

 マウイイルカは、成体の体重が50kg、大きさは最大1.7mと、海洋イルカ科の中でも非常に小さく、極めて見つけにくいイルカである。白、灰色、黒の模様があり、背びれは黒く丸みを帯びている。人間の顔と違って模様には個体差がないため、肉眼で個体を識別することはできない。従来の方法でこうした動きの速い動物を海上で観察し研究するには課題があり、コストもかかる。研究者の間でもマウイイルカの生態はほとんど知られておらず、特に気象条件が悪化する冬の状況はわかっていない。
 そうした中、MAUI63はAIを駆使したドローンでイルカを効率的に見つけ出し、追跡、識別できるという。

 MAUI63は、海洋生物学者のロシェル・コンスタンティン(Rochelle Constantine)教授、テクノロジーとイノベーションのスペシャリストであるテーン・ヴァン・デル・ブーン(Tane van der Boon)氏、ドローン愛好家のウィリー・ワン(Willy Wang)氏によって2018年に結成された。当時マウイイルカの個体数は63頭と推定されていたが、その後54頭まで減少している。

 ヴァン・デル・ブーン氏は、ドローンと機械学習、クラウドコンピューティングを活用してイルカを研究することを思いついたという。マウイイルカのヒレは丸みを帯びており、他のイルカの尖った形のヒレとは異なる。そのため、既存のコンピュータービジョンモデルはマウイイルカの識別に適していなかった。そこでヴァン・デル・ブーン氏はモデルの構築方法を独学で学び、インターネット上の映像からマウイイルカの画像にタグ付けし、識別できるようトレーニングした。その後4年間にわたり開発やテスト、資金調達などに取り組み、ようやくマウイイルカの発見に至った。

ニュージーランド・オークランドのハミルトンズギャップ沖で泳ぐマウイイルカとその子ども。(写真提供:オークランド大学、オレゴン州、自然保護局)

 開発にあたっては、持続可能な社会的影響をもたらすプロジェクトに資金を提供するニュージーランドのCloud and AI Country(クラウドおよびAI立国)計画からの資金援助を受けたほか、Microsoft Philanthropies ANZからのサポートも受けたという。
 同ソリューションは、8K超高精細スチルカメラとフルHDジンバルカメラに、イルカを発見する物体検知モデルを組み合わせ、本来顔認識用に開発されたオープンソースアルゴリズムを統合したもの。Microsoft Azure上にホストされたこのソリューションで、背びれの形や大きさ、傷や特徴などから個体を識別するデータを収集する。

 またMAUI63は、マイクロソフトからの資金提供によってSea Spotterというアプリも開発している。同アプリはAzure Functionsを活用して、マウイイルカの目撃情報を写真でアップロードできるようにしており、AIアルゴリズムによってどの個体かを識別する。自然保護活動家によると、マウイイルカを脅威から保護する方法を把握するには、その生息地を正確に特定することが極めて重要だという。

 マウイイルカの生息地として知られる区域は2008年に海洋生物保護区となり、2020年には保護区が拡張された。そのため、マウイイルカが漁船の網に混獲されるリスクは「極めて低い」とコンスタンティン教授は話す。それでもイルカは保護区の外に出てしまうことがある。
 そこでMAUI63では、漁業会社と協力して統合プロジェクトに取り組み、最終的にはドローンによる目撃情報をリアルタイムで漁船の乗組員に通知しようと考えている。

MAUI63では物体検知コンピュータービジョンモデルを活用し、調査の一環で収集されたドローンの映像からイルカを発見している。(写真提供:MAUI63)

 もう1つの脅威は、猫の糞にいる寄生虫が引き起こすトキソプラズマ症という病気だという。この寄生虫は陸地の流出物から海の食物連鎖に入り込み、海洋哺乳類の死産や死亡の原因となっている。「イルカの普段の居場所がわかれば、トキソプラズマが水に入り込んでいる可能性のある地域を調べ、何らかの対策を講じることができるかもしれません」と、ヴァン・デル・ブーン氏は話す。

 MAUI63が目指しているのは、自然保護に携わる意思決定者に対し、科学的に確実な情報を提供することである。「とにかくデータを収集し、そのデータが必要な人に利用してもらいたいと考えています。MAUI63で保護のあり方を決めるわけではありません。皆それぞれ考え方が異なるため、そこは押さえておくべき点です」とヴァン・デル・ブーン氏は述べている。現時点でMAUI63の活動が絶滅の防止に役立つかどうか定かではないと同氏は話すが、それでもやってみる価値はあると誰もが考えているという。

 MAUI63は、他の海洋生物を扱う団体にも自らの調査内容と技術を提供する計画で、EU環境評議会との南極での潜在的プロジェクトも視野に入れている。