近年、日本各地で深刻化する熊の出没と人身被害は、自治体やイベント主催者にとって喫緊の社会課題となっている。山間部にとどまらず、市街地や大規模イベント会場周辺でも目撃情報が相次ぎ、従来の巡回や目視確認だけでは安全確保が難しいケースも増えている。
名古屋市に本社を置く中京テレビ放送が展開するドローン事業「そらメディア」が、赤外線カメラを搭載した産業用ドローンを活用し、広大なエリアを短時間でスキャンする熊対策の運用に取り組んでいる。ゴルフトーナメント会場や森林地帯での実証を重ねながら、ドローンを“空の監視インフラ”として社会実装する取り組みを開始している。
山林実証で見えた赤外線監視の有効性
2022年に災害報道でのドローン活用を主軸としてスタートした同事業は、操縦者育成スクールの運営や各種実証実験を通じて「ドローンを社会課題解決のインフラとして活用する」ことを掲げてきた。2024年から獣害対策に取り組む契機となったのは、大阪府の極東開発工業からの相談だった。特装車の製造・販売を行う同社が、複数のドローンを搭載した専用トラックの構想を進める中で、「獣害対策に応用できないか」という案が浮上したという。これを受け、2024年11月、愛知県新城市の山林で試験飛行を実施。DJIの産業用ドローン「DJI Matriceシリーズ」に赤外線カメラと可視光カメラを搭載し、現場をスキャンしたところ、短時間で35頭もの鹿を確認することに成功した。これは、地元関係者が驚くほどの成果であり、ドローンを活用した赤外線による面的監視の有効性を実証する結果となった。
ゴルフトーナメントでの実戦投入、広大な敷地を効率的に監視
2025年7月、女子プロゴルフツアー「明治安田レディスゴルフトーナメント」(宮城県富谷市・仙台クラシックゴルフ倶楽部)で熊が目撃され、初日競技が中止、大会も無観客で開催されるという異例の事態が発生した。熊出没を理由に大会運営が変更されるのは極めて珍しく、主催者側にとっても大きな教訓となった。
同年9月、宮城テレビ主催の「ミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープンゴルフトーナメント」(利府ゴルフ倶楽部)を控え、同局は7月に発生した競技中止を踏まえ、日本テレビ系列でドローン運用実績を持つ中京テレビ放送に協力を要請。そらメディアのスタッフは早朝と日没後にドローンを飛行させ、熊の監視業務に取り組んだ。
宮城県・利府ゴルフ倶楽部の敷地は約130万m²。東京ドーム約27.6個分の広大な丘陵コースで、外周は約5kmに及ぶ。ドローンはまず境界線に沿って高度約30mで飛行し、赤外線カメラで熱源を探索。反応があれば高度20m程度まで降下し、可視光カメラで被写体を確認する運用を採った。期間中、一度だけ動物らしき熱源を検知したが、確認の結果タヌキと判明。熊の出没はなく、大会は無事に終了することができたという。熊対策に参加した猟友会関係者からは「これだけ広い場所で小動物を発見し、さらにはそれをタヌキであると把握できる技術はすごい」との評価もあったという。
11月には、大阪府茨木市の茨木国際ゴルフ倶楽部で開催された「ステップ・アップ・ツアー 明治安田レディスオープンゴルフトーナメント」でも日本女子プロゴルフ協会から要請を受け、同様の対応を実施した。日本女子プロゴルフ協会は、7月の明治安田生命が主催した女子プロゴルフツアー「明治安田レディスゴルフトーナメント」にて、無観客試合という苦渋の決断をしており、ドローンでの熊対策に期待を託したのだ。
茨木国際ゴルフ倶楽部は、約125万m²の広大な丘陵コースで、早朝と夜間にドローンによる監視を行った。ここでも熱源を検知したため、可視光カメラで確認したところ、イタチ科のテンであることが判明した。熊の可能性に関係者が一時緊張する場面もあったが、迅速な判別により大会は安全に進行し、無事終えることができたという。
さらに同月、長野県軽井沢町では県の依頼により、今後の熊対策方針策定を見据えた実証実験を実施。ドローン測量と同様のグリッド飛行を応用して森林上空を往復し、赤外線カメラで面的にスキャンしたところ、森の中で2つの熱源を検知した。降下して確認するとひとつは熊の糞であったが、もう一方は実際に熊を捉えることに成功した。野生個体の位置把握にドローンが有効であることを示す結果となった。
そらメディアは、これまで複数の実績を重ね、検証という形でドローンによる獣害対策に取り組んできた。ゴルフ大会での実施では対価が発生した案件もあり、ドローンビジネスにおけるひとつのサービスとして成立する可能性も見え始めている。
運用高度化とAI活用で可能性が広がるドローンの活用
一連の取り組みを統括する中京テレビ放送 ビジネスプロデュース局 ビジネス開発グループ 副部長の中村鑑三氏は、「発見後の対応フローを明確にすることが重要です」と指摘する。熊が存在するだけでは直ちに危険とは限らないが、人の活動エリアに接近した場合には迅速な判断と関係機関との連携が不可欠となる。そのためには自治体、警察、猟友会、大会運営者などとの事前調整と情報共有が鍵を握る。
また、熱源を特定しやすい早朝や夜間の飛行は、操縦者への身体的・精神的負担が大きい。今後はドローンポート(ドック)を活用した自動運用の導入が現実的な選択肢になるという。さらに、赤外線映像における鹿や熊の特徴データを蓄積し、AIに学習させることで、検知から種別判定までの時間短縮を図る構想もある。
獣害対策の難しさについて、「赤外線カメラで熱源を発見したのち、動物の種類を特定するには動きや仕草を捉えるなど、経験も必要です。映像では簡単に見えますが、動物を画角内に捉えたり、小さな熱源にすぐさまズームするといったスキルも必要で、これには撮影のプロであるテレビ局のスキルが活かされています」と説明した。
災害報道から始まったそらメディアの取り組みは、いまやスポーツイベントの安全確保、自治体の野生動物対策へと広がっている。広域を短時間で把握できるドローンと赤外線技術は、獣害という従来は人手に頼らざるを得なかった分野に、新たな標準を提示しつつある。今後は運用の自動化とデータ活用の高度化が進むことで、ドローンは“空の監視インフラ”として、さらに存在感を増していくことになりそうだ。
