岡山県倉敷市を拠点に、空飛ぶクルマの社会実装およびドローン利活用の推進に取り組むMASC。3月6日、「第8回 航空宇宙ビジネスフォーラムinくらしき」(MASCフォーラム2026)が、同市のくらしき空飛ぶクルマ展示場で開催された。

写真:くらしき空飛ぶクルマてんじじょうの外観
会場のくらしき空飛ぶクルマ展示場は、JR倉敷駅から徒歩約10分。「EH216-S」が常設展示され、東側には有名な観光地である美観地区がある。

 MASCの活動拠点である倉敷市は、水島工業地帯を擁する製造業の集積地である。倉敷商工会議所は、地域企業のものづくり技術の継承と新産業創出の可能性を模索する中で、戦時中(1941〜1945年)に航空機製作所および試験飛行場が存在した歴史に着目した。これを契機に、2017年に航空宇宙産業への参入を目的とした前身組織が設立され、現在のMASCへと発展している。

 2021年には、岡山県笠岡市において中国のエアモビリティメーカーであるEHangのeVTOL機「EH216-S」の国内初飛行を成功させた。その後、瀬戸内地域を中心に全国で120回以上の実証飛行を重ねており、日本における空飛ぶクルマ実証の中核的存在となっている。

写真:展示された「EH216-S」
空飛ぶクルマの展示スペースが設けられ、「EH216-S」が展示された。

 本フォーラムは午前・午後の二部構成で実施された。午前は2025年度事業総括および各部会の活動報告、午後は基調講演や機体メーカーによる発表、さらに協定締結が行われた。

2025年の実証から見る社会実装のリアリティと課題

 午前の部では、MASCの井上峰一理事長が登壇し、地域経済の新たな柱として空の利活用に着目した背景を説明した。「現在は低空域経済圏の夜明けにあたる段階であり、都市部での商用モデル構築と並行して、地方特化型の持続可能なビジネスモデルを確立することが重要です」と述べ、都市と地方の両輪による実装の必要性を強調した。

 続く2025年度事業総括では、3つの重要トピックスが提示された。第一に、「EH216-Sを用いた日本初の運用事例」である。2025年2月に実施した香川県直島での飛行では、海外機体を日本人主体の運航体制で飛行させることに成功。さらに3月には、兵庫県淡路島で太陽光発電による電力を用いた「ゼロエミッション飛行」を国内で初めて成功させている。

 第二に、「大型物流ドローンEH216-Lを活用した災害支援」である。能登半島地震後の復旧・復興フェーズにおいて導入された同機は、最大250kgの搭載能力を有する大型機だ。貨物用の無人航空機(ドローン)であるが、機体重量の観点から空飛ぶクルマに分類される。2025年8月の石川県珠洲市での実証では、支援物資を想定した160kgの砂袋を輸送した。従来のドローン輸送とは比較にならない輸送力が示され、防災分野における新たな可能性が浮き彫りとなった。

写真:展示された「EH216-L」と「EH216-S」
屋外スペースには「EH216-L」(左)、「EH216-S」が並べて展示された。EH216-Lはドローンとはいえ、両機とも大きさに差はほとんどない。EH216-Lの寸法は横幅5.71×奥行き5.72×高さ2.18m。対地高度最大500mで、最高速度時速130kmで飛行できる。
写真:「EH216-L」の貨物室
EH216-Lの貨物室の搭載可能重量は200kg。開口部が大きいので、サイズの大きな物資の積み込みも容易そうだ。

 第三に、「大阪・関西万博に関連した地域連携」である。2025年8月、万博会場で国産の空飛ぶクルマ「SKYDRIVE」が飛行した同日に、尼崎市ではEH216-Sが飛行しており、日本で初めて同日に複数地点で空飛ぶクルマの公開飛行が行われた事例となった。MASCはこれを一過性のイベントに終わらせず、地域経済への実装へとつなげる方針を示している。

 一方、各部会の発表からは、実装に向けた課題も明確になった。ドローン部会では、瀬戸内地域特有の離島物流に関する実証が紹介された。瀬戸内市とは離島物流のほか、防災でのドローン活用にも注力しており、防災協定を結び、消防とともにドローンを利用した防災訓練を実施している。丸山武司理事は、「2025年に実施した岡山県笠岡市から白石島への往復約18kmの輸送ではポータブル電源や衛星通信機器をドローンで運搬しましたが、電波環境や機体性能などの技術的課題が顕在化しました。今後は再現性の向上とコスト削減を加味しながら実装を目指します」と述べた。

