道路脇斜面が崩れる様子、付近を飛行するドローンと操縦する作業員たち
※画像はAI作成

7月28日に発生した熊本地震では最大震度7を観測し、商業施設や工場など各地で大きな被害が出た。翌29日、防衛省が公開した映像は、今回の災害におけるドローンの役割を象徴するものだった。大きく損壊した商業施設の内部では天井や壁が崩れ、鉄骨や配管がむき出しになり、かつて店舗や通路だった場所は原形をとどめていない。映像を捉えていたのは、人が安全に立ち入ることのできない空間の奥へ進入したドローンだった。

発災からおよそ24時間で、JUIDAとその災害対応組織「JUIDA-D³(Drone Disaster Dispatch)」を中心に民間ドローン事業者の派遣・調整が進み、複数の企業が現場に入った。リベラウェア、ブルーイノベーション、テラドローン、テラ・ラボ、イームズロボティクスなどが参加し、自衛隊や消防、警察などと連携しながら、屋内捜索、被害状況の確認、広域の情報収集、有人機を含む航空運用の調整など、それぞれの役割を担った。

ただ、今回の出来事を「災害現場でドローンが活躍した」という話だけで終わらせるのは惜しい。私が注目しているのは、機体そのものよりも、必要なドローンを短時間で現場へ送り込み、既存の災害対応の中で実際に機能させた仕組みの方である。さらに言えば、今回の対応では、現場へ行った企業だけでなく、要請を受けずに現場へ向かわなかった多くの事業者の存在にも意味があった。この二つの変化に、日本の災害対応ドローンが一段成熟した兆しが見える。

ドローンの性能に「現場投入までの時間」を加える

ドローンを評価するとき、一般には飛行時間、通信距離、耐風性能、カメラやセンサーの性能などが比べられる。災害対応では、そこにもう一つ評価軸を加えてもよいのではないか。私はそれを「現場投入までの時間」と考えている。

これは、会社を出発してから被災地へ到着するまでの所要時間ではない。現場でドローンの必要性が認識され、要請が出され、それを受けた事業者が人員と機材をそろえ、被災地へ向かう。到着後には自衛隊、消防、警察、自治体などとの調整があり、求められている任務を確認した上で、初めて飛行が始まる。私がいう「現場投入までの時間」とは、この一連のプロセス全体を指している。

災害現場では、12分飛べる機体が1時間飛べるようになること以上に、その機体を必要な場所へ数時間早く投入できることの方が重要な場合がある。機体単体のスペックだけではなく、組織としてどれだけ早く能力を立ち上げられるのか。災害対応ドローンを考える上では、この視点が欠かせない。

今回の熊本では、その「現場投入までの時間」が大きく縮まった。だが、それは今回突然できるようになったわけではない。

熊本で縮まった時間は、過去の反省の積み重ね

2024年の能登半島地震では、多くのドローン事業者が支援に動いた。一方で、元日の発災、道路の寸断、現地との調整、企業側の派遣判断など、いくつもの事情が重なり、必要な能力をすぐに現場へ届けることの難しさも浮き彫りになった。2025年1月の埼玉県八潮市の道路陥没事故でも、人が立ち入れない場所を確認する手段としてドローンやロボットへの期待が高まる一方、実際に必要なタイミングで投入する難しさが改めて意識された。

災害の規模も種類も異なるため、これらを単純に並べて比較することはできない。ただ、一連の現場を通じて共通して見えてきたものがある。ドローンはある。操縦できる人もいる。技術的にもできる。それでも、必要なときに必要な能力が現場にあるとは限らない。

だから私は、今回の熊本を単なる成功事例として見るべきではないと思っている。熊本で縮めることができた時間は、過去の災害で失った時間から学んだ結果でもある。 より重要なのは、その反省が担当者個人の経験談で終わらず、組織や運用の仕組みに反映され始めたことだ。

「飛ばせる人」を集めるだけでは足りない

その変化を象徴する一つがJUIDA-D³である。JUIDAは能登半島地震での経験を踏まえ、2024年12月に全国規模の災害対応組織としてJUIDA-D³を立ち上げた。その後、災害現場で必要とされる人材についても、単に操縦技能を持つパイロットを増やすのではなく、現場のニーズを読み取り、機体を選び、役割を分担し、飛行経路や有人航空機との関係まで考えられる人材の育成へと踏み込んでいる。

これは重要な変化だと思う。災害現場で本当に不足しやすいのは、ドローンそのものではない。どの場所を確認する必要があり、そこにはどの機体が適していて、誰が飛ばし、その映像を誰に渡し、得られた情報を次の行動へどうつなげるのか。こうした一連の運用を組み立てる力こそが必要になる。

今年5月にはJUIDAと陸上自衛隊西部方面隊との間で、災害対応に関する協定も締結された。その約2カ月後に今回の地震が起きた。もちろん、この協定だけで24時間以内の対応が実現したわけではない。各社の準備、これまでの訓練、関係機関との人的なつながりなど、複数の蓄積があってのことだろう。

それでも、今回の動きを見ていると、日本の災害対応ドローンは「善意のある事業者がそれぞれ被災地へ向かう」という状態から、必要な能力を必要な分だけ組織的に送り込む状態へと変わり始めているように見える。

現場へ「行かなかった」ことも成熟の一つ

今回、もう一つ注目したいのが、現場へ行かなかった企業である。

大規模災害のニュースを見れば、「自分たちのドローンも役に立つのではないか」と考える事業者は多いだろう。私自身、そうした使命感を持つ人を業界内で数多く知っているし、その気持ちを否定するつもりはない。

