2026年3月、「空の移動革命に向けたロードマップ」の改訂案が公開された。国土交通省と経済産業省が主導し、産業界や学術界も参画する「空の移動革命に向けた官民協議会」が取りまとめたもので、改訂は2022年以来となる。
▼国土交通省-空の移動革命に向けた官民協議会(第12回)
https://www.mlit.go.jp/koku/koku_tk10_000137.html
今回の改訂は、大阪・関西万博後を見据え、空飛ぶクルマを実際に社会実装していくための方向性を改めて示したものだ。従来版では、万博をひとつの節目として、2020年代後半から商用飛行を拡大していく将来像が描かれていた。しかし実際には、万博での運航は当初想定された来場者輸送ではなく、実証飛行の展示にとどまった。つまり、開発や制度整備は当初の想定より遅れている。
一方で、今回の改訂版ロードマップは単なる後ろ倒しではない。大阪・関西万博で得られた知見や、機体開発、制度整備、離着陸場、航空交通管理、サプライチェーン構築といった現実的な課題を踏まえ、より実装に近い形へと整理し直された点に意味がある。
本稿では、2022年に公表された従来版ロードマップと、今回の改訂版ロードマップを比較しながら、何が変わったのか、そして空飛ぶクルマの社会実装に向けた見通しを読み解く。
https:/www.mlit.go.jp/koku/content/001991336.pdf
運用概念「ConOps」を軸に、実装までの段階を明確化
https:/www.mlit.go.jp/koku/content/001991556.pdf
今回の改訂で新たに重要な位置づけとなったのが、「ConOps」と呼ばれる運用概念である。ConOpsは「Concept of Operations」の略称で、官民協議会の資料では、我が国における空飛ぶクルマの実現とさらなる運用拡大に向け、参入を検討する業界関係者に必要な情報を提供し、関係者間で認識を共有することを目的に作成されたものと定義されている。ConOpsは2023年3月に第1版、2024年4月に第1版改訂Aが発行され、2026年3月にも改定案が示された。今回のロードマップ改訂では、このConOpsの考え方と整合する形で、空飛ぶクルマの導入プロセスが整理されている。
ConOpsでは、空飛ぶクルマの導入を年代ごとの「フェーズ」で示している。2020年代中期はフェーズ0とされ、商用飛行に先立って試験飛行や実証飛行を行う段階に位置づけられる。2020年代後半はフェーズ1であり、操縦者が搭乗して旅客を輸送するケースや、遠隔操縦による荷物輸送を、低密度で商用運航として開始する段階とされる。
2030年代からはフェーズ2へ移行する。ここでは、操縦者が搭乗する運航や遠隔操縦を前提としながら、中~高密度の運航実現を目指す。さらに2040年代以降のフェーズ3では、自動・自律運航を活用しながら、高密度な運航を確立する構想が描かれている。
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もちろん、機体や関連技術の開発、空飛ぶクルマの航路となる「AAMルート」や「AAMコリドー」の整備、周知、制度設計には時間がかかる。必ずしもConOpsが示す通りに進むとは限らない。しかし、ロードマップがConOpsと結びついたことで、空飛ぶクルマの社会実装に向けた道筋は従来より具体的になった。今回の改訂は、構想段階から運用設計の段階へ一歩進んだものといえる。
2027年/2028年以降の商用運航開始を明記
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改訂版ロードマップでは、従来版と比べて各項目の実現時期が3~5年程度後ろ倒しになっている。これは、2025年の大阪・関西万博で、当初想定されていた空飛ぶクルマによる来場者輸送が実現せず、実証飛行の展示にとどまったことからも分かるように、機体開発や制度整備が想定より遅れているためだ。ただし、この後ろ倒しは悲観的に捉えるだけではない。むしろ、万博で得られた知見と現実の進捗を踏まえ、実現性を高めるための発展的な改訂と見るべきだろう。
利活用の分野では、従来版ロードマップで「人の移動」「物の移動」と分けられていた項目が、改訂版では「大都市圏」「地方部」「公的利用」といった利用シーン別に再整理された。そして、2027年/2028年以降に「商用運航開始」と明記された点が大きな変更点である。従来版では、都市における二次交通、地方における観光・二次交通といった表現にとどまっていた。これに対し改訂版では、2020年代後半、すなわちConOpsのフェーズ1の段階で、大都市圏における限定的な二地点間運航や遊覧飛行を開始するとしている。地方部でも遊覧飛行に加え、貨物輸送の実証を進める方針が示された。さらに、空港アクセスについても運用検証を始め、一部では先行的な運航も開始するとしている。
2030年代に入ると、大都市圏では都市間・都市内での運航や遊覧飛行を拡大し、空港アクセスにも段階的に導入していく。地方部では、観光地や空港へのアクセス、貨物輸送サービスを展開し、輸送ネットワークを徐々に広げる構想だ。
2040年代以降には、「日常生活における自由な空の移動が当たり前の社会の実現」を掲げている。従来版では2030年代以降を大まかに完成期としていたが、改訂版では2030年代前半を「成長期」、2030年代後半を「成熟期」、2040年代以降を「完成期」と細分化した。将来像をより長い時間軸で捉え直し、段階的な普及を前提にした点が今回の特徴である。
