2026年2月、ソフトバンクおよびNTTグループがHAPS(高高度プラットフォーム)のプレ商用サービス開始を発表した。また、日本の携帯電話各社も、2026年中に低軌道衛星(LEO)を活用した携帯電話サービスを開始すると公表している。

 いずれも地上の基地局や有線回線に依存しない「非地上系通信(Non-Terrestrial Network:NTN、本文では便宜上NTSとする)」に分類される技術であり、携帯電話の基地局機能を空中に配置することで広域通信を実現する点が共通している。2026年は、まさに「非地上系通信元年」と位置づけられる年になる可能性が高い。本稿では、HAPSと低軌道衛星の違いを、特に法制度と安全保障の観点から整理する。

HAPSと低軌道衛星の本質的な違い――法制度と国家主権

HAPSの概要図

 HAPSは地上約20〜30kmの成層圏を飛行する無人航空機である。この高度は各国の「領空」に該当し、国家主権が及ぶ空域だ。そのため、機体の設計、運航、電波利用などについては、航空法や電波法など既存の国内法令の規制を受ける。言い換えれば、HAPSは完全に国家主権の枠内で運用されるインフラである。

 一方、低軌道衛星は高度200km以上の宇宙空間を周回する。一般に高度100kmを超える空間は、1967年発効の宇宙条約に基づき、いずれの国家も領有権を主張できない「自由空間」とされている。そのため、各国の航空法の直接的な適用対象とはならない。もちろん、打ち上げ国や運用事業者には一定の国際的責任が課されるが、空域そのものに国家主権が及ぶわけではない点がHAPSとの決定的な違いである。

 宇宙通信の歴史を振り返ると、1964年に設立された国際電気通信衛星機構(インテルサット)が先駆けとなった。同機構は2001年に民営化されたが、国際協調の枠組みは現在も維持されている。近年、複数の企業や国が参入を開始し、急増している低軌道衛星コンステレーションについても、国連の下部機関などで運用ルールの国際調整が進められている。利用者の立場から見れば、HAPSも低軌道衛星も「空からつながる通信」で大きな違いはない。しかし、国家の関与の仕方という観点では、その前提構造は大きく異なる。つまり、HAPSが国家主権のもとにある一方、低軌道衛星は打ち上げなどを担う運用主体の管理に委ねられる。この違いは、通信のセキュリティや統治の在り方にも大きな影響を及ぼすのだ。どの主体が最終的な責任を持つのかという点で、ガバナンスの構造は明確に異なるのである。

通信と国家主権、安全保障の視点から見るNTS

 通信と国家主権の関係は、19世紀から議論されてきた。1897年、マルコーニが無線通信を事業化したことで国境を越える通信が現実のものとなり、通信に関する国家主権の在り方が新たな課題に浮上した。1865年に締結した万国電信条約や、1932年の国際電気通信条約では、「通信は国家主権に属する」という考え方が基調となっており、この構造は現在も変わっていない。例えば米国の電気通信法が、公共の福祉や産業振興に加え“国防”を目的として明記しているのも、「通信は国家主権に属する」という構造を意識したものであり、その延長線上に考えられたからである。

 近年、米国で外国製ドローン、とりわけ中国製機体の利用を巡る規制議論が活発化しているが、その論点の一つが「通信回線への接続」である。通信を通じた情報流出リスクは、安全保障問題と直結する。通信回線に接続することの可否が中心的論点とされる背景には、古くからの通信国家主権論が存在するからだ。

 これに対し、日本では通信の目的として「公共の福祉」が掲げられているのみであり、産業政策や国防といった目的への結び付きは考えられていない。そのうえ、国家主権との関係についての議論も、欧米と比べると限定的である。

 第一次世界大戦中に通信手段として活躍した伝書鳩についても、フランスでは1927年に使用に関する法令が制定され、飼育には県知事の許可、外国人の場合は内務大臣の許可が必要とされた。これは、通信手段を国家主権の問題として厳格に管理した象徴的な例である。

 欧米諸国では、安全保障上の観点から通信傍受が制度として組み込まれている。裁判所の令状がある場合のみ許可される日本の制度とは大きな開きがある。ここにも通信を国家主権の一部とみなす思想の違いが表れている。

 技術面でも、通信の安全性は重要な論点だ。現在のインターネット回線は、「ベストエフォート型(事業者がセキュリティや伝送遅延などを保証しない)」ネットワークとなり、ハッキングやジャミングが横行し、セキュリティは本質的に脆弱である。重要通信に利用する場合、リスクは小さくない。