 さらに、防災減災ワーキンググループからはより厳しい指摘があった。能登半島地震後、約20か月にわたり現地活動を続けた経験から、ドローン事業者の多くが「飛行技術はあっても現場対応力が不足しています」と森本宏治氏は指摘した。具体的には、自己完結型の物資調達能力や、夜間・悪天候下での運用能力の不足が挙げられる。これを受け、元警察官や自衛官と連携した実践的な防災カリキュラムの開発が進められている。2026年は同カリキュラムの全国展開とEH216-Lを使用した物資輸送の実証が行われる。

 空飛ぶクルマ部会では、中国・合肥市のUAM運用センターの視察報告が行われた。2024年に創設された同施設は空飛ぶクルマの運航管理や保管・整備を行う施設である。最大10機の運用、50機の保管能力を持ち、将来の大規模商用運航を前提としたインフラ施設だ。これに合わせて市内の合肥駱崗公園内には、合肥都市空中交通ハブが設けられている。実際の搭乗体験では、安全確認プロセスを経て約4分間の飛行が行われ、「新たな交通手段として成立する」との評価が示された。

 現在、日本では飛行ごとに国土交通省の許可が必要だが、MASCは瀬戸内沿岸を飛行特区として申請する準備を進めている。これにより実証の効率化と知見蓄積の加速が期待される。また、山梨県の日本航空学園との提携による首都圏近郊での実証フィールドの展開や人材育成構想も進行中である。

どこから使うのか、ユースケース別に見える現実解

 午後の部では、慶應義塾大学大学院SDM研究所の中野冠氏による基調講演「『空飛ぶクルマ』ユースケース毎の課題と方向性」が行われた。

写真:マイクを手に話をする中野氏
慶應義塾大学大学院SDM研究所の中野冠氏。

 空飛ぶクルマは当初、2023年頃の商用化が見込まれていたが、型式証明の遅れにより事業環境が変化していると指摘。そのうえで、まず実現性の高いユースケースを明らかにし、ユースケースごとに異なる課題を解決するため、個別にロードマップを構築する必要性を強調した。

 早期実用化が見込めるユースケースとして提示されたのは、遊覧飛行、都市型エアタクシー、富裕層・企業所有、公的利用、物流の5つである。

  • 遊覧飛行
     拠点集約型で悪天候時に飛行させる必要がないため、パイロットの人件費といったコストの圧縮を図ることができ、導入しやすい一方、機体数不足が課題だ。
  • 都市型エアタクシー
     注目度が高く、自治体からの補助金も期待できる。しかし、日本では公共交通が充実しており需要創出が課題となる。
  • 富裕層・企業利用
     国内約6000社の潜在市場が指摘され、導入初期市場としての現実性が高い。企業利用の観点では、工場間の移動に対するニーズがあるという。自家用および企業利用において、導入当初はパイロットの搭乗が必須になる見通しのため、その人材確保が求められる。
  • 公的利用
     医療・災害対応への期待が大きい。ドクターヘリに比べ、騒音やダウンウォッシュ(吹き下ろしの風)が小さく、小型な機体は利点となる。また、専門医の巡回や患者の転院搬送などにも利用できることから、医師不足の解消にも期待されているが、法制度整備が必要となる。
  • 物流分野
     大型機の優位性があるものの、コスト面で中国製機体への依存が課題となっており、無操縦者航空機のルール整備も必要とされる。
写真:各分野の空飛ぶクルマ早期実現の可能性を示した図
早期の事業化が見込まれる空飛ぶクルマの分野。オレンジ色の分野が早いと考えられる。

機体開発と事業化に向けた各社の戦略が示す現在地

 続く機体メーカーセッションでは、SkyDrive、テトラ・アビエーション、AutoFlight、EHang、Eve Air Mobilityが登壇。SkyDriveの福澤知浩CEOは、瀬戸内地域に近接する山口県において最も多くの飛行試験を実施している点を強調した。そのうえで、機体導入初期においてはMASCとの連携を図りながら、地方における遊覧飛行や移動手段としての活用を進めていきたいとの方針を示した。

写真:モニターに映った「Matrix」
AutoFlightが開発する世界初の5トン級電動垂直離着陸機(eVTOL)「Matrix」。

 AutoFlightは、航続距離1500km・10人乗りという高性能機体の開発を進めていることを紹介。またEHangは、MASCとの協力関係のもと、運航人材の育成を含めた実運用体制の構築に取り組む方針を示した。

写真:話をする中井氏
テトラ・アビエーション 中井 佑 代表取締役。

 テトラ・アビエーションからは、中井佑代表取締役が登壇し、現在開発中の機体「teTra Mk-7」を紹介。同機は「100kmを30分で移動する空飛ぶクルマ」をコンセプトとしており、新幹線と同等の速度性能を持つ。さらに、ヘリコプターと比較して騒音を75%低減、CO₂排出量を80%削減する環境性能を備えた2人乗り機体である。導入初期は米国市場における富裕層およびスポーツ用途向けに販売を開始し、将来的には量産化によるコスト低減を通じて、過疎地域の医療やインフラ維持といった社会課題の解決への貢献を目指すとしている。

