先週8月4日から7日まで東京ビッグサイトで開催された「下水道展'26東京」を訪れた。私が前回この展示会を訪れたのは2年前だったが、当時、ドローンを展示していた企業は私の記憶では片手で数えられる程度であり、展示会全体から見ればまだ小さな存在だったと思う。ところが今年は明らかに景色が違っていた。飛行型ドローン、管内走行ロボット、浮流式の撮影機器、AIによる画像解析など、人が管路内へ入らずに状態を確認することを意識した技術が会場の随所で目についた。新たに「No Entry 管路診断ゾーン」も設けられ、No Entryという言葉そのものが、下水道維持管理における一つの方向性として定着し始めているように感じた。
背景にあるのは、2025年1月に埼玉県八潮市で発生した道路陥没事故である。この事故では人命が失われ、その後、全国規模で下水道管路の緊急点検が進められた。制度の見直しや技術開発も急速に動き始めている。ただ、今回の変化を「下水道でもドローンが使われるようになった」という話だけで捉えるのは少し違う。私が注目しているのは、ドローンの数が増えたことそのものではなく、これまで人が管路内へ入ることを前提としてきた点検業務を、別の方法へ置き換えようという議論が本格的に始まったことである。
そして、この景色にはどこか既視感がある。約10年前の橋梁点検市場である。
橋梁点検で起きたことを振り返る
2014年、道路橋などについて5年に1度の定期点検が義務化された。日本には70万を超える道路橋があり、5年間ですべてを一巡して点検することを考えれば、毎年膨大な数の橋梁を点検し続けなければならない。制度改正によって、大きく、しかも一過性ではない維持管理需要が生まれたことになる。ただし、点検が義務化されたからといって、2014年からドローンが一気に使われ始めたわけではない。最初の5年間では活用はまだ限定的で、本格的に新技術として存在感を増していったのは、2巡目に入った2019年頃からだったと私は見ている。
当時、日本国内でも橋梁点検向けのドローン開発は行われていたが、ドローンそのものの技術について、日本が常に世界の最先端にいたわけではない。そこで、日本の点検事業者が海外へ目を向け、使えそうな機体や技術を探し、日本へ持ち込む動きが広がった。私自身も、その一人だった。やがて一部の海外メーカーも、日本には70万を超える橋梁があり、それらが5年ごとに繰り返し点検されるという市場構造を理解し、日本の橋梁点検を想定した追加開発に取り組むようになった。
しかし、その後10年以上にわたって市場を見てきて感じるのは、最も高性能なドローンが、そのまま市場に残ったわけではないということだ。飛行時間、カメラ性能、通信距離はもちろん重要である。しかし、公共インフラの世界では、そうしたスペックとは別のところで技術の定着が決まる。この橋梁点検での経験は、これからの下水道DXを考える上でも重要な示唆を持っていると思う。
橋梁点検の10年を、下水道は繰り返さない
一方で、橋梁点検と下水道点検には大きな違いもある。私は、下水道におけるドローンやロボティクスの実装は、橋梁点検よりも速いスピードで進むと考えている。
まず、技術の成熟度が違う。2014年当時は産業用ドローンそのものがまだ発展途上だったが、現在は各種センサー、自律制御、AIによる画像解析、データ処理など、多くの要素技術がすでに実用段階へ入っている。橋梁点検でドローンの活用を模索していた頃は「そもそも何ができるのか」から考える必要があったが、今回はすでにある技術をどう現場へ組み込むかというところから始められる。
もう一つは、人手の問題である。橋梁点検にも人材不足や予算上の制約は当然あったが、当時は橋梁点検車、足場、ロープアクセスなど、従来の方法でも点検を継続することができた。ドローンは効率化や安全性向上のための新しい選択肢ではあったが、「なければ点検そのものができない」という存在ではなかった。下水道は事情が違う。維持管理に携わる人材はすでに慢性的に不足している。その一方で老朽化する管路はこれからさらに増え、点検の必要性は高まっていく。
そして何より、下水道管内へ人が入る作業には危険が伴う。酸素欠乏、有毒ガス、水位変動、狭隘空間、劣化した構造物など、管路内には地上とは異なるリスクが存在する。その危険性は抽象的な話ではない。八潮市の道路陥没事故を受けて全国で緊急点検が進められていた最中にも、下水道関連の作業に従事していた4人の尊い命が失われた。老朽化したインフラの安全を確認するために点検を増やし、その点検によって別の人命が危険にさらされる。この状態を、そのまま持続可能な維持管理の姿とすることはできないと思う。
