日本航空(JAL)は9月11日、東京・羽田空港の格納庫で、完全自動飛行ドローンを使った旅客機の機体外観検査のデモ飛行を報道関係者に公開した。使用したのは、フランス・トゥールーズに本社を置くDonecle社(ドネクル)が開発した航空機整備用ドローン「Iris GVI(アイリスGVI)」。
JALは2026年6月末から、従来の整備士による目視検査とドローンで撮影した画像を比較し、実運用に向けた検証を進めている。航空機メーカーの整備マニュアルで認められた完全自動飛行ドローンを活用し、機体外観検査の実機検証を行う取り組みは国内初だという。
高所作業を減らし、5~11時間の検査を2~3時間へ
航空機の目視外観検査は、機体表面の傷や腐食、塗膜の剥がれなどを整備士が目視で確認し、機体の構造や外観の健全性を確認する作業だ。整備マニュアルで定められた間隔に従って実施され、例えばボーイング737-800型機の主翼前縁にあるスラットでは、約2~3年ごとに検査を行うという。
機体上部や垂直尾翼などを確認する際には、高所作業車を機体のそばに配置し、作業位置まで台車を上げて検査した後、再び下げて移動する作業を繰り返す必要がある。機種や検査内容によるものの、こうした従来の検査には1機あたり5~11時間程度を要する。一方、Iris GVIを使用する場合は、ドローンのセットアップ後、機体の周囲を自動飛行させて画像を撮影し、その画像を整備士が確認する。JALではセットアップから撮影、画像確認まで含めて2~3時間程度で完了すると見込んでおり、工数では約60%の削減効果を想定している。
JALが導入効果として挙げるのは、作業効率だけではない。高所作業をドローンに置き換えることで転落などのリスクを減らせるほか、同じ条件で高解像度画像を取得することで検査品質を標準化できるとしている。さらに、検査時間を短縮できれば、突発的な不具合が発生した機体を早期に運航へ復帰させ、遅延や欠航の抑制にもつながる可能性がある。検査で削減した時間を、故障する前に部品交換などを行う予測整備に充てることも想定している。
GPSを使わず、LiDARで機体との距離を測りながら自動飛行
Iris GVIは、全長855mm、全幅855mm、全高245mm、バッテリーを含む重量3.7kgのクアッドコプターだ。
特徴は、GPSやパイロットによる操縦を必要としない完全自動飛行にある。カメラとLiDARを搭載し、レーザーによる自己位置推定と障害物検知を行いながら、あらかじめ設定された飛行経路に沿って機体周囲を飛行する。事前にクラウドへアップロードした航空機データを基に、航空機との接触を避けながら約2mまで接近し、機体表面を高解像度カメラで撮影する。
一部のセットアップを除けば、専用のノートPCから飛行を開始できる。操作者が手動で機体を撮影する方式ではないため、操縦技能によって撮影位置や画角が変わりにくく、一定の条件で画像を取得できる点も航空機整備との相性が良いという。
デモ飛行では全長39.5mのボーイング737-800型機を使用した。Iris GVIは約14分間にわたって機体周辺を飛行し、垂直尾翼を含む機体左側を中心に428枚の画像を撮影した。737-800型機の機体全体を検査する場合は、1機あたり800~900枚程度を撮影する。撮影画像は飛行中から順次ノートPCへ転送され、着陸後も残りのデータ転送が続く。
800~900枚を整備士が確認、損傷位置や大きさの記録も可能
撮影した画像の確認や管理には、Donecle社の専用システム「Iris Report」を使用する。画面には航空機の3Dモデルが表示され、ドローンが撮影した位置と画像がひも付けられる。確認したい機体部分を3Dモデル上で選択すると、その場所を撮影した画像へアクセスできる仕組みだ。画像の確認が終わった箇所を表示上で識別できるため、検査の進捗も把握できる。
航空機の機体表面は、整備マニュアル上でフレームやストリンガーなどを基準に位置が管理されている。Iris Reportでは撮影画像が機体のどの位置に当たるのかを表示でき、損傷箇所の位置特定を補助する。さらに、腐食、亀裂、塗装剥がれなど不具合の種類をデータとして登録できるほか、画像上で損傷部分を指定し、縦横の寸法を計測する機能も備えている。画像の明るさなどを調整しながら確認することもでき、撮影画像では機体表面のリベットの状態まで確認できるという。一方、画像解析機能を備えているからといって、現時点でAIが整備士に代わって機体の合否を判断するわけではない。
JALの検証では、撮影した800~900枚程度の画像を整備士が1枚ずつ確認する。画像解析によって不具合の可能性がある箇所を示す機能などは備えているものの、「問題なし」とAIが判断した画像を自動的に検査対象から除外する運用は行っていない。あくまで整備士が画像を確認し、不具合が疑われる箇所を特定したうえで、必要に応じて実機を直接確認し、修理などの対応を行う。