写真:モニターに映った「teTra Mk-7」
テトラ・アビエーションが手掛ける最新機体「teTra Mk-7」はリフト・クルーズ型。

 Eve Air Mobilityからは森巧氏に加え、ヘリコプターおよび空飛ぶクルマの運航事業を手掛けるAirXの藤園光英氏が登壇した。Eveは、ブラジルの航空機メーカーであるエンブラエルを親会社に持ち、最大航続距離100km、最大乗客数4人のリフト・クルーズ型eVTOL機を開発中である。2027年にはブラジルにおける型式証明取得を目指している。すでにAirXが最大50機を発注しており、今後は大分県などとの連携を通じて、既存のヘリコプター運用からeVTOLへの円滑な移行を図る方針が示された。

写真:モニターに映ったEve Air Mobilityが開発する空飛ぶクルマ
Eve Air Mobilityが開発する空飛ぶクルマもリフト・クルーズ型で、航続距離の伸長を狙う。
写真:モニターに映ったAirXの構想
AirXはEve Air Mobilityの機体を購入し、2029年の商用飛行を目指す。

普及のカギは“路線設計”、ネットワーク化が鍵を握る普及戦略

 ビジネス開発セッションでは、三菱総合研究所の大木孝氏が「空飛ぶクルマの地域ビジネス展開に向けて」と題して講演した。機体開発の動向として、自律化による遠隔監視型の複数機運航、2030年前後の商用化を見据えた航続距離数百km級のハイブリッド化、さらにEVと共通規格の充電インフラや5G通信の活用が進んでいる点を挙げた。

 また、日本各地で進む実証実験にも言及。特に2026年2月に東京ビッグサイトで実施された実証については、小型バーティポートの設置や顔認証チェックインの導入など、実運用を見据えたオペレーション検証に重点を置いた点を評価し、「低コストで設置可能なターミナルの有効性を示した意義は大きい」と述べた。

 さらに、国のロードマップ改定において検討が進む「路線のネットワーク化」を踏まえ、短距離路線を高密度に配置して機体の稼働率を高めることが重要だと指摘。そのうえで、既存の公共交通が手薄なエリアに長距離路線を組み合わせることで移動効率と時間価値を高めることが、普及の鍵になるとした。瀬戸内地域は海や山を越える移動ニーズが多く、こうしたモデルに適した高いポテンシャルを有すると分析している。

導入フェーズへ加速――機体購入と具体化するロードマップ

 フォーラム終盤では、新たな協定が発表された。MASCはSkyDriveの機体を2機導入し、2028年の商用運航開始を目指す。牛窓〜小豆島、宇野〜直島といった瀬戸内エリアでの具体的な航路設定に加え、ものづくり分野での企業連携も進める方針である。SkyDriveの村井宏行事業開発本部長は、「笠岡市を起点に岡山エリアでの利用を広げ、順次各地へ展開していきます」と述べた。

 また、テトラ・アビエーションとはteTra Mk-7を1機導入することで合意。倉敷を拠点に、100kmを30分で移動できる性能を活かし、観光用途での活用を目指す。

 さらに、「MASC中長期戦略2026-2034」として、2028年の商用化、2030年の本格運用、2034年のバーティポート網とコリドー整備の実現を掲げた。

集合写真
空飛ぶクルマ関連だけでなく、宇宙・衛星分野や大阪における観光についての講演も扱われた。

地元はまだ半信半疑?社会受容という最後のハードル

 フォーラム前日に訪れた展示場にほど近い飲食店では、空飛ぶクルマ展示場に「人が入っているところを見たことがない」といった声があがり、倉敷市の地元経済界でも空飛ぶクルマに対して懐疑的な意見があるという話を耳にした。MASCとしてもテレビ番組での取り上げや修学旅行生の誘致などを通じて展示場や空飛ぶクルマの認知度向上を進めているが、まだまだ地元が総意を上げて空飛ぶクルマの普及に取り組んでいるという状況ではないのが実情のようだ。

 だが、フォーラムは「瀬戸内地方に空飛ぶクルマを導入し、地域経済を活性したい」という事業者や参加者たちによる熱気に溢れていた。展示場にはEH216-Sが2機、EH216-Lが1機展示されるなど、なかなかお目にかかれない光景が展開され、ここが日本の空飛ぶクルマの最先端という印象を受けた。空飛ぶクルマの社会実装は都市部からという考えもあるが、地方での取り組みからも目を離してはならないと実感したフォーラムとなった。