さらに橋梁点検との大きな違いとして、国が明確な数字を示している。国土交通省は、メンテナンスに関する上下水道DX技術の導入割合について、2024年度の21%から2027年度には100%とする目標を掲げている。橋梁点検にドローンが入り始めた当時、ここまで明確に新技術の普及率100%という到達点が示されていたわけではない。技術はすでに存在し、人手不足と安全上の課題は顕在化している。その上で国が100%という方向性を示した。だから私は、下水道DXは橋梁点検より速く進むと見ている。ただし、市場が速く立ち上がることと、そこへ持ち込まれた技術が定着することは、同じではない。
「できる技術」と「発注できる技術」は違う
公共インフラ市場に新しい技術を実装する際、最初にぶつかる壁の一つが発注である。例えば、あるドローンが管路内を非常に安定して飛行でき、人が入らなくても必要な映像を取得できたとする。実証試験でも良い結果が出た。民間市場であれば、そこから商談が始まり、顧客が購入するという流れも考えられる。しかし、自治体が発注する公共インフラの点検では、その間にもう一段階がある。
橋梁点検には、国土交通省道路局が整備する「点検支援技術性能カタログ」がある。下水道分野でも「下水道DX技術カタログ」など、新しい技術を発注者が評価し、導入を検討するための環境が整えられている。重要なのは、カタログという冊子そのものではなく、性能、適用条件、コストなどを一定の形で整理し、自治体側が発注仕様や積算の中で扱える技術にすることである。技術的にはできる。実証も成功した。それでも発注仕様に書けない、いくらで積算すればよいのか分からない、従来業務のどこへ組み込めばよいのか分からないとなれば、技術は存在していても公共市場としては広がりにくい。
私は橋梁点検で、この壁を何度も見てきた。「できる技術」と「発注できる技術」は違うのである。そして、ここを理解しないまま市場へ入ると、実証実験には進めても、その次の本発注へなかなか到達できない。
もう一つ、メーカー側が見落としやすいのが、製品を変え続けることのリスクである。テクノロジー業界では、新しいモデルを投入し、カメラやセンサーの性能を高めていくことが進化とされる。しかし、公共インフラの制度はそれほど速く動かない。技術を評価し、カタログに整理し、発注仕様へ組み込み、現場で使える状態にするまでには時間がかかる。その間にメーカーが次々と製品を更新し、ようやく評価が終わった頃には旧モデルが販売終了になっていることもある。もちろん技術開発を止めるべきだという意味ではないが、現場の要求を取り込みながら改善する一方で、制度の中で使われ始めた製品を安定して供給し続けることも求められる。公共インフラでは、「変わらないこと」も一つの性能として考える必要があるのではないかと思う。
「飛ばす技術」から「点検を完遂する技術」へ
橋梁点検の現場でもう一つ印象に残っているのが、ドローン事業者と点検事業者の間にある、仕事の捉え方の違いだった。ドローン事業者は、どうしても「飛ばすこと」を自分たちの仕事だと考えやすい。一方、点検会社にとって仕事は、現場へ入り、必要な準備をして、点検を行い、成果物を納めるところまで続いている。
例えば積雪地域で橋梁点検を行えば、現場へ着いてすぐに点検が始まるとは限らない。積もった雪を除去し、必要に応じて交通を規制し、安全管理を行い、構造物を確認し、必要な情報を取得して報告書にまとめる。点検会社にとっては、そのすべてが仕事である。そこへドローン事業者がやってきて「私たちは飛行だけ担当します」と言えば、雪をどかす人も、交通規制をする人も、安全管理をする人も、点検結果を判断する技術者も必要なままで、その横に新しくドローンチームが増えることになる。結果として人員は減らず、むしろ増える場合さえある。それでは、どれだけドローン単体の作業効率が高くても、点検全体のコストは下がらない。
下水道でも同じことが起こるだろう。必要なのは、ドローンを操縦できる人を増やすことだけではない。どこを撮影するのか、どの変状を見るのか、何を証拠として残すのか、取得した映像をどのように評価し、最終的な点検成果へつなげるのか。そこまでできなければ、既存業務を置き換えたことにはならない。