従来の目視外観検査では、整備士がその場で機体を確認して判断し、すべての箇所を写真として残しているわけではない。ドローンを活用すれば、撮影画像や過去の検査結果をデジタルデータとして蓄積できるため、検査のトレーサビリティーを高められることも利点となる。
737-800や777、A320シリーズで整備マニュアルに採用
Donecle社によると、同社の技術は世界で3,000件を超える航空機検査に使用されている。Iris GVIは航空機メーカーの整備マニュアルにも掲載されており、JALの説明では、ボーイング737-800型機と777型機では機体外観の一般目視検査、エアバスA320シリーズでは被雷検査に利用できる。JALが運航する787やA350についても、将来的な対応拡大が見込まれているという。Donecle社は、ドローンによる画像取得から解析、レポート作成、クラウド上での履歴管理までを一つのデジタルワークフローとして提供している。
JALは過去にも別のドローンを使って航空機検査への活用を検討したことがある。しかし、実際の整備作業として使用するには、航空機メーカーの整備マニュアルにドローンを使った検査方法が認められていることが大きな条件となる。今回の機種選定では、Donecle社以外にも整備マニュアルで認められたドローンメーカーを比較した。そのうえで、使いやすさや実際の運用性などを総合的に検討し、Iris GVIを選定したという。
月4回程度のペースで目視検査と比較
JALとDonecle社は2026年3月から検証プロジェクトを開始した。当初は社内オペレーターの養成や飛行のための運用体制構築を進め、6月末から実機を使った検証へ移行している。
現在は月4回程度のペースでIris GVIを飛行させている。JALの格納庫内にある各駐機エリアで飛行・撮影できることや、訓練を受けた複数のオペレーターが同じ品質の画像を取得できることなどを確認したという。また、従来の目視検査とドローンで撮影した画像による検査を並行して行い、目視検査と同等の検査ができるかを検証している。このため、現時点では「試験導入」ではなく、本格導入に向けた検証段階という位置付けだ。ドローン検査だけで従来の目視検査を置き換えているわけではなく、本格導入の時期も決まっていない。
9月からは用途拡大に向け、機体塗装の状態を継続的に記録するモニタリングの検証も開始した。今年度中には、落雷を受けた機体に対する突発的な被雷検査や、部品脱落対策に向けたモニタリングについても検証を進める計画だ。
屋外で使えなければ、被雷検査で時間短縮効果が薄れる
実用化に向けた課題の一つが飛行場所だ。現在の検証は羽田空港の格納庫内で実施しており、飛行時には格納庫の扉を全閉する。JALによると、この扉を閉める作業自体にも時間がかかるという。一方、落雷やバードストライクなどによる突発的な外観検査は、通常、機体が駐機している場所で速やかに確認する必要がある。現状の方法でIris GVIを使用する場合には、機体を格納庫まで移動させ、格納庫内へ収容したうえで扉を閉めなければならない。JALによると、機体を格納庫へ移動させるだけでも1~2時間程度かかる場合があり、さらに扉を閉める時間も必要になる。このため、ドローンによる検査そのものを短時間で終えられても、被雷検査全体で見れば時間短縮のメリットが薄れる可能性がある。
JALが将来的に屋外飛行を目指す理由もここにある。ただし、羽田空港の屋外でドローンを飛行させる場合、航空法上の空港周辺における飛行に関する手続きが必要になる。さらに東京国際空港は小型無人機等飛行禁止法の対象空港でもあり、航空法とは別の手続きも必要となる。JALは国土交通省と情報交換を行いながら、将来的な運用拡大に向けた検討を進めているとしている。
人手不足を見据え、整備業務の省人化を進めるJAL
JALがドローン導入を進める背景には、将来的な整備士不足への対応もある。インバウンド需要の増加などによって取り扱う航空機が増えているほか、JALグループでは海外航空会社の機体ハンドリングなども手がけている。限られた人員で作業量の増加に対応するため、整備やグランドハンドリングを含め、省人化や作業効率化を進めているという。
JALは8月には成田空港で航空機の洗浄作業を支援する機体洗浄ロボットも導入しており、航空機整備の各工程で機械化・自動化を進めている。JALの担当者は「ドローンによる機体検査は効率化のほか、転落などから整備士を守り、安全性を高めるという意味もあります。課題はありますが、それを一つ一つ解決しながらドローンの導入を進めていきます」と話した。
