2025年4月21日、ZenmuTechとネクストウェア、アイ・ロボティクスは、ドローンに秘密分散技術を搭載して飛行中のリアルタイムデータを高度に保護することを前提とした実証試験に成功したことを発表した。ドローンが送受信する映像や制御信号、機体内に記録されるデータをリアルタイムに“無意味化”することで、サイバー攻撃や機体の紛失時にも情報漏えいを防ぐシステム構築へのめどが立ったとしている。

通常のドローンと、インテグリティ・ドローンのデータ保存方法の比較図
インテグリティ・ドローン システム図

 この実証試験により、秘密分散技術が安価・軽量・鍵管理不要で既存ドローンへ後付け可能であることを証明。産業現場へ即時導入できる実践的なセキュリティソリューションとして、国産ドローンの競争力向上やセキュリティ上の課題がある海外製ドローンへの活用が期待される。

 この実証試験は、2022年6月にZenmuTech、ネクストウェア、アイ・ロボティクスの3社が発表したインテグリティ・ドローンの拡張進化版であり、今回の実証試験の結果は、機械システム振興協会からソフトウェア協会が受託した2024年度イノベーション戦略策定事業の成果に基づくものとなる。

 3社は、将来的な防衛・安全保障領域への応用も視野に入れている。

開発背景・目的

 インフラや工場、倉庫での効率的な点検・警備、無人輸送の手段としてドローンの活用が進んでいる。一方で、海外製ハードウェアへの依存やデータセキュリティには課題があり、特に紛失や盗難による機密データの流出リスクが顕著である。ドローンが蓄積する位置情報や撮影データが漏えいした場合、重大なリスクとなる。また、屋内外での遠隔操作が可能なドローンには紛失リスクがある。

 リアルタイムでドローンのデータを保護するため、開発チームは、ZenmuTechが開発した秘密分散技術「ZENMU-AONT」をドローンに適用することで、セキュリティ課題を解決し、日本製ドローンの信頼性向上と安全な社会実装の促進を目指す。

実証試験の概要

 ドローン内部構造を模したシステムを構築し、大阪城の模型の映像をシステム内に保存・通信を実施。保存媒体と通信経路を複数経路にわたって構築し、それぞれにおいてリアルタイムに秘密分散の有無、秘密分散適用時の時間分散、マルチチャネル化、ストレージの物理的分散化などを試験した。

写真:ドローン内部構造を模したシステム

 その結果、ドローンを模したリアルタイムの秘密分散化においてもドローンの機能を全く阻害することなく、秘密分散による極めて高いセキュリティ水準が実現できることを証明した。

【技術実証のポイント】

  • 海外製ドローンにも後付け可能な高度セキュリティ
     小型の秘密分散モジュールを搭載することで、手頃なコストで既存機体に高水準のデータ保護機能を付加。複雑な鍵管理や電力消費の多いハードウェア暗号装置が不要となる。
  • 通信・記録データのリアルタイム無意味化
     ドローンの映像ストリームや制御コマンドを飛行中にリアルタイム処理し、断片化されたデータ片のみを機体内外に保存する。通信が傍受されたり機体が盗難・捕獲されたりしても、断片単体からは意味のある情報を復元できない。
  • なりすまし攻撃の無効化
     ドローンのコマンド通信の認証性を飛躍的に向上させることで、不正な指令による乗っ取りを防止。国内開発技術のため、機密情報の取り扱いにおいて国外製品に頼らない安全性担保にも貢献する。
  • 安全性と耐量子性
     今回用いた秘密分散技術ZENMU-AONTは鍵暗号とは異なり、計算量的安全性を持つデータ保護方式で、国内外の学会で認められた安全性を持つ。鍵を使わず複数の分散片に情報を分割するため、計算能力が飛躍的に向上した将来の量子コンピュータであっても、十分な分散片が揃わなければ元データを解読できない。

 実証試験では、市販のドローン機体に開発した秘密分散ソフトウェアを搭載し、飛行中のドローンを模したシステムを利用、撮影映像と制御コマンドをリアルタイムで分散処理することに成功した。

 具体的には、カメラ映像を複数のデータ片に高速変換し、一部を逐次無線で地上局に送信する一方、一部を機体内に保持するシステム概念の検証や、第三者が途中でコマンドを傍受したとしても無意味化されており改ざんできないことの検証を行った。

