一般的なバッテリー式ドローンより長時間飛行できる可能性を持つ水素燃料電池ドローン。現在、ロボデックスは水素燃料電池を搭載した産業用ドローンの次世代機開発を進めているが、その土台となったのが「Aigis One」だ。同社の水素燃料電池ドローンの開発は2010年代半ばまでさかのぼり、既存機に燃料電池を搭載した実験から、機体の専用設計、飛行制御、安全性の確保、さらに前例の少なかった制度への対応を積み重ねてきた。
Aigis Oneは、水素燃料電池ドローンの大量普及を実現した完成形というわけではない。それでも、研究段階にあった水素燃料電池ドローンを、実証や業務利用を見据えてユーザーに提供できる製品へと進めた意味は大きい。ロボデックスはなぜ水素燃料電池ドローンの開発を継続し、どのような壁を越えてAigis Oneにたどり着いたのか。代表の貝應大介氏に、その開発の歩みを聞いた。
「20分の壁」を越えるために選んだ水素
貝應氏が水素燃料電池ドローンの開発を始めたのは2015年ごろ。当時、貝應氏は前職で水素燃料電池を搭載したドローンの研究に取り組み、2017~2018年ごろにはDJI社の大型機「Matrice 600(M600)」に燃料電池を搭載した試験機を手掛けていたという。当初から「水素を使うこと」自体が目的だったわけではない。根底にあったのは、産業用ドローンをもっと長く飛ばしたいという課題意識だった。「DJI社が進出していない市場はどこだろうということと、ドローンを社会実装したいということ。その両方を考えたときに水素がありました」と貝應氏は振り返る。
当時のドローンは15~20分程度の飛行時間も珍しくなく、この制約は実際の現場で大きな問題になる。貝應氏は災害関連の現場や訓練にも携わるなかで、その難しさを実感していたという。機体を離陸させ、関係者が映像を確認する。そこから「もう少し右を見たい」「別の場所を確認したい」といった要望が出始めるころには、すでにバッテリー残量を気にしなければならない。特に災害対応のように、その場で状況を見ながら判断する用途では、20~30分という飛行時間が運用そのものを制約していた。
ロボデックスの創業当初には、長時間飛行を実現する手段としてガソリンエンジン式も検討した。しかし、エンジンの調整や始動などに手間がかかり、日常的な産業利用には扱いにくい。そこで、長時間飛行と運用性を両立できる可能性がある方式として、水素燃料電池を掘り下げていった。
第一の壁――燃料電池を載せるだけでは、長時間飛行できない
水素燃料電池ドローンの開発が難航した一つ目の壁は、燃料電池とドローンを組み合わせることそのものにあった。
初期の試験機では、M600からバッテリーを外し、その代わりに燃料電池から電力を供給するところから開発を始めた。これで水素をエネルギー源として飛行させることはできる。しかし、長時間にわたって安定して飛ばし、業務で繰り返し使える機体にするには、さらに踏み込んだ開発が必要だった。
マルチコプターは姿勢制御や上昇・下降のたびにモーターの出力が細かく変化し、瞬間的に大きな電力を必要とする。一方、燃料電池は比較的安定した出力で運転することが望ましい。ドローン側が要求する急激な負荷変動をそのまま燃料電池に受け持たせれば、安定した性能を引き出しにくく、燃料電池への負担も大きくなる。そこでロボデックスは、燃料電池側の出力追従性を高めるとともに、別の電池で瞬間的な出力を補う仕組みを組み合わせ、さらにフライトコントローラーにも手を加えていった。単に電源をバッテリーから燃料電池へ置き換えるのではなく、「燃料電池が得意な電力の出し方」と「マルチコプターが必要とする電力」をどうつなぐかが重要だった。