 ドローンの制御リンク(2.4GHz帯)や重要なペイロード通信を既存のインターネット回線によって目視外まで延長する仕組みは、飛行頻度が高く、飛行経路や時間を第三者に特定されやすい物流事業用途では、セキュリティの観点から見ると好ましいとはいえない。

 現在の携帯電話の無線区間では、軍事通信技術を起源とする周波数ホッピング(スペクトラム拡散)方式が採用されている。この方式は信号が一つの周波数に固定されず、短時間で周波数を変化させるため、無線区間での傍受は極めて困難である。その安全性から世界的に普及した。

 なお、ロシア・ウクライナ戦争では多数のドローンが運用されているが、ウクライナ防衛省によって、周波数ホッピング方式を採用した機体は妨害を受けずに安全であることが報告されている。もっとも、強力な電波を照射する「電力干渉」による妨害は依然として可能であり、カウンタードローン技術として実用化も進む。通信技術は常に「防御」と「妨害」のせめぎ合いの中で進化してきたといえる。

 こうした背景を踏まえると、地上回線に依存せず、HAPSや低軌道衛星によって供給されるNTSは、無人航空機やエアモビリティにとって有力な選択肢となる。NTSの建設及び維持コストは圧倒的にHAPSが有利であるが、HAPSの機体開発は欧米が先行している。

地球を囲むスターリンクの衛星群
青点で示されているのはStarlinkの衛星だ。世界をカバーするように数多く打ち上げられている。また、エリア毎に通信を提供しないといった選択ができるのも軍事・防衛の面で強みとなる。
https://satellitemap.space/

 低軌道衛星を活用したNTSといえば、米スペースX社が提供する「Starlink」が普及し始めており、ドローンのバックアップ用通信として用いられることが一般的になってきた。離島や山間部といった地上回線の供給が不安定な場所において、回線がロストした場合に衛星通信を利用する仕組みだ。スペースX社は、2019年から低軌道衛星の打ち上げを開始し、その総数は2026年2月時点で1万基以上となり、軌道上では約7000基が稼働しているといわれている。低軌道衛星の設計寿命は5年であり、打ち上げと大気圏での廃棄を繰り返して維持されている。これには、多くのコストが費やされているのが分かる。

写真:展示されたHAPS
2026年に日本国内でプレ商用サービスの開始を予定しているソフトバンクのHAPS。Sceye社の「LTA型HAPS」と呼ばれる。

 HAPSの開発は、日本企業も取り組んでいるが、ソフトバンクは米Sceye社に出資する形で海外での開発を進めている。NTTドコモをはじめ、Space Compass、みずほ銀行、三菱UFJ銀行、日本政策投資銀行で構成されるコンソーシアム(HAPS JAPAN)は、英AALTO HAPS Limitedへの共同出資提携を行い、開発している。このように海外で先行しているが、私は日本での開発にも勝機があると考えている。

HAPS機体(Zephyr)の紹介
株式会社HAPS JAPANの出資提携のもと、AALTO HAPS Limitedが開発するHAPS(Zephyr)。(出典:株式会社NTTドコモ-HAPS無線システム事業について
https://www.soumu.go.jp/main_content/001021361.pdf

HAPS国産化の鍵は「次世代太陽電池」、5年サイクルの衛星に対抗できるか

 その日本の強みとなるのが、HAPS開発において最重要要素技術である「次世代太陽電池技術」である。成層圏は昼夜で100度以上の温度差が生じ、物質を劣化させる紫外線の強さも地上の10倍以上と過酷な環境だ。そのため、衛星に使用される従来のシリコン太陽電池の寿命は、静止衛星で7年。低軌道衛星は5年といわれており、前述のStarlinkはこれに該当する。衛星用の太陽電池の長寿命化や軽量化は大きな課題とされてきた。しかし、日本で画期的な新素材が発明されている。これを実用化すれば重量はシリコン太陽電池の10分の1程度まで軽量化することができ、さらには同等の性能を発揮できるという。現在、この新素材における詳細は未発表とされているが、開発は順調に進んでおり、“HAPSの国産化”の切り札となる技術として話題を呼ぶ可能性もある。

 非地上系通信は、単なる通信インフラの多様化にとどまらない。国家主権、国際協調、安全保障、そして産業競争力が交錯する戦略領域である。2026年を起点に、HAPSと低軌道衛星は、通信の在り方そのものを問い直す存在になっていく可能性が高い。