 これらにより、ドローンの通信や記録が常に無意味化された状態で保護されていることを実証した。試験中、意図的に通信を遮断して機体を強制着陸させるシナリオを設定し、機体回収後に内部ストレージを解析しようとしたが、撮影データは分散片の一部しか含まれておらず完全に無意味であることを確認した。

 また、不正なコマンド信号を送り込む攻撃に対しても、機体側で分散復元できなかったため無効化され、なりすまし操作が封じられることを確認した。こうした成果は、秘密分散技術によるドローンの包括的防御が現実の飛行環境下で有効に機能することを示している。

【技術的な優位性】

  • 鍵管理が不要
     秘密分散技術では、複雑な鍵の配布・保管・更新管理が不要。鍵漏えいや不正取得によるリスクを根本から解消する。
  • 軽量で高速な実装
     同技術はソフトウェア実装が非常に軽量で、ドローンのCPUやメモリ負荷は僅少であることを証明している。そのためドローン内部におけるリアルタイム処理が可能で、映像遅延やバッテリー消費増といった運用上のデメリットがない。実際の飛行実証でも、通常運用時に劣らない滑らかな映像伝送・機体制御を確認している。
  • 高い汎用性と後付け適用
     機種やメーカーを問わず幅広いドローンに適用できる可能性を保持しており、既存機体への後付けも容易。ソフトウェア更新や小型のペイロードモジュールの追加で対応できるため、新たなハード開発コストを抑えながら既存資産のセキュリティ強化を図れる。理論上は自動運転車や警備ロボットなど他の遠隔・自律型機器にも同様に適用が可能。
  • 量子時代を見据えた安全性
     同技術は、将来量子コンピュータが実用化され暗号が破られるような局面でも安全性を保つ。ドローンなどが捕獲され圧倒的な計算量的攻撃を仕掛けられてもドローン内部の機密データが漏えいすることはない。
  • 国内開発による信頼性
     コア技術は国内企業および研究機関が開発・実証したものであり、バックドアのリスクや輸出規制による制約がない。海外製ドローンを国内運用する際のデータ流出リスク低減にもつながり、安心して導入できる環境整備に寄与する。

 今後3社は、この技術を実用段階へ進め、産業界で広く活用していくために、ハードウェア実装とエコシステム構築に取り組む方針だ。

【今後の取り組み】

  • 専用チップ化・機体組み込み
     秘密分散処理を担う専用の超小型チップを開発し、将来的にドローンの標準搭載コンポーネントとして提供していく。ハードウェア化によりさらなる高速化・省電力化が期待でき、大量のドローンへの一括実装や軍事グレードでの信頼性確保にもつながる。
  • ソフトウェアSDKの提供
     ドローンメーカーやサービス事業者が同技術を容易に導入できるよう、秘密分散アルゴリズムをライブラリ化したソフトウェア開発キット(SDK)を準備中。各社の機体制御アプリやクラウドプラットフォームにセキュリティ機能をシームレスに統合でき、エコシステム全体で安全なデータ利活用が可能になる。
  • 標準化と普及ロードマップ
     国内外の標準化団体や業界コンソーシアムと連携し、同技術の安全基準策定や標準プロトコル化を推進する。

秘密分散技術「ZENMU-AONT」

 秘密分散技術とは、重要なデータを「それ自体では意味を持たない複数の断片(=分散片)」に分割し、それら分散片を別々に管理・保存することで、許可された組み合わせがそろったときにのみデータを復元できるようにする情報セキュリティ手法。

 代表的な秘密分散の方式としては、データを複数に分散し、あらかじめ復元のために必要な分散データ数の閾値数を決めるシャミアの閾値分散方式などが知られているが、今回の実証試験で採用したZENMU-AONTは全ての分散片が揃わなければ復元が不可能であることが特徴で、特定の断片を破壊または隔離するだけで残りの断片を完全に無意味化できる。

 これにより、たとえドローン内部のストレージやドローンとの通信経路が侵害されても、攻撃者は何も得られないという強固なデータ保護が可能となる。

【ソフトウェア協会(SAJ)専務理事 笹岡賢二郎氏のコメント】

 ドローン分野における国産セキュリティ技術の躍進は、日本の産業競争力強化にも直結します。本技術は海外製品を含む様々なドローンに適用可能であり、セキュリティ上の不安要素を取り除くことで、新たな市場開拓や利活用促進に大きく貢献するでしょう。国内ソフトウェア企業の優れた技術が国防や社会インフラの安全性向上に寄与する好例として、業界団体としても全面的に支援していきたいと考えています。