ドローンを飛ばせる人と、ドローンを使って点検を終わらせることのできる人は同じではない。この違いも、橋梁点検から下水道へ持ち込むべき教訓の一つだと思う。
「国産」の意味を、製造国だけで考えない
ここまでが、機体を現場へ入れるまでの話である。しかし公共インフラでは、その先の時間の方が長い。一度その技術を点検業務へ組み込めば、翌年も、その5年後も、同じ仕組みを使い続ける可能性がある。そこで初めて、別の問題が見えてくる。
製品が廃番になる。本国メーカーの経営方針が変わる。国内代理店が撤退する。故障のたびに海外へ送らなければ修理できない。部品が手に入らない。ソフトウェアの提供が終了する。テクノロジー企業から見れば通常の製品ライフサイクルかもしれないが、その製品を前提に公共インフラの点検方法を組み立てた側からすれば、業務そのものを継続できなくなるリスクになる。
近年、日本では経済安全保障やサプライチェーンの観点から、「国産ドローン」という言葉が使われる機会が増えた。私は、この「国産」を単純に「日本企業が日本国内で機体を製造すること」だけで捉える必要はないと思っている。橋梁点検で日本企業が海外製ドローンを探したように、世界には優れた技術が数多くある。下水道でも、それらを取り入れること自体は必要だろう。
大切なのは、その技術を日本のインフラ市場の中で長く使える状態にできるかどうかである。国内で修理できるのか、交換部品を確保できるのか、日本国内で操縦者や点検技術者を育成できるのか、自治体の調達方法に合わせられるのか、取得したデータを既存の維持管理へつなげられるのか。私は、こうした一連の日本市場への適応を、単なる「ローカライズ」よりも広い意味で、「ハーモナイゼーション(Harmonization)」と捉えている。
言語を日本語にする、認証を取る、マニュアルを用意する。それはローカライズである。私が言うハーモナイゼーションは、その先にある。制度、発注、現場、人材、保守、データまで含めて、日本のインフラの仕組みと調和させることである。海外技術をそのまま持ち込むのでもなく、優れた海外技術を排除するのでもない。技術とその周囲の仕組みを、日本の中で継続的に使える状態へ持っていく。
すべてを日本で作ることではなく、必要な能力を日本の中で維持できること。私は、公共インフラにおける「安心の国産」の本質は、むしろそこにあるのではないかと思っている。
スペック表には表れない、インフラ技術の価値
今年の下水道展には、多くの新しい機体や技術が並んでいた。展示会に行けば、当然まず目に入るのは機体である。飛行時間は何分か、どこまで電波が届くのか、どれだけ暗い場所を撮影できるのか、どのようなAI解析ができるのか。メーカーにとって、こうした数字は技術力を示す最も分かりやすい指標であり、これから下水道市場への参入が増えれば、スペック競争もさらに激しくなっていくだろう。
ただ、ここにはテクノロジー産業と公共インフラの間にある、根本的な時間軸の違いがある。テクノロジーの世界では、去年より今年、今年より来年の製品が優れていることに価値がある。新しいモデルを投入し、性能を高め、古いものを置き換えていく。一方、橋梁や下水道は数十年、場合によっては100年という時間軸で使われる社会基盤である。それを維持する技術にも、一度導入すれば長期間にわたって安定して機能することが求められる。
だから公共インフラでは、「最新であること」と「優れていること」が必ずしも同義ではない。例えばカメラの解像度が上がったとしても、そのたびに点検方法やデータ形式が変わり、技術者を再教育し、発注仕様まで作り直さなければならないのであれば、現場にとって本当に価値が高まったと言えるのだろうか。反対に、突出したスペックではなくても、誰が使っても一定の品質で必要なデータを取得でき、同じ方法で点検を繰り返せる技術には、インフラだからこそ評価される価値がある。
私は橋梁点検市場に関わる中で、メーカー側と現場側のこの評価軸の違いを何度も感じてきた。メーカーは「何ができるようになったか」を説明する。一方、インフラを管理する側が知りたいのは、「この技術によって、これまでの仕事をどこまで安全に、確実に、効率よく置き換えられるのか」ということである。新しい機能が一つ増えることよりも、点検に必要な品質を毎回再現できることの方が重要な場合もある。