この技術開発を進めるうえで大きな役割を果たしたのが、英国の燃料電池メーカーIntelligent Energy社との取り組みだった。当時、複数の燃料電池が存在するなかで、貝應氏は同社の製品がドローンに必要な出力と効率のバランスを持っていたと振り返る。ロボデックス側は同社の2.4kW級プロトタイプの供給を受け、実際のドローンに搭載して飛行試験を重ねた。実機を飛ばし続けたからこそ見えてきた課題もあった。ベンチ上の試験では問題なくても、屋外では気温や飛行条件が変化する。福島などの低温環境で飛ばした際には、想定した出力を得られないケースも経験したという。そうした実飛行で得られた結果をIntelligent Energy社へフィードバックしながら、燃料電池をドローンで使うための検証を積み重ねていったのだ。
「ドローンの特徴と、水素燃料電池の理解を併せ持っている必要がありました。どちらかだけ分かっていても、統合するのは難しいでしょう」と貝應氏は話す。
この過程で蓄積されたのは、燃料電池単体の知識でも、ドローン単体の設計技術でもない。両者を組み合わせて長時間飛行させるための制御や機体設計、さらに飛ばし方まで含めたノウハウだった。
第二の壁――高圧水素タンクを「安全に飛ばす」
もう一つ、大きな技術的ハードルとなったのが高圧水素タンクだった。既存機を使った試験からAigis Oneへ移行するにあたり、ロボデックスは燃料電池と水素タンクを搭載することを前提に、機体を一から設計した。飛行性能だけを考えて部品を配置すればよいわけではない。水素を高圧で貯蔵するタンクを空中へ持ち上げる以上、万一機体が墜落した場合でもタンクの安全性を確保できる構造が求められる。そのためAigis Oneでは、水素タンクを機体上部に配置している。タンクを機体下部へ配置すると、墜落時に機体重量がタンクへ直接加わる可能性がある。上部に置くことで機体構造そのものが先に衝撃を受け、タンクへのダメージを抑える考え方だ。
同時に、燃料電池は外部から空気を取り込み、排気する必要があるため、機体内部のエアフローも考えなければならない。燃料電池をむき出しにすれば吸排気は容易になる一方、ドローンの離着陸時にはプロペラが地上の砂ぼこりや異物を巻き上げる。燃料電池を保護しながら十分な空気を取り込むことと、タンクの安全性、重心バランスを一つの機体の中で成立させる必要があった。しかし、安全な位置にタンクを載せる設計だけでは十分ではない。経済産業大臣の特別認可(以下、大臣特認)を得るためには、タンク自体が衝撃を受けても安全性を維持できることを、客観的なデータで示さなければならなかった。
ここで開発を支えたのが帝人エンジニアリングだった。貝應氏によれば、同社の協力を得て、車両の衝突試験に用いるような装置でタンクをさまざまな方向から衝突させる試験を実施。その後、再び圧力を加え、漏えいが生じないことを確認するなど、安全性を示すデータを積み上げていった。
「帝人エンジニアリングが、ドローン用高圧タンクの安全性をかなり追求してくれました」と貝應氏は振り返る。
ロボデックスが水素燃料電池とドローンを統合する技術を蓄積する一方、高圧ガス容器の専門技術を持つ企業の協力を得て安全性を証明する。この組み合わせがなければ、機体を飛ばす技術があってもAigis Oneを製品へ近づけることは難しかった。
第三の壁――「前例がない」制度を一つずつ整える
機体と水素タンクの安全性を確保しても、それだけでは業務で飛ばせる製品にはならない。Aigis Oneの開発をさらに難しくしたのは、参考にできる既存製品だけでなく、高圧水素タンクを搭載したドローンを運用するための制度上の前例そのものがほとんどなかったことだ。
一般的なドローンであれば、航空法をはじめ既存の制度や飛行ルールの枠組みがあり、メーカーはその条件を踏まえて機体や運用方法を設計できる。一方、水素燃料電池ドローンでは、機体を開発するだけでなく「高圧水素を積んだドローンをどのような条件なら安全に飛ばせるのか」という仕組みから整理する必要があった。国内で水素燃料電池ドローンを製品として提供するところまで進めた例がほとんどないなか、ロボデックスは機体開発と並行して制度づくりにも向き合うことになった。