航空交通管理、バーティポート、制度整備を仕切り直し
環境整備の分野でも、改訂版ロードマップは現実的な見直しを行っている。従来版では、2020年代後半に技術動向や利活用の進展に応じて制度を見直すとされていた。しかし実際には、従来版で2020年代前半ごろに実施するとされた「機体の安全性の基準整備」や「技能証明の基準整備」について、大きな進展が見られていない。
そのため改訂版では、2020年代後半から改めて、需要に応じた機体基準の整備や、航空従事者の拡大に向けた基準整備に取り組むとしている。これは、商用運航に向けた制度整備を加速させるための仕切り直しといえる。
空域・運航の項目でも同様だ。従来版では、大阪・関西万博までに荷物輸送や万博を想定した旅客輸送の基準整備を終えることが想定されていた。万博を経た改訂版では、改めて「初期商用運航の航空交通のための基準・体制整備」や、「運航拡大に対応する交通管理実現(AAMコリドー設定等)に向けた制度・体制整備」を2020年代後半に進める見通しが示された。
2027年/2028年以降に商用運航を開始するのであれば、これらの制度・体制整備は待ったなしである。改訂版のConOpsでも、将来的な運航密度の拡大を見据え、空飛ぶクルマ向けに新しい航空交通管理サービスが提供される空域「AASA」の導入が取り上げられている。既存の航空機やドローンとの空域利用を整理しながら、安全に運航する仕組みが求められる。
離着陸場についても、従来版では既存制度に基づき、空港や場外離着陸場の利用を促す方向だった。その後、2023年に「VP(バーティポート)整備指針」が公表されたことを受け、改訂版ロードマップでもこれに準じた形に整理されている。
ただし、既存空港などを活用する考えが後退したわけではない。ConOpsを見ると、フェーズ1の段階までは既存空港や場外離着陸場を利用する考えが示されている。そのうえで、大阪・関西万博に合わせて大阪港バーティポートが開港したように、比較的小規模な空飛ぶクルマ専用の離着陸場整備にも取り組む方針だ。
2030年代以降は、より大きく複雑なAAM専用離着陸場の整備や、建物屋上などへの設置も視野に入る。空飛ぶクルマの普及には機体だけでなく、地上インフラの整備が不可欠であり、改訂版ではその拡張プロセスも従来より具体化された。
推進システム、電池、サプライチェーンまで踏み込んだ技術開発
技術開発の分野では、現在の開発動向を踏まえ、推進システムの項目がより詳細に整理された。
空飛ぶクルマに欠かせない電動モーターについては、2030年代前半終了時までに、出力密度、耐久性、冷却性能など、基本スペックのさらなる向上を目指すとしている。電池については、2020年代にリチウムイオン電池の性能向上を進め、2030年代からは長寿命で安全性にも優れるとされる全固体電池の適用を探る。
また現在、ガスタービンエンジンを組み合わせ、長距離飛行を可能にするハイブリッド機向けパワーパックシステムの開発を進める事業者も存在する。こうした状況を踏まえ、改訂版では2020年代後半終了までにガスタービンハイブリッド推進システムの開発も盛り込まれた。さらに2030年代以降は、水素燃料電池システムの開発にもつなげていく方針が示されている。
特筆すべきは、新たにサプライチェーンの項目が加えられた点だ。昨今の世界情勢を踏まえれば、空飛ぶクルマの量産化には、機体設計や飛行性能だけでなく、部品調達、生産体制、品質管理、国際的な供給網の安定性が不可欠となる。
改訂版では、2020年代に量産化に向けたサプライチェーン構築を進めるとしている。2030年代以降に想定される本格的な大量生産・普及に向け、国内企業だけでなく、海外の同志国とも歩調を合わせながら、部品調達から生産までを円滑に行える体制を整えたい考えが読み取れる。
さらに2030年代以降は、自動車産業などの技術も活用し、生産技術を積極的に開発していくとしている。SkyDriveがスズキと協業し、自社機体の開発を進めているように、空飛ぶクルマ産業と自動車産業の接点はすでに生まれている。
自動車産業が持つ、必要なタイミングで必要な数量の部品を準備する生産管理技術や、品質のばらつきを抑えて大量生産する技術は、空飛ぶクルマの生産規模が拡大すれば必須となる。航空機産業、自動車産業、電池産業、素材産業、ソフトウェア産業が交わることで、空飛ぶクルマは単なる新しい乗り物ではなく、新たな産業クラスターを形成する可能性がある。
改訂版ロードマップは「遅れ」ではなく、実装に向けた再設計
大阪・関西万博を契機に、2020年代後半以降に一気に商用飛行を拡大するという従来版ロードマップの想定は、現時点では実現に至らなかった。空飛ぶクルマの社会実装は、当初描かれたほど早くは進んでいない。
しかし、だからといって今回の改訂を単なる後退と見るべきではない。万博によって空飛ぶクルマの認知度は高まり、社会的な興味・関心も大きく広がった。そのうえで、機体開発、制度整備、運航管理、離着陸場、サプライチェーンといった課題を改めて整理し、2027年/2028年以降の商用運航開始に向けて準備を進める方針を示したことには大きな意義がある。
今回の改訂版ロードマップは、空飛ぶクルマの社会実装をより確実に進めるための再設計といえる。重要なのは、今後このロードマップと実際の進捗を照らし合わせながら、どの項目が予定通り進み、どこに遅れや課題があるのかを継続的に確認することだ。
ロードマップと現実の間にギャップがある領域には、制度、インフラ、運航支援、整備、電池、部品供給、交通管理、予約・決済、保険、自治体連携など、新しいビジネスの機会が生まれる可能性がある。