ただし、被災地は技術を披露する場所ではない。任務も決まらないまま複数のドローンチームが独自に現場へ入り始めれば、飛行空域の管理、電波、車両の駐車、人員の受け入れ、現地本部との連絡など、対応する側の仕事を増やしてしまう。自衛隊、消防、警察、自治体、医療機関などが既に極めて高い負荷の下で活動している中では、善意であっても「調整しなければならない存在」を増やすことが逆効果になる場合がある。

ドローンはしばしば「空飛ぶ目」と呼ばれる。しかし、目の数だけを増やしても災害対応は良くならない。どこを見るのか、何を確認するのか、取得した映像を誰が見て、どの判断に使うのか。それが決まって初めて、撮影した映像が意味のある情報になる。

今回、JUIDAやJUIDA-D³を通じて必要な企業が派遣される一方、要請を受けていない事業者の多くが独自に現場へ向かわなかった。このこと自体も、私は業界の成熟だと考えている。

これまでドローン業界は、「飛ばせる」ことを社会に示すために多くの努力を重ねてきた。これからは、必要のないときには飛ばさない、必要のない場所には行かないという判断も、プロフェッショナリズムの一部になるのではないか。

「見つからなかった」という情報にも価値がある

損壊した建物の内部では、人が安全に入ることのできない場所へ小型ドローンが投入された。今回の飛行によって要救助者は見つからなかったが、それをもって成果がなかったと考えるべきではない。

捜索救助では、「この範囲には要救助者が確認できなかった」という情報も重要である。崩落や余震による二次災害の危険を冒して人を入れる必要がないと判断できれば、限られた救助隊員や時間を別の場所へ振り向けられる。災害時には、このような「何もなかったことを確認する」作業にも大きな価値がある。

私は、災害対応におけるロボットやドローンの価値を、劇的な救助シーンだけで評価するべきではないと思っている。人が危険な場所へ入る前に、まず機械を送り込む。そこで得た情報を基に、人を入れるべきか、入れるならどこへ向かわせるべきかを判断する。この順番をつくることができれば、ドローンは単なる撮影機材ではなく、救助活動そのものを支える道具になる。

民間企業を災害対応に組み込むなら「任務後」まで

一方で、今回の対応を見ながら、JUIDAとJUIDA-D³にぜひ考えてほしいことが一つある。現場へ派遣された民間企業の社員について、任務を終えた後まで含めたケアの仕組みを整えてほしいということだ。

ドローン企業の社員は、自衛隊員や消防職員、警察官のように、災害現場で活動することを前提として採用され、訓練を受けているわけではない。それでも現場へ入れば、「少しでも誰かの役に立ちたい」という使命感から、余震の危険、倒壊した建物、火災の痕跡、電気や水道が止まった場所特有の臭い、そして深い悲しみの中にいる被災者と向き合うことになる。場合によっては、御遺体を目にすることもある。

私自身、2011年の東日本大震災では約2週間にわたり被災地で活動した。現場にいる間は、意外なほど動ける。アドレナリンも出ているし、目の前には次々とやるべきことがある。「少しでも役に立ちたい」という使命感も背中を押してくれる。

むしろ私の経験では、注意すべきなのは現場を離れてからだった。日常に戻り、張りつめていたものが緩んだ後になって、現場では意識していなかった心身の負荷に気づくことがある。東日本大震災の災害派遣に従事した自衛官を対象とする研究でも、任務後の休養や継続的な過重労働、メンタルヘルスへの配慮の重要性が示されている。

自衛官と民間企業の社員を同列に論じるつもりはない。むしろ、専門的な訓練を受けていない民間人を災害対応の一部として組み込むのであれば、なおさら意識的な仕組みが必要だと思う。

JUIDA-D³が今後、日本の災害対応に欠かせない仕組みとして発展していくのであれば、「誰をどの現場へ派遣するか」だけで制度設計を終わらせてほしくない。連続活動時間や交代要員、休養、健康状態の確認、必要に応じた専門家への相談、任務終了後のフォローまで含めて考えるべきだろう。これは福利厚生というより、民間による災害対応能力を長期的に維持するための運用上の課題である。

熊本で進んだのは、機体ではなく「仕組み」

今回の熊本地震で、ドローンそのものが急に進化したわけではない。屋内を飛べる小型ドローンも、測量用の機体も、広い範囲を撮影できるドローンも、以前から存在していた。

今回変わったのは、それらを必要な場所へ送り込み、現場で使える状態にするまでの仕組みだったのではないか。

現場のニーズを把握する。必要な能力を選ぶ。適切な事業者へ要請する。派遣されたチームを既存の指揮系統や航空運用に組み込み、取得した情報を次の判断へつなげる。一方で、必要のないチームは現場へ入れない。こうした一連の運用が整って初めて、ドローンは災害対応の一つの「能力」として機能する。

日本のドローン産業では長い間、「ドローンで何ができるのか」が議論されてきた。飛行時間、通信距離、搭載できるセンサー、AIによる解析など、技術の進歩はこれからも続くだろう。

しかし、今回の熊本で見えたのは、その先にある課題だ。

必要なときに、必要な能力を、どれだけ早く現場へ投入できるか。

そして、必要でなければ投入しない。その判断まで含めて、災害対応の仕組みとして整備する必要がある。

瓦礫の内部を撮影したドローンの映像は、多くの人の目に触れた。一方で、そのドローンを現場へ送り込み、任務を割り当て、他の航空機や地上部隊と調整し、必要のないチームを現場へ集中させなかった仕組みは、映像には映らない。

今回の熊本地震で評価すべきなのは、ドローンが飛んだことだけではない。

必要なドローンが飛び、必要のないドローンは飛ばなかったこと。

そこに、日本の災害対応ドローンがこれまでとは違う段階へ進み始めた兆しがあるのではないか。