ロボデックス設立後の2019年、同社は福島ロボットテストフィールドで水素燃料電池ドローンを飛行させた。当時は、高圧水素タンクを搭載したドローンをどのような基準で扱えばよいのか、制度面でも前例がほとんどなかったという。
飛行後、ロボデックスには経済産業省から連絡が入った。貝應氏は当初、問題を指摘されるのではないかと考えたという。しかし実際には、国側でも高圧ガスを搭載したドローンを安全に飛行させるための基準が検討されており、ロボデックスもその議論に加わることになった。その後、アカデミアや企業などが参加するワーキンググループで、水素燃料電池ドローンを安全に運用するための考え方について議論を重ねた。そして最初の大臣特認を取得するまでには、足掛け1年以上を要したという。
審査は書類を提出すれば終わるわけではない。高圧ガス保安協会(KHK)の担当者が技術内容を理解し、その先の専門家から質問を受けても説明できなければならず、安全性を一つずつ詰める必要があったという。前述したタンクの衝突試験も、そのための重要な根拠となった。
「前例がないので、一つずつ納得してもらわなければ先へ進めませんでした」と貝應氏は振り返る。一方で、国や関係機関も新しい技術を一律に規制するのではなく、安全性を担保しながら利用できる仕組みを作る方向で対応してくれたという。
最初の大臣特認で認められた運用条件は限定的だった。ロボデックスが所有する機体を同社のスタッフが操縦し、指定された場所で飛行させるというものだ。技術的には飛行できても、このままでは顧客へ販売して自由に利用してもらうことはできない。そこで同社は条件を段階的に広げていった。現在は、ロボデックスが適切な教育を行い、必要な技量があると判断したユーザーも飛行できる仕組みまで整えたという。
水素燃料電池ドローンを「飛ばせる」ことと、「ユーザーが使える」ことは同じではない。Aigis Oneの製品化では、機体の完成と並行して、その機体を実際の現場へ持ち出すための制度まで整える必要があった。
Aigis Oneが築いたのは、次へ進むための土台
Aigis Oneはこれまで研究機関や企業などへ納入され、実証や用途検証に使われてきた。ただし、Aigis Oneを大量生産して広く販売することだけがロボデックスの目的だったわけではない。
同社が重視していたのは、実際に飛行できる水素燃料電池ドローンを現場へ持ち込み、顧客とともにPoC(概念実証)を行い、「長時間飛べることで何が変わるのか」を確かめることだった。水素供給の環境が十分に整っていない段階では、納入後の飛行にロボデックスのスタッフが同行し、水素の準備を含めて運用を支援するケースも多かったという。貝應氏はAigis Oneを開発した理由について、「まず認可をきちんと取得し、バッテリー式と同じように飛ばせる環境まで持っていく必要がありました」と説明する。
水素供給のインフラが整うまで機体開発を待つのではなく、まず実際に使える機体を作る。機体が存在することで初めて、ユーザーは具体的な用途を検討でき、水素供給や運用方法といった次の課題についても議論が始まる。その意味でAigis Oneは、水素燃料電池ドローンの完成形ではない。
Intelligent Energy社との取り組みを通じて燃料電池を実際のドローンで使うための検証を重ね、帝人エンジニアリングなどの協力を得ながら高圧水素タンクの安全性を立証する。そして、前例の少ない制度にも一つずつ向き合い、ロボデックス以外のユーザーが利用できるところまで環境を整えた。
こうした一連の取り組みによって、ロボデックスは水素燃料電池ドローンを「水素で飛んだ実験機」から「業務利用を検討できる製品」へと進めてきた。そこで得られた技術、制度、運用の知見は、現在開発を進めている次世代の水素燃料電池ドローンへと受け継がれている。Aigis Oneは大量普及を実現した最終回答ではなく、水素燃料電池ドローンを次の段階へ進めるための土台を築いた機体だったといえる。