ここで重要なのは、公共インフラにおける「性能」という言葉を、もう少し広く捉えることではないかと思う。飛行時間や解像度だけが性能なのではない。現場条件が変わっても必要な情報を取得できる再現性、異なる技術者が使っても一定の成果を出せる運用性、既存の点検工程の中に組み込める実用性もまた、技術の価値を構成している。
つまり、実証実験で最高の結果を出す技術と、全国の現場で日常的に使われる技術は、必ずしも同じではない。
下水道DXでも、これから多くの新しいドローンやロボットが登場するだろう。その中には、現在では想像できないほど高性能なものも出てくるかもしれない。しかし、その技術が一度のデモンストレーションで終わるのか、それとも日々の維持管理を支える道具になるのかを分けるものは、必ずしもスペック表の数字ではない。
公共インフラにおける技術の価値は、「最高性能を出せること」よりも、「必要な性能を、現場で繰り返し再現できること」にある。橋梁点検の10年を振り返ると、私はそこに一つの大きな教訓があると思っている。
No Entryの先にあるもの
では、下水道でNo Entryが進んだ先に、私たちは何をつくろうとしているのだろうか。
今回の下水道展を見れば、「いよいよ下水道にもドローンの市場がやってきた」と感じる人も多いと思う。私もこの市場は大きく動くと考えているし、そのスピードは橋梁点検よりも速いと見ている。ただ、そのことを「下水道管内を飛べるドローンを持っていれば売れる」と理解すると、おそらく橋梁点検で起きたことをもう一度繰り返すことになる。
そもそも、国や自治体が必要としているのはドローンではない。人手が減り、インフラが老朽化する中でも、必要な点検を継続できる仕組みである。そして、そのために人が危険な場所へ入らなくても済むのであれば、ドローンでも、走行ロボットでも、浮流式のカメラでも構わない。重要なのは、どの技術が勝つかではなく、人が入ることを前提としてきた仕事そのものを、どう再設計できるかということだと思う。
ここに、No Entryという言葉の本当の意味がある。
単に「人の代わりにドローンを入れる」だけでは、No Entryとは言えない。現場へ行く人数は変わらず、従来の点検工程もそのままで、そこにドローン事業者が追加されただけなら、入口から人が一人減ったとしても、維持管理の仕組みそのものはほとんど変わっていない。人が管路内へ入らなくても、必要な情報を取得し、変状を判断し、記録を残し、次の補修判断へつなげる。そこまで一連の業務として成立して初めて、No EntryはDXになる。
そして、私はこの変化を単なる省人化として捉えるべきではないと思っている。
八潮市の事故を契機に、全国で下水道の安全性を確認する必要性が一気に高まった。その一方で、点検を担う人材は減り続け、管路内作業には依然として危険が伴う。全国緊急点検の最中にも4人の尊い命が失われたことを考えれば、「これまでと同じ方法で、点検する量だけを増やす」という選択肢には限界がある。
だからこそNo Entryは、一つの新技術の市場ではなく、日本がこれからもインフラを維持し続けるための方法をつくり直す機会なのではないかと思う。
その意味では、今回の下水道展で多くのドローンやロボットが並んでいたことは、まだ変化の入口にすぎない。これから重要になるのは、それらの技術が自治体の発注に組み込まれ、既存の点検会社が使いこなし、取得したデータが維持管理へつながり、全国各地で同じように運用できる状態をつくれるかどうかである。海外から優れた技術を取り入れるのであれば、日本の制度や現場とハーモナイズし、国内で長く使い続けられる仕組みにまで育てる必要がある。
橋梁点検の10年が示したのは、優れた機体がそのまま市場に残るわけではないということだった。しかし今回は、その経験をすでに持った状態からスタートできる。技術も成熟し、社会的な必要性も高まり、国も明確な方向性を示している。だから私は、下水道DXは橋梁点検よりも速く進むと考えている。
ただし、その成否を決めるのは、最も速く飛べるドローンでも、最も新しいロボットでもないだろう。
人が危険な場所へ入らなくても、日本の下水道をこれまでと同じ、あるいはそれ以上の品質で維持し続けられる仕組みをつくれるか。
No Entryという言葉の先で、 本当に問われているのはそこではないだろうか。
